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今日の天気

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二年前の今日は雨が降っていた。
今日は、雨は降っていない。


姉の三回忌は土曜日にやる事になった。
家族皆でお墓参りする。
でもその前に彩花は行っておきたいとこがあった。
彩花の姉がいなくなったのは今日だ。
その日、家族がしんみりするのは分かっていた彩花は先に行ってちゃんと挨拶しておこうって思った。

学校帰り、直で来たはずなのに、
そこには既に兄の秀次がいた。
(お姉ちゃんの事が好きなのは知っているけど早すぎない?)
それもいつもの事かと彩花は思い直す。
いつだって秀次の中では姉が一番なのだ。
どうしようか考えていたが、
隠れるのも変な感じだし…と彩花は普通に行く事にした。
「お兄ちゃん、早いね」
「彩花か……」
それだけ言うと秀次は黙る。
秀次の隣で彩花も合掌する。
それからお墓の掃除をして、ろうそく、お線香に火を灯す。
墓石に水をかけて……と結構慣れたもので、
二人して黙々とやっていく。
今度は数珠を手にして合掌。
秀次が先にやってから妹の彩花も後に続く。

彩花は姉に語りかける。

お姉ちゃん、この一年もいろんな事があったんだよ。
お兄ちゃんがボーダーで隊長やってたりとか、
近界民が攻めてきたりとかで…陽介先輩に聞いたけどお兄ちゃん活躍したらしい。
それ聞いて、怪我してないのとか聞いたらするわけないだろって言われた。
あんな風に言わなくてもいいのに!ね?
後は…最近、小さな男の子とそのお兄ちゃんと仲良くなったよ。
公園で会ったんだけどちょっと昔思い出して懐かしかった。
買い物をする時、たまにその公園を通るんだけどその度に会うから話してたら男の子に懐かれたの。
子供は可愛いよねーお姉ちゃんがよく可愛いって言ってたの少し分かるかも。
その子のお兄ちゃんは…知り合い以上友達未満な感じ。
素っ気ないところはお兄ちゃんに似ている気がする……。

どれくらいお話ししてたのかは分からない。
彩花が話す事は秀次中心だ。
多分、親に向かって兄の事でこんなに話さないだろうというくらいに話していた。
いつかクラスメートが言っていたブラコンも否定できない。

彩花は長く合掌しすぎたと慌てて顔を上げる。
まだ傍に秀次がいてくれたことに少しだけ嬉しくなる……片付けをしてないからだというのは考えないことにした。

「今日はボーダーないの?」
「これから行く」
「そっか。…お兄ちゃん、いってらっしゃい」
「ああ」

兄の後ろ姿を見ながら彩花は呟く。

「お姉ちゃんって凄いなー」

いつも秀次と彩花を繋げるのは姉だ。


いつもの日常が戻ってくる。
買い物に行く時、公園に寄るのは彩花の日課となりつつあった。
ベンチに座ってジュースを飲む。
たったそれだけ。
たまに陽太郎が遊んでいるのを見かけ、
雷神丸というカピバラを触らせてくれる。
あのモフモフ感の威力は凄まじく、
彩花の一つの楽しみだった。
それと一緒でヒュースにもよく会うが挨拶だけで大体終わる。
会話が得意じゃない人間だけになるとこうなるらしい。
ヒュースは陽太郎が遊んでいるのを見ているだけだ。
たまに陽太郎にせがまれると構うぐらいで、大体ベンチに座ってる。
彩花もなんとなく寛いで時間が経ったら挨拶して買い物へ行くので、
もしかしたら彩花がいなくなってから遊んでいるのかもしれない。
よく分からないが……だから誰もいないベンチに二人して座っても端と端だ。
会話もない、親しくないならその距離でもおかしくないだろう。
だが今日、彩花は少しだけ機嫌がいい。
「陽太郎君、カップケーキいる?」
「お、おれにくれるのか!?」
「うん。誰も食べる人いないし貰ってくれると嬉しい」
「誰も食べる人間がいないのにどうして作る?」
珍しくヒュースが会話に入ってきた。
彼からしてみれば食べないのに作る理由が不可解らしい。
彩花は特に気にする事なく答える。
「家庭科の授業でお菓子作りだったの。うちの家族甘いもの好きな人いないから」
唯一好きな母親は只今ダイエット中らしい。
流石にお菓子を目の前に広げるわけにもいかないのでどう処分するか考えていたところだ。
友達に渡したかったが友達も自分の分は自分で作っているため渡せるわけがなかった。

授業ならしょうがないとヒュースも納得したらしい。
玄界は不思議な事をすると呟いていたが彩花には意味が分からなかった。
嬉しそうに受け取ろうとしている陽太郎をヒュースは止める。
一度口を開いて何かを言いかける。
が、思い直したのか陽太郎の方を見て言う。
「お前、砂場で遊んでたろ。手を洗え」

手洗い場で陽太郎はヒュースに言われた通り手を洗っていた。
素直でいい子だと感心する。
「彩花、これおいしいぞ!」
「良かったー」
陽太郎の言葉に彩花は嬉しくなる。
料理の感想を聞いたのは久しぶりだった。
今日はいいこと尽くしだと彩花は思った。
「ヒュース君もよかったらどう?」
ヒュースは訝し気な顔をしてカップケーキを手に取り、
陽太郎を見てから意を決したように口にする。
「……」
カップケーキを食べたヒュースの顔を見て彩花は笑った。


今日はいい天気だ――。


20151030


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