第2話

「リッカ!」

背中から元気な声が追いかけてきたので、リッカは足を止めて振り返った。町の角から、よく見知った少女が笑顔で駆け寄ってくるのが見える。

「サラダちゃん!どうしたの?」
「ちょっと、買い物。リッカは?」
「私も。足りない薬草を買いに行くの。」
「じゃ、一緒に行こう!」
「うん。」

少女たちは仲睦まじく並んで歩きだした。サラダは可愛らしい赤い任務服を、リッカは涼しげな淡い青の任務服を春の風に翻らせている。

「ねー、リッカって、イブキとコウライとチームなんだっけ?」
「そうだよ。」
「いーなあ、イブキもコウライも強いもんね。私なんてボルトと一緒なのよお。」
「ボルト君も強いじゃない。」
「ま、実力はそこそこだけどさー、いいかげんだし自分勝手だし、巻き込まれる私の身にもなってほしいわ。」
「ふふ」

文句を言いながらもサラダが本気でボルトを嫌っているわけではないことを知っているリッカは、穏やかな笑みを浮かべた。

「でもね、ボルトも残念がってたわよ。」
「どうして?」
「そんなの、決まってるじゃない。アカデミーの男子はみんなリッカと組みたかったに決まってるわよ、絶対。」
「わたし?」
「そーよ、鈍感ね。」

どうして?と問うのをやめて、リッカは口をつぐんだ。不特定多数の異性から寄せられる淡い好意には、自分なりに気づいているつもりだった。ただ、それに対してどうしたらいいのか、まだわからないのだった。
ふたりは薬草屋で目当ての物を買った。用事が済むと、サラダは心なしか晴れやかな顔になった。

「リッカ、お昼ご飯もう食べた?」
「まだだよ。」
「じゃ、一緒に食べない?今日うちのお母さん仕事でお昼いないんだ。」
「いいよ。行こう。」

気持ちのいい性格のサラダのことが、リッカは好きだったし、奥ゆかしくも芯がブレないリッカのことが、サラダは好きだった。ふたりは親友とも言えた。だが、お互いにそれを明言することはなかった。口にしてしまったら、それは、軽々しい響きになってしまうような気がした。

ふたりが商店街を歩いていると、おーい、と背後から声がかかった。

「リッカ、サラダ!」

呼ばれたふたりが振り返ると、リッカの担当上忍であるハジメがのんびり歩いてやってきた。

「ハジメ先生。こんにちは。」
「こんにちは!」
「うん、こんにちは。ふたりとも、もしかしてこれから昼食?」
「そうです。」

ハジメはこうして、ときどきリッカの様子を見に来てくれる。それはアカデミー時代から担当上忍になった現在に至るまで、全く変わらなかった。よくリッカの家へ差し入れを持って訪ねてきてくれるのも、ハジメだった。

「じゃ、俺がおごってやろう。ラーメン、オムライス、おすすめ日替わり定食、さあどれがいい?」

にこりと微笑むハジメを前に、リッカとサラダは満面の笑みを浮かべた。

「やった!ハジメ先生大好き!さすが上忍!」
「ははは、サラダは褒め言葉が上手いね。」

今度は3人で商店街を歩きながら、リッカはハジメを見上げた。いつも自分を気にかけてくれる、父や兄のような存在。彼にひそかに憧れていることは、まだ誰にも打ち明けていない。

「あーっ!リッカちゃん!」

今度は騒がしい声がした。ハジメが、あっ、と苦い顔をした。リッカにとってもそれは聞き覚えのある声だった。

「ハジメ先生!リッカちゃんとサラダとどこに行くんだよ?」
「こんにちは。」

非難がましく駆け寄ってきたのは、リッカのチームメイトであるコウライ。その後ろから飄々と歩いてきたのは、同じくチームメイトであるイブキだった。

「あんたたちこそここで何してたのよ?」
「自主練でもしようと思ったら、さっきそこでコウライと会ったんだ。」

サラダが問うと、イブキがあっけらかんと答えた。

「そうか、イブキはえらいなあ。ところで二人とも、昼食は済ませたか?」
「おう。」
「はい。」
「じゃ、お前たちに用はない。早く修行に行きなさい。」

ハジメはコウライとイブキを手で追い払う仕草をした。しかし逆に、コウライは目を輝かせた。

「もっ、もしかして、リッカちゃんたち、ハジメ先生に昼飯奢ってもらうんだな!?そうだろ!俺も行く!」
「僕も行きたいな。」
「あーだめだめ。お前ら育ちざかりの男ふたりに奢る余裕はない。つーかもう食ったんでしょ?」
「何言ってんだよ先生、俺たち育ちざかりなんだぜ!まだまだ入るよ、なあイブキ?」
「うん。」
「お前ら、こういう時だけ仲良いんだから……」

がっくりと肩を落としたハジメに、イブキとコウライも加わって歩く。サラダとリッカの希望により、オムライスを食べる、と決まったので、一行は商店街の洋食屋さんを目指した。

少し早い時間だったからか店は空いていて、5人はすぐに座ることができた。
5人は早速オムライスを注文した。なんだかんだ言いながら、ハジメはデザートのアイスクリームもつけてくれた。

「サラダは、木ノ葉丸の班だったか。どうだ、そっちの班は?」

ハジメはアイスティーを飲むサラダに尋ねた。

「ボルト以外は、問題ありません。」

呆れた口調で言うサラダに、リッカは苦笑した。

「ははは、うーん、あいつもあれで、七代目の息子だし、筋はいいんだけどな。」
「ふん。おれの方が強いぜ、絶対!」

鼻息荒く口を挟んだのはコウライだった。ボルトと似たところがあり、二人はよく小突きあっている。

「本気で戦ったら、俺が勝つよ。」
「どうかなあ。ボルトが影分身を使ったらわからないよ。」
「うるせーな!お前は黙ってろよイブキ!」
「あーやだやだ、男子って血の気が多くて単純よね。」

やれやれと肩を竦めるサラダに、リッカも同意するように小さく笑った。

「じゃあ女の子たちから見て、どんな男がいいんだい?」

ハジメの問いに、サラダとリッカは顔を見合わせた。

「そりゃ、強い方がいいに決まってるけど……」
「でも、優しい人が良いです。」
「そうよね。ただ暴力的な男なんてサイテーよ。」
「優しくて、強くて……」
「頭も良くて、背が高くて……」

サラダとリッカはうんうん唸りながら理想を言い合った。コウライとイブキがだんだんと肩を落としていく。こりゃまずいとハジメは二人の会話に首を突っ込んだ。

「ずいぶん具体的だけど、ふたりはもう特定の相手がいるのかな?」
「えっ……」
「……」

サラダとリッカは顔を見合わせて顔を赤くした。

「い、いません!」

先にそう声を上げたのはサラダだった。顔を冷ますためか、一気にアイスティーを飲み干そうとコップを傾けた。

「わ……わたし……」

リッカが俯いて口ごもる。コウライとイブキは息をのんだ。
リッカが顔を上げ、ハジメを見上げた。

「は、ハジメ先生です!」
「ぶっっ!!」

サラダが盛大にアイスティーを噴出した。
コウライとイブキは石のように固まってしまった。

「え……俺?」

ハジメはにわかに顔を赤くしたが、へらっと笑って頭をかいた。

「いやー、光栄だな。ははは。ま、頑張れよコウライ、イブキ。」

ポンポン、と背中を叩かれた二人は、そのまま机に突っ伏してしまった。

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