境界の先へ
動き出す心
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ヒュースの様子がおかしい。
彩花がそれに気づいたのは割と早かった。
もともとあまり話す方でもなく、
表情も変わる方ではなかったが、その変化は分かりやすかった。
いつもの公園で遊ぶ陽太郎をベンチに座って眺める。
最近交わすようになった世間話が全くない。
これは気のせいなんかでは無かった。
学校の話や晩御飯何を作ろうかという話を振ってみるが、
「ああ」とか「そうか」とか返され会話が終了してしまう。
まるで最初の頃に戻ったみたいで悲しくなる。
元々彩花は話題が多い方でないので、
他にいい話題はないかと探すが見つからない。
「きょうはふたりともげんきがないな」
大丈夫かと続く言葉に二人はぎこちなく答えた。
しかし陽太郎は納得いかなかった。
先日木崎に言われた病み上がりの人間に無理はさせるなという教えが頭を過ぎったらしい。
今日はここまでにして帰ろうという話になった。
ついでに送っていくという話にもなり、
なんだか気まずいし彩花は断ろうとしたが、
陽太郎の言い分ではそれでは男が廃るらしい。
ヒュースも陽太郎の話にしぶりながら、
「玄界にそういう決まりがあるなら仕方ない」と了承した。
彩花はそれにチクリと胸が痛んだ。
ヒュースはたまに彩花には分からない単語を使う事がある。
その単語の意味は分からないが、
会話の内容は分かる。
本人も口にしている通り実にシンプルで「仕方ない」のだ。
それがなんとなく彩花の胸に違和感を与えていた。
「きさ…お前は近界民の事どう思う?」
「どうって…どうしてそんな事を聞くの?」
「お前の兄がボーダーをやっていると聞いた」
「知ってたんだ…」
「昨日、聞いた」
無言が続く中いきなり言われた言葉に彩花は首を傾げるしかなかった。
まさか学校以外で兄の事…ボーダーの話題があがってくるとは思っていなかったので、
虚をつかれてしまう。
よりによってこの話題か…と思ったが、
ヒュースの顔を見るとどこか深刻そうな顔だった。
もしかして今日様子がおかしかったのはこれが原因なのだろうか。
身内がボーダーなんて凄いというのはよくある話題の展開で、
お近づきになりたいというのもよくある話ではあった。
それだけボーダーに入隊するのは難しく、
そして入隊出来れば箔がつくのだ。
…いや、一体なんのだという話だが、
ボーダーに魅力を感じていない彩花には理解できない事なのかもしれない。
でも、何故ヒュースがそんな話題を振るのだろうか。
「…玄界でボーダーがあるのは近界民に対抗するためだろう。
家族を唯一守る事が出来るのはそこに所属するだけだ」
「お兄ちゃんは確かにボーダーだけど、そういうのしないよ。
…ヒュース君は誰かを守るためにボーダーに入りたいの?」
「いや、そういうのでは…」
「うちのお兄ちゃんとは違うね」
ヒュースは黙る。
「私、お姉ちゃんいたの。
でも五年前に近界民に殺されちゃった…。
お兄ちゃんがボーダーに入ったのはそれが理由」
「復讐、か…よくある話ではあるな…」
「そうかもしれないね」
「お前は兄のようにボーダーに入って近界民に復讐しようとは思わなかったのか」
「私は…そんな暇なかったかも。
よく分かってなかったから…それよりお兄ちゃんがボーダーに入ってほしくなかったの。
だから正直、近界民がというよりはボーダーがあまり好きじゃないのかも。
ずるいよね。守るためだと言って平気で線引きするの。
これ以上近づいてくるなって」
「…寂しかったのか」
ヒュースの言葉に彩花は笑った。
「彩花はさびしいのか?
だいじょうぶだぞ、おれたちがそばにいるからな!」
「陽太郎くん、ありがとう。
私、嬉しかったよ。
ヒュース君と陽太郎くんが私の作ったお菓子、美味しいって言ってくれて。
だからボーダーに入らないで欲しい」
「オレは…」
ヒュースが何かに戸惑っているのが分かった。
それが何なのか分からない彩花はヒュースが言ってくれるのを待つしかない。
「オレは立場上、言う必要はないし、そのつもりもなかった。
だが、何があっても家族というのは大事だとオレは思う。
…だからお前には伝えておこうと思う」
「何の話?」
「オレは――」
「お、彩花と陽太郎じゃないか」
「陽介先輩、お兄ちゃん…」
振りかえるとそこには彩花がよく知る先輩の姿と、
眉間に皺を寄せる兄の姿があった。
20160606
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