05 : Hardblow





もぐもぐ、と口を動かす。
レッドさんのお母さんは「あらあら」とか「まあまあ」なんてのほほんとお茶をすすっている。
どうしようか、とレッドさんとグリーンさん(とりあえず、自己紹介は済ませたんだけど)を交互に見やる。

今朝のあの事件から、どことなく居心地の悪い雰囲気が続いている。
グリーンさんはレッドさんを睨んでは、あたしを盗み見る仕草を続けていて実に困る。
言いたいことがあるならば言えばいいのに、とは言えない。
彼の祖父だろうオーキド博士には図鑑を預けている。彼の祖父ということは恐らく図鑑を取りに行くのにもついてくるのだろう。

…空気を読んで彼とレッドさんをふたりきりにしたいのだけれども、タイミングがない。

ため息ばかりが出てしまって箸を合わせる。


「ご馳走様でした」

「お粗末様。もうふたりとも旅に出ちゃうのね、おばさん寂しいわ」

「…すみません」


曖昧に笑って頭を下げる。
あたしだって別に彼との旅を望んでいるわけではないんだけど、どうにもこうにも気に入られてしまったのか、なんなのか。
別にまるまるおいしく成長したところで彼にすすんで食べられに行くほどあたしにマゾっ気はないわけだし。
(この場合の食べられるがポケモンバトルなんだから色気のない話だ)

とにかく、ジム戦を進めて行くのだと決めたからには歩かなければ。"彼"の情報を集めつつ、街を転々としていくしかない。
トキワシティにもジムがあったはずだけれども…ジムリーダーって、サカキじゃないっけ?
ロケット団のボスのはずだった。…今は?確か、変わったような。

曖昧な記憶を頭の中の引き出しから探ろうにも思い出せず、もしかすると、第二世代…つまりは金・銀バージョンをやりこんでいないどころかクリアすらしてなかったのかもしれない。
ジョウトの記憶はあるのに、カントーの記憶は初代の記憶しかないのだから。


「ヒスイ、図鑑取りに行く」

「あ、はい」

「図鑑もらうのかよ、おまえ」


怪訝そうな顔をしたグリーンさんに曖昧に笑う。このレッドという男に再会してからあたしの心労は中々増えていると思う。
元々他人と過ごすことがあまりなくて、紅霞たちとばかり話していた影響なんだと思う。誰かとこれから毎日一緒に過ごす、なんていうのは疲れるなぁ。ポケセンでは別室だろうけれどね…。

お世話になりました、と彼の母に頭を下げる。「またいつでもいらっしゃいね、いってらっしゃい」と笑顔で言われてしまった。
グリーンさんも後ろからついてくる。痛い、痛いよ視線が痛い。

レッドさんに手を引かれて歩くけれどグリーンさんの視線がすごく痛い。
というか、図鑑をもらうわけではないような…つっこむのも怖いから黙っておこう。もっと気さくな人だと思ったんだけどなぁ…少なくとも初代のライバルっていうのはもっと気さくだった。(気がする。)


「グリーン、ジムはどうしたの」

「休みとってきたんだよ!なのにおまえ女といるし…!!」

「す、すみません……」


キッ、と睨まれて縮こまる。前途多難。ひとりで旅したほうがはやいよこれ絶対…

…………って、ジム?


「あの、ジム、って?」

「グリーン、ジムリーダー」

「おまえトレーナーなのにジムリーダーの名前もおぼえてねえの?」


ありえねー!と言われて肩が落ちる。
だってさあ随分前の記憶で、しかもやりこんでないらしく記憶にないし、そもそもジョウト出身ってことになってるし、なんでこの人こんな意地悪なんだろう。
年下相手にムキになるわけにも行かずため息を隠すことなく吐き出す。

気に入らなければ言えばいいのに。そのほうが、タイミングを見計らってふたりきりにするほど難しいことじゃない。
研究所の自動ドアが重く開いた。重く見えたのは多分、気分の問題で。


「おお!ふたりともきたか、用意はできておるよ。
 なんじゃグリーンもおったのか」

「昨日も家に帰ってたっつーの!つーかジジイ、こいつ、なに」


そういって指をさされるのは勿論、案の定あたしである。
黙ってたらいつまでもこの扱いなのかなぁ…そろそろキレても許されるんじゃないのかなと悶々考え出す。

だけどあたしの代わりにオーキド博士は彼の頭に拳骨を落としてくれた。ざまあ!


「女の子に向かって指をさし"こいつ、なに"とは何事じゃ!そんな孫に育てたおぼえはないぞ!」

「いっ……てええ!!!」

「この子はウツギ博士の知り合いのヒスイくんじゃよ。ジョウトからこっちにきたんじゃ」


拳骨を受け止めた頭を抑えながら涙目であたしを見るグリーンさん。
「ジョウトのやつだったのかよ」とぽつりと溢す。ええ(大体)そのとおりです。

ウツギ博士はオーキド博士には話していないらしく、オーキド博士から何かを質問されることは一切なかった。
翠霞のおかげかもしれない、あの時翠霞がビシッと言ってくれたから、多分今こうしていられる。
ありがとう、と腰のボールを一撫でした。


「へー、じゃあそれなりに戦えるんだろ?バトルしようぜ!」


手首を痛いくらいに掴まれて笑顔で言われる。でも、気づいてしまった。
彼の瞳は笑っていない。


「…では、いつになるかはわかりませんが後日お伺いいたします」


挑戦者として。できるだけ笑顔で答えた。彼同様、心から笑ったつもりはない。

ギリギリと手首が悲鳴をあげた。暫くそのまま目を合わせたままでいたけれど彼の手がぱっと離れた。
同時に視線も外れる。赤くなった手首をさする。
・・・大人気なかった、かな。

彼の興味はもうあたしには向いていない。あの敵意だらけの視線を向けられるくらいなら興味を持たれないほうが楽だ。
レッドさんをちらりと盗み見れば彼と目が合う。少し、眼を細めてあたしの手首に視線を移した。
彼の角度からグリーンさんの行動も見えたのだろうけれど何も言わずにいてくれる。これ以上彼、グリーンさんとの関係を拗らせたくはない。


「すまんのうヒスイくん、グリーンはバトル好きでな!」

「いえ、でもどうせならジムバッジを賭けてバトルしていただきたいです」

「よいよい。そうじゃ図鑑じゃな!ほれ、きちんと新しくしておいたよ」


新しい図鑑を受け取る。
ちょっとカタチ、変わったみたい。これで真紅も橙華もきちんと表示されるだろう。
嬉しくなってぎゅ、と抱きしめる。ちょっとだけあのふたりに近づけたかな。
特に橙華のことをよく知らないからすごくうれしい。


「ありがとうございます!」

「うむ、たくさん使っておくれ」


ポケセンにいったら橙華のこと、いっぱい見ちゃおう!なんて計画するとやっと気持ちが楽になる。
たのしみだなーと頬が緩んで、ポケギアを見る。きっと橙華も喜んでくれるよね。

レッドさんも心なしか嬉しそうで。


「良かったですね、レッドさん!」

「うん…よかった」


前のレッドさんの図鑑はぼろぼろだった。すごく古くて、かなり昔のものだということがすぐにわかるほど。
でも使い込んでいたのだろうそれが新しくなって帰ってきて、キラキラしたその瞳を図鑑に向けている。

彼ほどあたしは使い込んではいないし(これからもそれは難しいことだと思う)、お世話になっているとはいえなんだか申し訳ない。とはいえ取り上げられたらこの先のバトルは大変そうだし…ありがたく、借りさせていただくけれども。
でも普通の人ってポケモンの技、どうやって知ってるんだろう?みんながみんな図鑑を持っているわけじゃない。
シルバーくん…だって、持ってないし。


「じゃあ、失礼しますね、オーキド博士」

「もう行くのか!気をつけるんじゃぞー!」

「はーい、ありがとうございました!」


レッドさんの分まで頭を下げて背を向ける。当たり前のようについてくるレッドさんと、その後ろをついてくるグリーンさん。
でもジムがトキワシティにあるならそこまで行けば彼とは離れられそうだ。
少なくともトキワシティには一泊して、彼らの邪魔をしないように身を隠すことはできる。

そう考えると足もはやくなる、というもの!
…でもちょっとまって。


「レッドさん、おかあさんに挨拶、されなくてもいいんですか?」


かなり久しぶりに会っただろうに、彼はぽかんと口を開いたまま不思議そうにあたしを見る。
まぁそういう反応をするだろうことはわかっていたけれどなんていうか、なぁ…。
あの優しいママさんを思いつつ、それ以上は何も言わずにマサラの出口に足を向けた。

ゲームのように草むらになっているわけではなく、ちゃんと整備された(とはいってもアスファルトとかではないけれど)道がある。
端の方で地面をつついていたポッポがあたしたちに気づいて顔を上げる。襲ってくるわけでもなく空に飛び立つ。

野生のポケモンはそうぽんぽんとゲームのように飛び出してくるわけでもなく、ポケモンもトレーナーを見て飛び出してくる…んだとおもう。
今外に出ているポケモンはピカチュウくんだけだけれど、恐らくピカチュウくんはかなり強い。
相性で既に分が悪いポッポがそう易々とは飛び出してこないだろう。


「なんでマサラに戻る気になったんだよ」

「図鑑、新しくしてもらえるって聞いて」

「誰に?」

「ヒスイ。」


また出てくる自分の名前にもう笑顔を作る気にもなれない。レッドさんからあたしの名前が出るたびにグリーンさんの機嫌が急降下しているのは気づいていた。
まさか、そっちの"気"でもあるのだろうか。…別に否定するつもりはないけれど、彼の視線はそれ以外の何かを感じる。

「へぇ、」と本日何度目になるかわからない敵意を孕んだ視線が刺さる。はぁ…。


「んじゃこいつに会うために下山したっけわけかよ」

「違うけど。たまたま、ジョウトで会っただけ」


それを聞いて少しだけグリーンさんの視線が和らいだ。
やっぱりレッドさん絡みかぁ…あたしが口を挟めば余計に面倒なことになりそうなので口はぴったりと閉じておく。
どことなく急ぎ足で歩いてしまうのは仕方ないとおもう。仲良くなりたいとは思うけれど彼には彼の思うところがあって、あたしの内面でも外見でもなく、この立ち位置が気に入らないのだ。
自分に関してならまだ直せるかもしれないものをこればかりはあたしにはどうしようもない。

カントーの風は冷たい。


「じゃあジョウトからずっと一緒なわけか」

「それも違う。一昨日、再会したから」


一緒にいる。簡潔に答えたレッドさんにグリーンさんが言葉を詰まらせた。
彼にとってこの発言は意外だったのかもしれない。立場を勘繰り過ぎだと思うんだよね。

レッドさんがあたしを買い被り過ぎ、も否めないけどあの人は都合の悪いときに聴覚をシャットダウンしてるみたいだから何ももう言わないけど、さ…。


「は?じゃあレッドの女じゃないのかよ!?」

「…だからそういったじゃないですか」


あたしがぼそりと呟くとグリーンさんの丸く開いたままの瞳が少しして、バツが悪そうに逸らされる。
風に乗って「わり」と小さく聞こえたのは空耳なんかじゃないといいな、なんて思ってこっそり笑うとレッドさんに腕を軽く掴まれた。


「ヒスイって、俺のなの?」

「……違います!それは、グリーンさんの勘違いです!!」


ああ、この男は、・・・・っもう!!



2012.04.12





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