境界の先へ
兄妹

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朝の防衛任務が終わり、出水は非常階段にいた。
任務後の授業は正直だるい。
少しだけ休憩してそれから授業に出ようと思っていた。
非常階段という場所のせいなのか分からないが、
風通りがいいこの場は、少し肌寒く感じる。
そのせいか普段学生があまり利用しない非常階段は身を隠すのにちょうどよかった。
…念のために言っておくが、出水は別に授業をサボるつもりは今のところない。
ただ、残りわずかな昼休みの時間をここで過ごそうかなと思っただけだ。

そこで、扉が開く音がした。
自分が利用していることを棚に上げて、
非常階段にくる生徒もいるなんて珍しいなとそんな事を思っていた。

「急に呼び出してごめん」

その言葉を聞いてこれから起こるであろう出来事が想像できてしまい、
出水はなんだか気まずくなった。
知らない人間の告白現場に居合わせても面白くもなんともない。
下の階から…ということは学年は一つ下か――。
変に音を立てると水を差してしまうかもしれない。
…そう考え、この場から動けなくなった。
見知らぬ他人に対して気遣いができる出水はなかなか大人なのかもしれない。

「三輪さん、俺…」

突如聞こえた名前に出水は思考が一瞬停止した。
(三輪さんって三輪の妹…だよな)
見知らぬ人間の告白現場に居合せても面白くもなんともないと思ったが、
友人の妹が告白される現場に居合せるのも面白くもなんともない事が分かった。
…というか気まずさが倍増した気がした。
出水の中で彩花は兄のお弁当を届けてくれるが本人には直接手渡しできない、
少しシャイなブラコンという認識だ。
そして秀次はというと、同期や友人には姉が大好きだというのは周知の事実であり、
所謂シスコンである。
姉に対してそれだけ想いがあるという事は妹に対してもそうだろう。
秀次は素直じゃないだけで妹に対してもシスコンだという見解である。
本人の口から直接そういう言葉を聞いたわけじゃないが、
米屋からの話を聞いて出水はそう思った。
短時間のはずなのにやけに時間の流れがゆっくりな気がした。

「好きです」

だが、次の言葉で時の経過は無情にも速く流れ出した。

「ごめんなさい」
(速っ!!)

声に出さなかった自分を褒めて欲しい。
悩む間もなく即答だった。
容赦ない返事に告白した男子の心は粉々に砕けただろう。
出水も彼女に対して持っていた三輪妹像が砕けたところだ。

「理由、聞いてもいい?」
「え……」

彩花は少し戸惑う。
その様子から考えても先程の返事は反射的だったのか、
逆に物凄く勇気を出したかのどちらかなのだろう。
そういえば秀次も予想しなかったことに直面すると戸惑う事があったと思いだす。

「だって、話した事ないから」
「なら、これから知ってくれれば…!」
「ごめんなさい、……無理だと思います」

彩花の言葉を聞いても尚、食いつこうとする男子に見る目が当てられなくなって…
気が付いたら出水は彩花に声を掛けていた。

「三輪妹じゃねぇの。どうした、三輪へのお弁当渡した帰りか?」
「え、」

出水は二人が自分を視界にいれられるとこまで階段を下りて、立ち止まる。
彩花はお弁当の事を知っているのだから、
兄と仲がいい人だという事は分ったのだろう。
だが、出水と直接会話もした事がない彩花にとって、
出水はこの人誰ですか状態だった。
確かに彼女が米屋にお弁当を手渡ししている現場を一方的に見ているだけだったので、
彩花は別に悪くない。
だが、男子生徒にとって、第三者がこの場に現れたのは気まずいの一言に尽きる状態だ。
「俺、行くから」と一言残して、そそくさとこの場から立ち去った。
ある意味素直で助かったと出水は安堵した。

「あのー…先輩は誰ですか?」
「ああ、オレ槍バカ…米屋と同じクラスの出水。
三輪とはチームが違うけどオレもボーダーやってる」
「そうなんですね」

出水の正体が分かったからか、
強張っていた彩花の顔が少しだけ柔らかくなった。

「っていうか悪ぃ、空気読まない事しちゃったな」
「そんなことないです。
何て言えばいいのか困っていたので助かりました」
「やっぱりそうか、何か三輪と同じ顔してた」
「お兄ちゃ…兄とですか?」

きょとんとする彩花。
そして徐々に嬉しそうな表情になる。
それを見て、出水が思う事といえばやっぱり彩花はブラコンだなという事だけだ。

「あぁ、でも妹は…困ってた割にはっきり言っててけどな」
「それは…話した事ないけど一応同じクラスなので、気まずいというか」
「確かにそれはな……。
それでも三輪は割とはっきり言うからな。
『興味ない』とか『ボーダー優先』とか言って」
「想像できます」
「だろ?
まー、三輪妹も直球でびっくりした」
「知っても好きにはならないって思っちゃったので…」
「恋愛的な意味で?」
「はい、恋愛的な意味で」
「三輪妹って誰か好きな奴でもいるの?」

その流れでなんとなく聞いてみただけだった。
出水の言葉を聞いて誰か思い浮かんだのか…先程とは違う少し焦ったような恥ずかしそうな表情を出した。

「好きな奴いるならそれを断り文句にすればよかっただろう?
実際、断り文句に便利だぜ、これ」
「別に、いないです好きな人なんて!
嘘ついてまでいう事ではないと思います!」
「そりゃ三輪にとっては朗報だろうな」
「…それは…ないと思いますけど」

彩花は静かに笑った。
その表情に何か違和感を感じる。
出水が突っ込んで聞く前に、本鈴が鳴った。
昼からの授業が始まる…。
出水の頭の中ではボーダーを言い訳に次の授業から出るという案が浮かぶ。
しかし、それでは六限目だけ受けて帰る事になる。
だったら公欠で今日は帰ろうかなというところまで考えてしまった。

「あ、行かないと」
「さっきの件で気まずいんだろう?
遅刻だしさぼっちゃえば?」
「それとこれとは別問題です」

その言葉で出水は以前、米屋が防衛任務後の授業は一分もサボれないと言っていたのを思い出した。
既に授業が始まっている時に途中から入ると気まずいじゃんという米屋の言い訳は、
秀次により却下されたらしい。
それは米屋がそう言って一限分サボった前科があり、一番の理由は成績のせいだろう。
……しかし米屋の気持ちも分からなくはない。
休息をとりたいのは事実。
面倒なのも事実だが、授業を受けなくてもいいのはなんだか少し得した気分になるのだ。
それに理解できないと言ってばっさりと切って掛かる秀次は真面目そのものだ。

「本当そっくりだよな」
「なにがですか?」
「お前が三輪の妹って事だよ」

出水なりの褒め言葉であると理解した彩花は、
もう一つの事実に顔を綻ばせた。

「ありがとうございます」

兄とそっくり。
そう言われて嬉しかったのだ。


20160521


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