06 : Reconciliation





トキワシティまではそれほど遠くはない。あと半分ほど歩けば着くだろうか。
誤解が解けてからというもの、グリーンさんの敵意の入り混じった視線が突き刺さることはなくなった。
まだ疑われているみたいだけれど残念なことにレッドさんとあたしには甘い話などいくら探ってもあるはずもなく。

むしろレッドさんとそういう関係になれる女性がいるとしたらかなりの大物だと思う。

レッドさんは相変わらずどこを見ているかわからない虚ろな瞳を宙に投げかけているだけ。
ともあれ少しは穏やかな雰囲気でトキワシティに迎えそうで安心。


「レッドとはどうやって知り合ったんだ?」


ふと、グリーンさんが恐らく初めてまともに声をかけてきた。あの布団を捲ってきたときを除いて、だけれども。
つい数秒足を止めて固まってしまったけれど慌てて質問に応える。
えっと、どうやって知り合ったか…うん、そうだ、そう聞かれた、はず。


「波乗りをご一緒させていただいたんですよ。山の中を通らずに済んだので、助かりました」

「へえ…レッドがそんなことするなんて、意外だな」

「帽子、飛ばされて拾ってもらったから」


ちらり、とレッドさんが足元に視線を下げる。くりくりの瞳が視線に気づいて首をかしげた。
そうだ、あの時たしか風に飛ばされたレッドさんの帽子が飛んできて…ピカチュウくんに渡して。
それで、ラプラスに乗せてもらって。

あれは・・・お礼、だったのかなぁ。
ピカチュウくんに気をとられていてすっかり忘れていたけれどそんなこと、あったんだったよね。


「そういえばそうでしたね、ピカチュウくんが可愛くてすっかり忘れてました。
 野生のピカチュウなら持って帰りたいなって思うくらい可愛いですもん」

えへへー!マスター、ぼくかわいいっていわれちゃった!

「ん…ピカチュウは、ダメ」


嬉しそうに笑うピカチュウくん。レッドさんの身体をよじ登って肩で彼の頬に擦り寄った。
これが黄色い悪魔と呼ばれるピカチュウくんの姿。腹黒いわけでもなく、純粋にレッドさんを好いているだけ。
…かみなり並の威力の10万ボルトを易々と放ってしまうというのに。

確かに可愛い顔して強い子、っていうのはいっぱいいる。けどなぁ・・・


「でも、その後名前も名乗らずに別れちゃったんです。あ、そういえばレッドさんは、あたしとまた会うって確信があったんですか?」


思い出してレッドさんに聞いてみる。
もちろん、会いたいとは思っていた。でもそういって会えるほど世界は狭くないわけで。
彼がどう思って言ったのだろうかと疑問になって尋ねてみれば首を横に振られた。


「なかった。でも、修行してたら会えそうだったからシロガネに戻るつもりだった。
 …でも、ハナダの洞窟が騒がしかったから」

「……あの時は、ありがとうございます」


彼がきていなかったら、と考えるだけでぞっとする。
翠霞のことを信じていないわけではないにしろ、冷凍パンチは相性の悪い技。翠霞のタフさは知ってる。…でも。
あの団体は一体なんだったの……?


「ハナダの、洞窟?」


怪訝そうにグリーンさんの眉が潜められる。そのまま視線が下がって、顎に手が当てられた。
何か考え込むような姿勢にレッドさんも少し視線を送った。


「グリーン、何か知ってるの」

「ああいや、ロケット団が失脚したあと…ジョウトでひと悶着があったんだろ?
 その後からなんだがカントーで変な集団をよく見かけるって噂を聞いてたんだ。先日、ハナダの洞窟で騒ぎがあったことは耳にしてんだが……」

「その"騒ぎ"、俺たちだね」


あの後、白波が連れてきてくれたジュンサーさんに事情を話した。
ハナダ内部ではそれほど大きなことにならないように事を進めてくれたらしいジュンサーさんの配慮のおかげで混乱は避けられたけれど、あの集団がカントー地方を最近荒らしているとしたら…。


「ロケット団が、いなくなったから…?」

「その可能性は高いよな」


グリーンさんがあたしの呟きに同調する。

ロケット団は、いなくなれば平和になると思ってた。そのつもりで行動してきた。
でも、ロケット団がいなくなれば彼らの「シマ」を荒らす別の集団が足を向けてくる。
もしかしたらジョウトにも彼らがくるかもしれない…今度ばかりは、守りきれそうにない。

あの集団が"彼"に固執している間に、追い返すくらいの力はつけないと。
あの統率力を考えれば集団は長い間あったのだと思う。身を隠していたとは…考えにくい。
となると別のところからきている。だから、ロケット団がいなくなった"今"なんだ。

つまり、元の場所に集団の一部は残してきているはず。
ここで解散に追い込むことはできないと思う。レッドさんが手をかしてくれたとしても、できて追い返すこと。
それでも根本的な解決には至らない。もしまた他の勢力に攻められたら…どうしたらいいの?


「また、難しい顔してる。」

「すっ…すみません」


覗き込まれた赤の瞳に息を呑む。この人、いきなりすぎて心臓に悪いなぁ…。
気が済んだのか彼はまた宙に視線を戻して、ピカチュウを時々指で弄る。

とりあえず彼らを追い払うのが先決だと思う。
なんていう名前のどんな集団であったとしても、ポケモンに害を与えるという情報だけで十分、戦う理由になる。
今度こそ、勝つんだから。

「あ、そうだ」とグリーンさんが思い出したようにレッドさんの背をノックした。


「レッド、おまえのポケギア番号教えろよ」

「なにそれ」


レッドさんの言葉に、凍りつくグリーンさん(とあたし)。
な、なにそれって…ジョウト旅したならポケギアくらい知ってると思ったのに。
えっと…何、地方だっけ?とにかく遠い地方のアフロの人も持ってたくらいなのに存在すら知らないとでもいうようなレッドさんの表情に開いた口が塞がらない。

グリーンさんもなんていっていいのかわからずに表情が固まってしまっていて、仕方なく、助け舟を出すようにポケギアをバッグから取り出す。


「これですよ、持ち歩きできる通信装置…ですね。ライブ映像は見られませんけれど。つまるところ電話です」

「へえ、そんなのあるんだ。グリーンは持ってるの?」

「持ってるから聞いてんだけどな…ま、レッドのことだから持ってないとは思ってたが」


まさか知らないとは思わなかったわ、ジョウト旅してたんじゃねえのかよ。
じっとりとレッドさんを睨みつける彼の視線は落胆の色をしていて、暫く考えた後、彼の服を引っ張った。


「あのー…もしよかったら、暫く一緒にいますし、番号教えてくださればレッドさんに連絡いれるように頼みますけども…」

「は?暫く・・・?一緒に旅すんのか?」

「そう…なんですよね?レッドさん」


グリーンさんのやはり些か増した視線に言わなきゃ良かったかなと後悔するも、先に立たずというもの。
はあ、とため息を吐くあたしをよそに「そうだけど」とレッドさんの単調な返答が聞こえた。

痛い痛い視線が痛い。


「ねえグリーン、なんでヒスイのこと嫌いなの」


地雷、ですよレッドさん。続けられた彼の言葉に固まってしまう。
あああもう…この人の空気の読めなさは天性の才能なんじゃないかってくらい、地雷を…!
あの時に目を合わせて黙っていてくれたのは単なるまぐれだよね!!


「レッドさん!」

「だって、こいつレッドのファンなんだろ。なんでそんなやつと居るんだよ」


…は?この人、今なんて言ったんだろうか。
レッドさんのファン?あたしが?国民的アイドルグループに対してキャアキャア言ってるタイプみたいな?
………はい??


「ファンって」

「確かに尊敬はしていますけれど、ファンではありません!断じて!」


レッドさんが何か口を開きかけたけれどそんなことはどうだっていい。
あたしの!名誉にかけて!!この多大なる誤解だけは解いていかないと・・・!!

グリーンさんの腕を掴んで睨みつければ、暫く、グリーンさんと睨みあう。
でもこの人、多分嫌な人じゃない。勘なんだけどなんていうか…レッドさんを大切にしているからの行為で。
そう思うと睨み続けるのも難しくなって、視線を横にずらしてしまう。

こんなんだから、年下になめられるんだよね…。はぁ……。


「……わり、そうだよな。ベタベタしてねーし…」

「っ…あ、あたしこそ、大声だしてごめんなさい!」


ぱっと手を離して頭を下げる。良かった、わかってもらえた!
レッドさんにべたべたなんか考えたことないけど…うう。それよりも紅霞たちを出してべたべた甘えてしまいたい。

ピロ、と軽快な機械音と差し出されたポケギアの画面に映し出される、数列。
顔を上げるとグリーンさんが曖昧に「番号、よろしくな」と笑って差し出してくれたそれを受け取った。
横からひょっこり顔を出してレッドさんが良かったね、と小声で呟いて、ようやく本当に和解できたんだなって頬が緩んでしまった。

はい、と頷く表情もついにやけてしまったりして。


「オレとか、レッドとか、・・・わりかし、有名だからさ。まぁレッドの場合は知る人ぞ知るってカンジか?
 ファンだとめんどいんだよな……マジ、悪かった」

「いえ、たぶん勘違いされても致し方ない行動をしていたあたしにも非があるんでしょうから」


謝罪を重ねるグリーンさんにそう返しながら、暫くは可愛い服を着て旅をするのは控えよう、と心に決める。
もしレッドさんを知る人がいて(そうでなくとも整った顔立ちは道行く人の目を引いているわけだし)、女の自分が隣を歩いていれば不快だろう。
こうして勘違いを生むかもしれない。
それは、非常に困る。今回のことでよくわかった。

こんなことマツバさん以来だし、これから一緒に旅している間ずっと気を使わなくちゃいけないなんてなぁ…。
新しいブラウスを買おうかな……ハーフパンツもあると…

ようやくトキワシティの姿が顔を出しはじめて、フレンドリーショップを探し出すまでもう少し。
それまでは彼らとの会話をできるだけ楽しもうかな、なんて・・・


「なぁヒスイ、オレのポケギア握ってるだけじゃ番号交換されねーぞ」

「えっ!?」

「……ああ、機械音痴か…」


そんなことないはずなんですけど、と自分のポケギアと一緒に返す。
お願いします、と頭を下げれば笑いを堪えた残念な表情で登録してもらった。



2012.04.14





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