境界の先へ
苦手な妹

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一つしか歳が離れていない彩花を妹と認識するのは、
幼い秀次には難しかった。
自我が出てきた頃には、
大体自分と同じなのにどうして甘やかされるんだろうとか、
お兄ちゃんなんだからしっかりしなさいとか、
自分よりも力がなくて、泣き虫な妹という生き物が理解できなくて、
皆、自分のことなんてどうでもいいんだと思った。
そんな時、姉が秀次の手を握って笑ってくれるのだ。
「秀次」
末っ子で、女の子の彩花を皆可愛がる中、
姉だけは秀次の事を見てくれた事が当時の…幼い秀次は嬉しかった。
姉の凄いところは勿論、秀次だけじゃなくて彩花の事もちゃんと見ている事だった。
だから彩花も姉と兄どちらが好きかと聞かれたら、
優しいからお姉ちゃんが好きと大声で答えたくらいだ。

そういう事があって、
昔から秀次は姉の事が大好きで妹の事が苦手だった。
嫌いだと思わなかったのはきっと姉の存在が大きい。


「三輪先輩、妹いたんですね」

隊員の古寺に言われて秀次は眉間に皺を寄せた。
前髪で隠れて見えないのが幸いなのか、
それとも気心知れた仲だからなのか、
古寺は慌てた様子もなく、言う。
「妹さんと仲がいいんだなー」
その言葉で今度は狼狽えた。
日頃からそんなに会話もしないのに仲がいいわけがない。
そう言おうとして、
言った後、古寺が冷や汗かく姿が思い浮かび、口を閉ざした。
別に隠すつもりはなかったが言うつもりもなかった妹の存在が知られたのは、
秀次が作戦室にうっかりお弁当箱を置き忘れたせいだ。
それを見つけた米屋が「明日妹ちゃんが秀次にお弁当届けられないじゃん」と言って皆、反応したのだ。
「三輪くんの妹さんってどんな感じなのかしら?」
「秀次より髪の毛長くて目がちょっと大きい感じっすかねー」
「あら、随分可愛いじゃない」
妹の話で盛り上がられると肩身が狭くなるのはいつもの事だった。
あれが可愛いとか冗談じゃないと秀次は思った。
古寺が秀次をベースに脳内で妹のモンタージュを作るが、
ちょっと失敗したらしい。
混乱気味になっているのを奈良坂が隣で、
とりあえず可愛い女の子という認識でいいんじゃないかと微妙なフォローを入れる。
「その認識で間違ってないかなー。
初めて秀次の妹が俺のクラスに来た時とか凄かったぜ」
あの可愛いのは誰だとか、
ボーダー一筋だと思ったのにとか、
問い詰められたのは今ではいい思い出だ。
そんな事実があった事を初めて知った秀次は、
頭が痛くなった。
妹が周りにどう思われているのかなど、
できれば知りたくなかった。

「悪い虫がつかないように気をつけないといけないわね」
「第一候補はお前だな」
「奈良坂マジで?
彩花ちゃんとくっついたら秀次が兄貴になるじゃん?
やべーわ、マジ受ける!」
米屋がふざけて秀次をお兄ちゃんと連呼してからかう。
誰がそんな鬱陶しい状況を許すかと、
ついムキになって秀次は言い返す。
「一人で手一杯なのに増えてたまるか。
兄呼ばわりするのは一人で十分だ」
「ふふ。
暫くは妹さん、彼氏できないかもしれないわね」
秀次が意図する方とは逆の方向に捉えたらしい。
月見の言葉に古寺も反応して、
「やっぱり兄妹、仲がいいですね」の一言でまとめられた。
何を言っても聞く耳持たないのだろうと悟った秀次は作戦室から出て行くことにした。
それをきっかけに解散する事になった三輪隊。
秀次の後に、米屋、古寺、月見、奈良坂と続く。

認めているからこその犬猿の仲というかなんというか…
後ろから秀次達を眺めて、
奈良坂は何か既視感みたいなのを覚えていた。


20150717


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