らぶ or らいく
たった一つの破壊力
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「かっこよかったです!
あのー…これ、貰ってください!」
目の前に差し出された物を見てヒュースは本日何度か行われている行為に思わずため息をつきそうになったが、
隣から「ヒュース」と三雲に言われ、渋々受け取った。
渡した女の子は嬉しそうに黄色い声を上げて去っていく。
これで数度目の出来事だ。
今の彼女達みたいに一方的に渡す者もいれば、
この前の任務はありがとうございましたとお礼を言われて渡されたりといろいろあったが、
ヒュースが何かを言う前に去っていくという点では全て同じだった。
「ヒュースもてもてだな」
反対隣から言う空閑に、今度は露骨に嫌そうな顔をした。
「……玄界の行事は理解できない」
2月14日。
本日はバレンタインデーという玄界では女の子が好きな人に好意を伝えるためにプレゼントを渡す日だと、
烏丸に教えられていたヒュースは当日を迎えて唖然とした。
正直、玉狛以外で交流があまりない彼にとって誰かが自分に好意を寄せている事なんて考えられなかった。
ランク戦があるから本部に出てきて、
いきなり知らない女子から渡されたヒュースにとってそれがバレンタインのチョコであることは結びつかず、
なんだそれはと怪しいものを見る目で見ていたところ三雲がフォローに入ってくれた。
バレンタイン。
烏丸が言うように女の子が好きな人に渡すのは本当のことだが、
最近は感謝の意を込めて渡すことに重視をおくイベントとなっているらしく、
この日に片思いしている女の子が男の子にチョコを渡して告白することはあまりないらしい。
何故黙っていたのだと烏丸に言いたいところではあったが、
今回に限って烏丸は嘘をついていないため、文句を言うのは少し違うというのはヒュースは分かっていた。
三雲の説明によりバレンタインのチョコには好意と厚意が存在することを知った。
目の前で渡されているものが好意であるならば断わって受け取らないという選択ができた。
だが、厚意であるならばしっかりと受け取るべきだ。
――というのは三雲の自論であり、
玉狛第二は……いや、玉狛は特に人の想いを大切にするところがある。
そのため今のように受け取らざるえない状態になってしまった。
ヒュースだって人の気持ちを無下にする気はない。
だけど流石に貰い過ぎるのは気が引ける……というか、
初めて迎えた玄界のバレンタインという行事はヒュースにとってなかなかインパクトが強かった。
これまで皆で楽しんだり、何かを祈ったり願うことはアフトクラトルにも似たような行事があったため戸惑うことはなかったが、
露骨に他人に対して何かを伝える行事というものはなかった。
戸惑いばかりが先行する。
流石に半日も経てば行事にも慣れてはくるが――。
ランク戦が終了し、玉狛に戻ってきたヒュースは溜息をついた。
あまり行かない本部。
玉狛以外のボーダー隊員との交流。
謎の玄界の行事にいつも以上に気疲れしていた。
「わ、ヒュースくんモテモテだねー」
「アキか」
「可愛い女の子からチョコ貰えてドキドキした?」
テーブルに置かれたプレゼントを見てアキが言う。
変な質問をするなとヒュースは思った。
「知らない人間から貰ってドキドキなんてしないだろう」
「千佳ちゃんたちからも貰ってでしょ?」
「チカはチカだろう。ウサミやコナミも同じだ」
「そっかー」
「そういえば……」
ふと、ヒュースは思う。
アキからは貰っていない。いや、別に欲しいわけではないのだけど。
ヒュースは心の中で言い訳をしつつも、なんだか気になってしまう。
こういう行事に率先しそうなアキが何もしないのは珍しかった。
「どうしたの?」
「別に何でもない」
そんな自分の考えが急に恥ずかしくなってヒュースは自室に戻ると言って立ち上がった。
「あ、私も途中まで。
今から防衛任務なんだよね」
途中までどころかほんのちょっとしかない。
リビングから出て玄関までの通り道……ヒュースの部屋の前まで一緒に歩く。
ヒュースが自分の部屋ノブに手を掛けるところで、
アキが「あ!」とわざとらしく声を上げた。
「今年は一つしか用意していないんだけど、ヒュースくんにあげるよ」
「は?」
何をだとヒュースが聞く前にアキは無理矢理それを押し付けた。
「じゃあ、行ってくるね〜」
いつも以上に元気よく飛び出していく彼女に呆気にとられた。
そういえば今日はバレンタインで、渡されたものはチョコなのだろう。
それは分かったが何故、今年は一つしか用意できなかったものをわざわざ自分に渡すのだろうか不思議で仕方がない。
ヒュースは渡されたものに目を移し、顔を真っ赤にした。
包みにつけられた小さなメッセージカードに書かれていた一言。
それにこんなに動揺するとは思ってもいなかった。
落ち着かせるために、これは一体どういうことなのかと聞きたくても相手は丁度防衛任務にでたばかり。
次に会う時までずっとアキのことを考える事になるとは、
この時のヒュースには知らない話だった。
20170212
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