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お弁当の味

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キーンコーンカーンコーン…

チャイムが鳴る。
この時間、いつも彩花が秀次のお弁当を持ってくる。
「珍しいな。最近はずっと持ってきてたのに…」
隣の出水が言う。
そう、珍しく今日は彩花が来なかった。
「っつうか、秀次がちゃんとお弁当持ってくれば済む話なんだけどなー」
米屋の意見は尤もだ。
毎回妹がお弁当を持ってくることを鬱陶しく思っている割に、
自分でお弁当を持って行こうとしない秀次に
第三者から見れば理解できないだろう。
だけど米屋は秀次が無意識に、
家族を気に掛けている証拠だと思っている。
早くそれを自覚してしまえばいいのに…とも思っている。
「来ないってことは今日はちゃんと持ってきたんかな」
「それか今日の三輪家のお昼はお弁当なしとか」
「槍バカどっちに賭ける?」
「俺、三輪家のお昼は弁当なし」
「俺も」
「ダメだ、賭けになんねー」
米屋と出水はけらけら笑いながら、
とりあえず結果を確認しに秀次のクラスに行くことにした。
…というよりは、彩花のおかげでお昼になったら秀次のところに行くのが習慣化してしまっていた。
そしてその後、一緒に屋上でお弁当を食べるのも、だ。

「秀次ーお昼行こうぜ」
「……陽介」
いつものことなので秀次ももう慣れている。
教室からすたすら歩いていき、「五月蠅いぞ」と小言だけ言う。
それでも一緒に昼食に付き合うのが、
彼等の信頼関係を物語っている。
「あれ、三輪今日お弁当あるのか?」
出水の言葉に秀次の右手に視線がいく。
その手にはお弁当だ。
「ああ、今日はできていたから持ってきた」
秀次の言葉を聞いて米屋と出水が同時に悲鳴を上げる。
「三輪妹が来なかったから弁当ないって思ってたのに」
「俺達どっちも賭けに負けてんじゃん」
「まー賭けにはなってなかったけど」
「…勝手に俺で賭け事するな」
「だって、なー?」
早歩きで屋上に向かう秀次の後を二人は追いかけて行く。


屋上

「今日エビフライあるじゃん。三輪ちょーだい」
「俺、卵焼きもーらい」
秀次の返事を待つことなく二人は秀次の弁当から目当てのおかずを取った。
「おい」と睨みはするものの、それもいつものことなので、
怒ったりはしない。
かわりに自分のおかずを渡す出水と、
渡さない米屋。
…米屋の場合は本日コンビニで買ったパンがメインだ。
分けるに分けれないので仕方がないのだが。
「今日の卵焼き、甘いのな」
「へーいつも味変えてるとか、お前のとこスゲーな」
「いつもは塩味だぜ」
「なんでそこで槍バカが答えんだよ」
出水の言い分に対する答えは簡単だ。
いつも秀次のお弁当の卵焼きを食べているのは米屋だ。
そのおかずをチョイスしているのは、
なんとなく取りやすいからという単純な理由だ。
だから卵焼きの味の変化に秀次は気づかなかった。
それも米屋の申告により今、気づいたわけだが…。
そんなのは些細な事だ。
今日もいつものように米屋と出水が騒ぐ。
それを聞き流しながら秀次は呟いた。

「そうか、今日は甘いのか…」


20151219


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