◎03 : Skyhigh
マサラタウンへと案内してもらうことになって紅霞の背に跨って前を飛ぶリザードンを追う。
いくつも傷がついたその体から感じる威圧感に最初は息を呑んだ。
紅霞も、感じてる。彼のリザードンの強さを。
だからお互いつい無言になってしまう。別に、彼のリザードンが強かろうがあたしにも紅霞にも関係ないはずなのに。
戦う前からこんなに悔しさを感じるなんて、なんだか、……くやしい。
今朝、早速ジムに挑むメンバーを決めようとしていたら彼、レッドさんが起きてきて。
朝食を摂りながらジムに挑戦するメンバーのことを話してたら、ダメだと止められてしまったのだ。
図鑑には元々対象のポケモンが覚えている技などの情報も表示されるシステムで、今回挑もうとしていたのがハナダジム。水ポケモンだ。
だから橙華のデータはあるほうがいいでしょう、という理由。
でも実際はレッドさんも図鑑のアップグレードに興味があるんじゃないかな、なんて思ってる。彼の図鑑はもうボロボロだ。
それに…彼の家は恐らく、かなり高い確率で、マサラタウンにあるのだと思う。
(レッドさんがあの"レッド"であれば、なんだけどさ)
ジョウトよりは幾分か気温が低いカントーでは空の気温もやっぱりちょっと低い。
体温の高い紅霞に頬をくっつけていれば幾分も身体から熱を奪われずに済んだ。
「ねぇ紅霞……あたし、強くなれるかな」
『
なれるか、じゃなくて、なるんだろ。つーか、アイツどうすンだ?』
紅霞がアイツ、と指したのは伝説の後姿。確かに、トントン拍子で話が進んでしまって何も話せずじまい。
口数の少ない、しかも大切なことをはぐらかす(単純に聞いてないだけだとしても)彼から聞きだすのは難しそうだった。
シルバーくんみたいに、目的が一緒だというわけではない。だって、彼は既にチャンピオンを倒した伝説。
伝説というだけあって、ハナダでも送られる視線は少なかった。
誰が自分の視界を歩いているトレーナーが"伝説"だと思うか、ということだけどね。
「どーするもなにも…コーチ、してくれるのかなぁ…?」
何の目的で?彼が"ミュウツー"に対して固執しているようにはみえない。
彼には相棒のピカチュウがいるし、「強いポケモン」を所持した「強いトレーナー」を求めているとしてもあたしと一緒にいる理由にはならない。
少なくともある街まで、ならわかるんだけど。
・・・そういえば。
「シルバーくん…何してるのかな」
あれからそれほど日数は経っていないけれど、彼は…四天王に、そしてワタルさんに挑戦したのだろうか。
あたしはポケモンリーグなんて興味ないし(ワタルさんにはフスベに一度顔を出すように伝えたいなって思ってるんだけどね)あそこで別れてから、会えないのはやっぱりちょっと寂しい。
会いたい……な
なんて、そんな暇なんてないってことくらいわかってる。
あたしはジムをまわって、彼を助けて、真紅のトラウマも解決して、やらなきゃいけないこと、たくさんある。
できればあの伝説さんから話も聞いて、強くなって。
弱音なんか吐いてる暇ないのに。わかってるのに。
「頼りたくなっちゃう、ね…」
『
・・・・・・うるせェ』
大きな舌打ちが聞こえて、急に身体が急降下する。「うひゃあ!?」と変な声をあげてしまって紅霞に笑われた。
文句を言いたいのに舌を噛みそうでぐっと歯を食いしばる。
な、なんで急にこんな乱暴に飛ぶんだよぉ・・・!
涙が出てきては宙に散って、瞼をぎゅっと閉じて紅霞にしがみついた。
『
やっとイチナン去ったっつーのにな…』
紅霞の小さい呟きが聞こえなくて、でも聞き返すこともできなくてただただ暖かな身体に身を任せておいた。
マサラはワカバよりもずっと静かだった。ワカバは風が吹いて、パンのにおいとか、おばさんの鼻歌とか。
色んなものを運んできていたからかもしれない。
でもマサラタウンという場所は静かだった。時折、ポケモンの声が聞こえる。
ここだったらポケモンをのびのびと遊ばせられる。だからこその研究所なんだろうな、なんて勝手に納得したり。
「レッドさんは、どうされますか?」
「オーキド博士に会う」
一刀両断されてしまった。
やはりというかなんというか、真っ先に家族に会いに行くような人ではないらしい。
一にポケモン、二にポケモン。っていう印象で。きっと会いにいくんだろうから構わないかな。
そういえば。
「マサラタウンにはポケモンセンターがないんですね」
ワカバタウンとの共通点だった。回復装置は研究所にあるし、急げばトキワシティまではここからなら夕方には着く。
宿泊施設はいらないのかもしれない。新米トレーナーであればはやくポケモンバトルやジム戦をしたいって思うんだろうし、尚のこと宿泊施設の必要性が感じられない。
だからこれほどまでにのどかなんだろうな。
研究所は丘の上にある。紅霞がボールに戻る気もなく着いてくる。…疲れてないのかな?
ちらりと紅霞を盗み見たら片目と視線が合った。
「紅霞、疲れてない?ボールに入っててもいいのに」
『
アイツのこと、まだわかんねェからな。見張る』
やっぱり前で先導してくれている後姿に鋭い視線をぶつける。
紅霞が思うよりもずっと優しくて、頼りになる人なんじゃないかなって思ってるけど…。
それでも紅霞の心遣いには感謝しつつ、大きくて鋭い爪のある手をとった。
進化してから歩幅はすごく大きくなった。でも、どことなく歩きづらそうにすることも増えた。
空を飛ぶほうが合ってるみたいで、なんだか、申し訳ない。
好き放題飛んでもいいんだよって言ったところできっと頷きはしないんだろうから。
「ありがとう、紅霞」
『
お前は俺だけに頼ってればいいんだよ…』
ぷい、と顔を背けられて零される本音。もしかして、さっきの急降下は…シルバーくんのことで…?
ついつい"厳(いか)つく"なっちゃった紅霞が可愛く見えて腕に抱きついた。
「前にも言ったけど、紅霞が妬く必要なんてないんだよ?
あたしがおばーちゃんになっても紅霞と離れたりなんかしないんだから、さ」
『
やっ……!!妬いて、ねェ!!!』
「はいはーい!・・・いだっ」
嬉しくてついついニヤけながら返事をすればごつん、と帽子越しに伝わる鈍痛。
紅霞としては軽くなんだろうけどその拳骨は痛いよ・・・。
涙目になってるだろう目で睨んでもむすーっとしてる紅霞。でもやっぱり、可愛い。
大きくなって成長したなって思うところ、いっぱいあるけど、こういうところは紅霞のままで。
うれしいな、なんだか、すごくうれしい。
頭は痛むけれど、抱きついた腕は放すつもりはない。
研究所の自動ドアをくぐる。ウツギ博士の研究所にもたくさん資料はあったけれど、やっぱりすごい量の本、本、本。
あんな高いところの本どうやって取るのかなぁなんて割とどうでもいいことを考えつつもレッドさんの後ろをぴったりとついていく。
「れ、レッド…レッドなんじゃな!?」
「オーキド博士」
どうやらオーキド博士は研究所にいらっしゃったようで、レッドさんが帽子を少し上げて博士の名を口にした。
当たり前ではあるんだけど、博士は驚いて言葉もないようでわたわたとする。助手の人たちも慌てたように集まってきてほんの少し居心地の悪さを感じた。
「ひ、久しぶりじゃのう!!グリーンに連絡はしとるのか!?」
「いえ」
「そりゃあないじゃろう幼馴染に!その様子じゃとまだ家にすら顔を出しておらんな!」
「はい」
博士がヒートアップしてそれに興味無さそうに相槌をうつレッドさんの会話が始まってかれこれ何分経ったのだろうか。
泊まるところがないから研究所に泊めてもらえないかなぁ…雨風凌げればどこでもいいんだけれども、ここは本のにおいで落ち着く。
あんまり長話のようなら本を少し借りて読もうかな、なんて本棚を見てようやく、興奮が少しおさまった博士があたしに話しかけた。
レッドさん、ちょっと疲れてるなぁ…そりゃそうだよね。
「おお!ヒスイくんと一緒じゃったのか!」
「はい、ご無沙汰してます、オーキド博士。」
「相変わらず礼儀正しい子じゃのう!ウツギくんから連絡はきておるよ、おおよそレッドも図鑑のことじゃろう?
古い図鑑を預かってデータの受け継ぎをするから、今晩は返せそうにないのう」
えええ!やっぱりマサラで一泊の予感は当たっちゃったかぁ…どうしようかな、どこで寝よう。
上空は寒くて汗をかくようなことはしていないにしても、やっぱりちょっと野宿はいやだな。博士に頼んでみようかな…回復装置もあるし、うーん。
「あの、博士・・・」
「じゃあ、失礼します」
頼もうと口を開くと同時に腕をとられる。え?と思えばやっぱり虚ろな瞳。
今晩の寝床予定の場所はどんどん離れていって「明日受け取りにくるんじゃぞー!」なんて言葉も微かに聞こえたり。
レッドさん!っていくら呼んでも「うん」とか「そう」としか返ってこない。この人、全然言葉通じない!意思疎通難しすぎる!
そのまま成り行きに身を任せていればごく普通の、変わったところのない家の前で止まった。
もしかして、ここって・・・
「レッドさんの…家?」
「ただいま」
止まったのは一瞬で、何の戸惑いもなく(何年も行方くらませてたわけだしもう少し何か普通の人ならあるとおもうんだけど!)扉を開けて入っていってしまうのだからどうしたらいいかわからなくてつい、電磁波を食らって麻痺したように立ち竦む。
でも一向に扉は閉まることはなくて、痺れを切らしたようにレッドさんが顔を出した。
「入らないの」
「お、お邪魔します…!」
全くこの人の行動パターンなんて誰が予想できるんだろう!紅霞にボールに戻ってもらって、家にお邪魔する。
あら、なんてにっこりと微笑まれる。ハナノさんと同じくらいの女性。きっと、彼の母だろう。
スリッパを出していただいたので頭を下げた。
「まぁ、レッドのお友達?こんな子の相手は大変でしょう?」
「え、いえ、あの……」
「ふふ、可愛いお友達ね。あらピカチュウ、久しぶりねぇ」
ころころと笑う彼女は本当に彼の母なのだろうかと思うほどに表情豊かで、自分たちの関係をまだ上手く説明できるほどレッドさんと言葉を交わしてないのにこうして彼の親に挨拶していていいのだろうかと不安になる。
でも彼はあたしがこうして悩んでいることをきっと理解してくれないだろうし(そもそも話すら聞いてくれないだろう)、お友達を否定するほどあたしだって人が悪くもない。
曖昧に笑って流れた話題に、レッドさんがこちらを向いた。
とくに会話するわけでもなく、ピカチュウくんはママさんに懐いているし…ああ、なんというか、このママさんだからきっとレッドさんなんだ。
マイペースという点では血が濃いというか。
「ヒスイ」
「あ、はい」
「疲れた?」
珍しく語尾を上げて尋ねられた。あれだけ飛んでいたら(がっしりしがみついていたら)やっぱりちょっと疲れてしまう。
でもそういうわけにもいかないぐらいの浅い関係だし首を軽く横に振って笑って見せた。
「いえ、結構丈夫ですから」
「マサラ、案内する」
荷物を乱雑に置いて、ピカチュウを一瞥した彼はその名を呼ぶこともなくあたしの手をとる。
ああ、きたばかりなのに!「お邪魔しました!」と早口で言うと「いってらっしゃい」とママさんとピカチュウに送られる。
なんでこの人は、・・・もう!!
2012.04.07
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