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特等席

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「彩花ー」
「陽太郎君こんにちは」
「……」
「ヒュース君もこんにちは」
「……ああ」

彩花は今まで公園に行く時は買い物のついで。
ちょっとした時間を楽しむために行く…息抜きだった。
だが気づけば毎日のように公園に行くようになっていた。
そこで逢う陽太郎とヒュースを見るのが微笑ましくてなんだかほっこりとした気分になるからだ。
勿論約束なんてしているわけでもないので、逢えない日だってあった。
陽太郎の遊び場は公園だけではないからだ。
しかし最近はここに来れば彩花に逢えるので、
毎日のように公園に行きたいと「おれの女が待っている」と強請るようになっていた。
それを聞いた小南とかは「子供のくせに何を言っているのよ」と険しい顔で言うが、
「おとこはおんなにさびしいおもいをさせてはいけないんだぜ」と切り返すらしい。
一体どのテレビの影響なのだろうか…と頭を抱えていたのを彩花は知らない。
そして公園に行く時決まって陽太郎はヒュースを指名する。
一度烏丸が「たまには俺が行こうか」と言ったが「きょーすけはあぶないからだめだ」らしい。
それを聞いた女性陣が爆笑していたのはヒュースの中では新しい記憶だった。
「最近、毎日来るよね?」
「…陽太郎がお前に会いたいらしい」
「か、わいい…!あ、でも会う度にお菓子渡したりするからかなー…」
「そうだろうな」
「餌付けしているつもりはないんだけど…」
「だったらあげなければいい」
「だって…陽太郎君は喜んでくれるから嬉しいんだよ。
元々作るのは好きだったけど、最近凄く楽しくてつい…」
「で、餌付けか」
「……」
彩花は返す言葉もなかった。
そういうつもりはなかったが、餌付けしているのと大差はないだろう。
公園に来れば彩花に逢える。
彩花に会えばお菓子貰えるという公式が成り立ってしまった。
おかげで毎日のように顔を会せるようになったのだ。
彩花にとっては嬉しい事だが、
相手の家族にとってはよく思っていないかもしれない。
今更そんな事に気付く。
「迷惑かな?」
「レイジには伝えてある。
夕ご飯が食べられなくなるような事にならなければ少しくらいはいいらしい。
でも、毎日貰うのは相手に失礼だからほどほどにしろよと言ってた」
「なんかごめん…」
「別に、陽太郎が自分の意志で来ているんだ。
貴様のせいではないだろう」
「…ありがとう」
そこで二人の会話は終わる。
最初に比べると大分進歩したものだ。

とことこと陽太郎が二人の前に寄っていく。

「なあ、どうしていつもここはあいているんだ?」

二人は相変わらずベンチの端と端に座る。
だからその間はぽっかりと隙間ができる。
陽太郎はそれが不思議でしょうがないようだ。
「おれはとなりにすわるほうがすきだけど、ヒュースと彩花はすきじゃないのか?」
「なっ!」
ヒュースが声を荒げる。
そんな彼の姿を見るのは珍しい…いや、初めてなのではないだろうかと彩花は思った。

――そんなに全力で否定しなくてもいいのにな…。

彩花は思わず笑ってしまった。
それから助け船を出すつもりで陽太郎に言う。
「陽太郎君はヒュース君と私の事好き?」
「おお、ふたりともだいすきだぞ!」
「だからここは陽太郎君の特等席なんだよ」
「?…おお!」
陽太郎は嬉しそうに空いたところに座る。
「ヒュースと彩花のとなりにすわれるな」
「そうそう…と、いうことで…はい、今日はクッキーだよ」
「おお!」
陽太郎がクッキーを頬張るのを見てヒュースは溜息をついた。
「やはり餌付けだな」
「そ、んなんじゃないよ!
…という事でヒュース君もどうぞ」
彩花は無理矢理ヒュースにクッキーを渡す。
「これがクッキー……」
ヒュースは意を決したようにそれを口にする。
「この乾燥具合は…なるほど、長持ちさせるためか。
非常食にうってつけだな」
ヒュースがぶつぶつ何かを言っている。
彼はたまにスイッチが入ったかのようにこういう事になることがある。
よく分からないが隣から陽太郎が言う。
「ヒュースはまじめだからかんがえることがすきなんだ。
だからほっておいてくれ」
それにしては突っ込みどころが満載な気がするがとりあえず頷いておく。
「美味しい?」
「うむ、おいしいぞ!な、ヒュース?」
「ああ、よくできている」
「ありがとう」

――やっぱり誰かに喜んでもらえるのは嬉しいな。

胸の中がほっこり温かくなる。
彩花はこの場所が好きだなと実感した。


20151126


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