二宮匡貴
師弟の日常
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わたしの師匠はかっこいい。
そう言うと皆頷いてくれます。
自慢の師匠なんですよ。
わたしの師匠は厳しい。
そう言うと皆「だろうな」と頷きます。
わたしは嬉しくなって教えてもらったハウンドを相手にお見舞いしました!
ポイントも貰いました、ありがとうございます。
わたしの師匠は優しい。
そう言うと皆キョトンとするか驚くかのどちらかです。
本当です!
この前は焼肉に連れて行ってくれて、
他にも頭を撫でられました!
え、本当ですよ?
秘密なんですけど、
わたし、その時の師匠の顔、好きなんです。
……恥ずかしいからここだけの話でお願いします!
「……アキ、貴女誰の話をしているの?」
「だから師匠の話です」
「あなたの師匠って二宮さん、よね?」
「そうですよ。他にわたし、弟子入りしてないの藍ちゃん知ってるじゃないですか!」
アキが言うと木虎は怪訝そうな顔をした。
授業の合間の休み時間。
聞いて聞いて〜とせがまれて聞いてみれば…アキの大好きな二宮の話だった。
しかし、どう聞いても彼女が言う二宮と木虎が認識している二宮の情報が合致しない。
最早別人なのではないかと思うレベルだ。
「焼肉までは分かるけど、
頭撫でられたって……寝ぼけてたんじゃないの?」
「寝ぼけてないですよ!
あ、証拠もありますからほら見て下さい!!」
言うとアキはスマホのホーム画面を見せる。
そこには確かに焼肉屋で、
二宮とその隣にアキが座っている。
…座っているが、それだけだ。
アキが言うような頭を撫でたりなどしていない。
強いて言えば焼き上がった肉を皿に入れる二宮と美味しそうに肉を食べているアキの姿だけである。
「これのどこが証拠なの?」
「だって二宮さんがよく写ってるのこれしかないんです!
あとはカメラに気づいて顰めっ面してて…」
寧ろその方が二宮らしいといえばらしい。
なんとなくイメージに近い気がする。
「やっぱりあなた…願望が強すぎて夢でも見てたんじゃないの?
二宮さんと進展なんて何もないんでしょう」
「そんな事ないです!
藍ちゃんだって烏丸先輩と進展どころかアプローチもしてないじゃないですか!」
「なっ…!わ、私は…!
烏丸先輩が本部になかなか顔を見せてくださらないからそんな機会がないだけであなたとは違…」
「結果は同じでしょう?」
「う……」
痛いとこを突かれて木虎は一瞬、黙った。
しかしすぐに態勢を整え、反撃した。
「分かったわ、そんなに言うならどっちが先に進展するか勝負しましょう」
「今の関係より距離が近くなったと分かればいいんですよね!?
いいですよ。受けて立ちます!」
これが事の始まりだった。
「――という事でお願いします、二宮さん!」
「意味が分からん。帰れ」
「分かってください!
いつもみたいに頭を撫でてくれるだけでいいんです。
それを写真で…いえ、動画でもいいです。
撮らせてくれるだけでいいんです!
お願いします!!」
「…もう一度言う。意味が分からん。
しかも写真から動画と、何故ハードルがあがる?」
「写真の方がその瞬間を撮らないといけないから難しいかなーって。
だからお願いします!」
堂々巡りになりつつある。
この会話を中断したのは二宮の隊員である犬飼と、
アキが所属する隊の先輩である当真だった。
「二宮さーん、写真ぐらいいいじゃないですか」
「ふざけるな。俺は見世物じゃない」
「別に記念に写真撮るだけでしょう?いいじゃないんですか」
「そうですよ!犬飼先輩いいこと言いますね!」
「犬飼ふざけるな」
「つうか、アキはマジで二宮さんに頭撫でられてるの?
想像できないんだけど」
「うん、してるよ。
訓練場所うちの作戦室だから、知るわけないよねー」
「マジかー」
犬飼の口ぶりからするにそれは事実だと言っていた。
その言葉に驚くのは当真だけだ。
しかし、訓練が上手くいったらなぜそうなるのかが、理解できなかった。
いや、自分だって可愛い後輩を褒める時に頭を撫でるなりなんなりする。
だが二宮がそう行動するかといったら…イメージができないっていうのが正直なところ。
木虎の言い分は分かる当真である。
友達の犬飼に言われても未だ半信半疑である。
今、思ったことと言えば、
たまには友達の隊の部屋に遊びに来ると面白い物みれるなーという事だけだ。
「見世物って褒めてくれる時いつもやってくれるじゃないですか!
それをやってくれれば…!」
「止めろと言っている」
今もやっている師弟漫才?に素直に面白がれない当真は複雑ない気持ちだ。
これが二宮でなければ大笑いしていると言うのに残念だ。
本当なら直接突っ込みたいところだが突っ込めないのが非常に残念だ。
なんだかんだでアキの戯言に付き合う二宮さんって器でかいなーと感心しているくらいだ。
何を考えているか分からない当真の顔を見て犬飼が「あれ、素だからね。相手が子供だから構っているとかじゃないからね」とフォローにならないフォローをいれている。
どうやら二宮は漫才になっている自覚はないらしい。
「オレは見慣れちゃったけど」
「これで通常運転か―…、そりゃ自分の隊の作戦室に籠るよな」
「言っておくけど二宮さん、
じゃれているのが見られたくなくてここで訓練しているわけじゃないから。
訓練内容が見られたくなくてここでやっているだけだから」
「は、なんで?」
「ここでならログに残らないから他の隊員に見られないだろう?
直接教えを乞うてない人間に盗み見られるのが嫌なんだって」
「なんでそんなに徹底してるんだ…」
「そりゃ、アキちゃん直々に二宮さんに弟子入りしたわけだし、
嬉しいんじゃない?」
――特に加古さんじゃなくて二宮さんを選んだところが。
…と、犬飼は思っているわけだが、
その思っている事を口にしなかったために、
当真の中で二宮に対するイメージがどんどん崩壊している最中である。
いや、面白くていいのだけど。
「二宮さんって褒める時に頭を撫でるのが習慣なの?」
「なわけないじゃん!焼き肉だよ焼き肉!
だけどアキちゃんがその方がやる気が出るっていうからさー。
あの時の二宮さんの顔!
面白かったなー」
「やべー、オレそれ見たかったわ」
素直に当真はそう思った。
そのエピソードを聞けば、二宮に親近感わく気がするが、
そんなノリで近づくものなら、睨まれて「寄るな」の一言。
そしてアステロイドを撃ちこまれるところまで容易に想像ができる。
…そう思うと自分の欲求に忠実なアキは大物かもしれないと、
自分の隊の女、後輩は凄いなーの一言である。
対する二宮は当真の反応を見て眉間に皺を寄せるばかりだ。
「神威。
お前、自分の隊では皆そうするからとか言ってなかったか」
「あーせがんでたせがんでた。
で、本当のとこどうなの?」
懐かしいなと犬飼の表情と訝しげる二宮の表情は天と地程の差がある。
しかし残念なことにここに突っ込める人間はいないのである。
そして無理矢理話に巻き込まれた当真は可哀想な立ち位置。
…のはずが、そうはならないのは、
なんだかんだでこの男の神経も並大抵の人間と同じではないからだ。
涼しげな顔で普通に機嫌が悪い二宮に物申す人間だ。
言葉を発したのは犬飼だが、
ただ二宮が思った事を口にしただけの代弁者である。
この辺は付き合いの長さゆえの所業だ。
「ん?ふつーにするけど」
嘘ではないらしい当真の言葉に、
どうやら褒めるのに子供の頭を撫でるのは別に可笑しいことではないという事で終了する。
間違ってはいないが…突っ込み者不在というのはつらいものである。
それで再び撫でているところを写真か動画で撮ってほしいという話題に戻り、
一歩進んで二歩下がってまた一歩進むという…先はなかなか進まない。
その状態に焦れたのはアキだ。
「二宮さん、私の事嫌いなんですかー」
「…何故そうなる」
「たまには!
可愛い弟子のお願い聞いてくれてもいいじゃないですか?」
本気でショックを受けているらしいアキは目を潤ませて言う。
それに二宮の眉がぴくりと動く。
「あれはどうしたらいいのか困っている時の顔ね」と犬飼の解説を聞いて、
そりゃいきなり泣かれでもしたら慌てるよなとか、
二宮さんも人の子だなとか、そんなこと思いつつ、
中学生にして女って怖ぇーと思わせるアキの器に男子高校生二人は他人事のように見ていた。
最初からそうだったがもう傍観者のままでいようと決め込んだようだ。
そう、巻き込まれなければ見ている方が楽しいのである。
二宮はどうすればいいのか考えたが結局思いつくのは一つだけだったらしく、
ため息をついた。
「そんなに言うなら、今日の訓練後、ランク戦で十勝して来い。
そうしたら写真でも動画でも撮られてやる」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ。俺は口にした事は必ずやる。
それでいいだろう」
元気を出せと言わんばかりに二宮はアキの頭を撫でる。
アキは二宮の言葉に顔を上げ、
満面の笑みで答えた。
「分かりました!私、頑張ります!!」
「では、訓練を開始する。
お前のせいで時間が無駄になったからな」
「それは二宮さんが帰れなんて言うからですよ!」
「いや、そもそもお前が変なことを口走ったからだろう。
今日は敵を自分の思ったように動かす撃ち方を教える」
「…………」
訓練室に消えていく彼らを犬飼と当真は黙って見送った。
静寂がこの空間を占める。
そしてじわじわ込み上がってくるものに当真は腹を抱え出した。
「なにあれ、二宮さん素?」
「素。それでもって頭撫でたのは無自覚」
「まさかの天然…やべーわ。
しかもアキの奴、どうみても撫でられたのに気付いてねぇだろ?
なにこれ日常茶飯事?」
「まぁそうだね。
なんだかんだで二宮さん、アキちゃんに甘いから。
――にしても、アキちゃんも今の撮ってれば木虎ちゃんの要求達成なのにねー」
「いやー残念、残念」と言いながら笑う犬飼に、いやいやと当真は突っ込む。
「お前の手にしているスマホはなんだよ」
「え、なんのこと?」
素敵スマイルに当真はもう笑うしかない。
「それくれよ。
あとで隊長たちと一緒に見るから」
「やめてよ、不機嫌になった二宮さん相手にするのしんどいから」
言うと犬飼は録画停止ボタンを押す。
そして二人は真面目に訓練している二宮とアキを見て、
堂々と笑った。
20160526
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