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目に見える変化

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「お、ゆうま」

名前を呼ばれた遊真が声の主を見つけるのは早かった。
何せ、高校の校門前に小さな子供が一人でいるのだ。
おまけに手には何か紙袋を持っていて全体のバランス感のなさに目立っていた。

「ようたろうか。学校にくるなんて初めてだな、何か用か?」
「ああ、今日は彩花にわたすものがあってきたのだ」

陽太郎の言葉に遊真は首を傾げる。
彩花。
どこかで聞いた名前だ。
はて、どこで聞いたかと唸っているとそういえば玉狛支部で陽太郎とヒュースが毎日のように公園で会う女の子がいると言っていたのを思い出した。
どうやら噂の彩花は自分と同じ学校に通う生徒らしい。

「ヒュースはいないのか?」
「ヒュースははずかしがりやだからな。
人がおおいところにはいきたくないといってた」

相手は陽太郎だ。
当然のことながら遊真のサイドエフェクトは反応しない。
できればヒュースの口からどうしてか聞いてみたかったなと、
意地悪にもそんなことを遊真は思った。
しかしその彩花に渡すものがあるなら、
いつも通りに公園で渡せばいいのではないかと遊真は思う。
それを聞く前に陽太郎が話してくれたのでその疑問はすぐに解決した。
どうやら彩花は先日風邪で寝込んだらしく、
病み上がりなのに昨日来てくれたらしい。
なので明日はお休みの日だと陽太郎が言いつけたらしい。
レイジにこの事といつもお菓子を貰っている彩花に、
何か渡したいと話し、
昨日クッキーを作ったのだった。
そこまでは遊真も理解した。

「しかしその彩花という人に会うのは難しくないか?
いつここを通るのか分からないんだろう?」
「だいじょうぶだ。このもんをとおるにんげんをさいしょからみていたけど、
彩花はまだとおってないぞ」

子供の体力は恐ろしい。
見つかるといいなと言って立ち去るのは簡単なことだが、
流石に小学生をこのまま置いて帰るわけにはいかない。
陽太郎に付添った方がいいのかと考えている時に、
目の前にいた陽太郎が元気な声で叫んだ。

「彩花!!」
「陽太郎くん!?どうしてここに…?」
「うん、きょうはいつものおれいにわたすものをもってきた!
いえにかえったらたべてくれ」
「ありがとう」
「ほう、その人が噂の彩花か」
「レイジとヒュースといっしょにつくったぞ」
「ヒュース君と?」
「ほう、ヒュースが!」

陽太郎を中心に得意げな顔をして相槌をうつ遊真と、
陽太郎からクッキーを貰った彩花は、
ふと顔を見合わせる。

「…えっとこの子は?」
「ゆうまはおれとおなじたまこましぶなんだぞ」
「一年の空閑遊真です。いつもようたろうがお世話になっています」
「あ、はい。二年生の三輪彩花です。
こちらこそいつも楽しく過ごしてます」
「ん、みわ?」

遊真は聞きなれた言葉に首を傾げた。

「みわ、ミワー…みわ?」
「どうかしたの?」
「うーん、どこかで聞いたことある名前だとオモイマシテ」
「それよりも彩花、やみあがりはムリしちゃいけないってレイジが言ってた。
だからこうえんはまたこんどにしよう」
「え、でも治ってるし、
それに昨日公園行っちゃったから大丈夫だよ?」
「おとこはあいてのからだをきづかえないとだめだってレイジが言ってた」
「ふむ、レイジさんがそう言うならそうした方がいいな」
「そ、そう?じゃあお言葉に甘えて…」

なんだかよく分からないけど、心配されているらしい。
本当は一緒にいる方が楽しいし、体調も回復しているので問題はないのだが、
陽太郎達とその家族にそこまで思われているなら了承するしかない。
彩花はヒュースと木崎によろしく伝えるとそのまま三人は別れて行った。





玉狛支部にて、
ソファに座っているヒュースに遊真はニヤリと笑いながら近づいた。
その薄気味悪さにヒュースは眉を潜めた。

「ユーマ、何か用か」
「実は今日ようたろうが学校に来た」
「…だから何だ」
「ゆうまに彩花をしょうかいしたぞ」

その言葉に声を出して反応はしなかったものの、
ヒュースの眉がぴくりと動いたのを見逃さなかった。

「みわ先輩、普通の先輩だったぞ」
「そりゃボーダーでないただの一般市民だから当たり前だろう」
「ヒュースはああいう人がタイプなのか?」
「な、違っ…オレはようたろうの付き添いで仕方なく」
「ふむふむ、ヒュース本気で言っているのか?」
「当たり前だ」
「むーこれは本当。っということは自覚なしか」

遊真の言葉に彼がサイドエフェクトを使った事を悟った。
いや、自分の意志と関係なく発動するので、
遊真は悪くないんだが…。
何か自分でも知らない、知りたくないことが知られてしまった気がして、
ヒュースは苛立ちを覚えた。

「しかし、みわ先輩ってどこかで聞いたことがあるような…」
「何だ遊真、三輪先輩がどうかしたのか?」

背後から入ってきた鳥丸に遊真は振り向く。

「三輪先輩って交友関係広いのか?」
「ボーダーにいるからそれなりに顔なじみはいるだろう」
「あれ、みわ先輩はボーダーなのか!
おれ本部で見たことないぞ?」
「…お前が話しているのは三輪隊の三輪先輩じゃないのか?」
「ミワ隊……あ、重くなる弾の人か!
む?…今日会った二年生のみわ先輩はミワ先輩と何か繋がりが……
それともみわという名字は結構多いのか?」
「いやうちの学年に三輪は一人だ」

烏丸と遊真。少しずれていた会話がどんどん補正されていく。
遊真はまだそこまで考え至らない様だが、烏丸は何となく状況を把握したらしい。
因みに陽太郎とヒュースは完全においてけぼりだ。

「三輪さんは三輪先輩の妹だ」
「そうかミワ先輩は妹がいたのか。
お姉さんは近界民に殺されたというのは聞いていたから、
妹がいるのは初耳だな」

遊真の言葉にヒュース思わず息を飲んだ。

「彩花はけんか中だと言ってたぞ」

それは兄の方と上手くいっていないと言っていただけで喧嘩だとは…
口にだそうとしてヒュースは黙る。
あの時は気にも留めなかった。
お姉ちゃんがいた時はと言っていた彼女の言葉からすぐに戦争で死んだと結び付かなかったのは、
この世界が戦争とは少しかけ離れて平和だったからかもしれない。
それに自分は慣れすぎたのかと不安がヒュースの心を揺さぶった。
だからだろうか、珍しく戦争の痕に残されたモノで動揺するのは…。
遊真からじっと見られていることに気付き、
いつものように言う。

「別に戦争で相手から恨まれるのは慣れている。
それにとやかく言おうとは思わない」

遊真の目はただ真っ直ぐにヒュースを映す。
以前、尋問の時と似たような言葉を発したとは思えない彼の変化。
それを知った遊真は淡泊に事実だけを伝えた。

「それは嘘になったんだなヒュース」

自分の胸に走る動揺は、
遊真が揺さぶるせいだとヒュースは思った。


20160606


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