境界の先へ
小さな芽生え

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捕虜だったヒュースが格上げされて玉狛の人間として数えられてから三、四ヵ月経った。
近界民にあまり友好的ではない…いや馴染みがないこの世界の人間にはヒュースという存在はどう扱うべきか難しいのだろう。
同じ近界民である遊真と違うところは最初の立場と性格とあと…自身の頭部についている角があるかないかということだろうか。
角を見られると騒ぎになるらしい。
玉狛の人間以外あまり心を開いていないヒュースにとって、
こちらの世界は過ごしにくいという印象を更に与えるだけのものとなっていた。

そんなヒュースの毎日の行動というのは大体決まっていて、
玉狛でランク戦のログを見たり、
修と作戦について議論したり……ボーダー中心の生活になるのは仕方のない事だった。
それに付け加え、今年から小学校に行くようになった陽太郎を迎え、お守をするのもいつの間にか彼の日常になっていた。
別に自分から陽太郎のお守をすると言い出したのではない。
陽太郎の方からヒュースに近づいていくのである。
その事について鳥丸と迅がからかっていたが、
オレは好きでやっているんではない!と言い返すのは最早恒例行事だ。
本当に嫌なら突っぱねればいいのだと言わない二人も、
ヒュースのそういう不器用なまでも真面目なところが気に入っており、
…素直に自覚したのを見計らって更なる追い打ち(からかい)をしたいだけなのだが…
それはもう少し先の未来になりそうだ。

――何はともあれ、陽太郎のお守はいつもの事だが、
それを更に細分化すると、
彼等は毎日、公園へ行くようになっていた。
どうやら陽太郎が公園で会う彩花を気に入ったらしいのだ。
陽太郎たちが先か彩花が先かは分からないが、公園に毎日足を運ぶようになり、
気づけば公園で会っておしゃべりというのが習慣化してしまったのだ。
別に口約束なんてした覚えはない。
いつの間にかそれが当たり前になっていたから、
先日彩花が公園に現れなかった時、何故かヒュースの胸に言い知れぬ何かが走った。
その正体は何か考えるよりも先に陽太郎の落ち込み具合が酷かったので、
ヒュースはそれについて考える暇はなかった。
日頃から「彩花はおれのおんなだ」とか言うだけあって、
陽太郎なりに彼女に好意を持っていたようだ。
それはまるで幼い子が年上のお姉さんに憧れるような感じだ。
何故そこまで陽太郎が彩花を気に掛けるのか……ヒュースは単純にお菓子をくれるからだという見解だが、
真実は分からない。
ただ、彩花が公園に来ず陽太郎が落ち込んだ。
事実はそれだけである。


「落ち込んでいる陽太郎っていうのもウザいわね」

不意に小南がそんな事を言い出した。
子供相手に大人気ないなーと思っているヒュースの傍で遊真が言う。
「こなみ先輩、つまらない嘘つくね。素直に心配しているって言えばいいのに」
「な!べっつに、心配なんかしてないわよ!」
…どうやら心配をしているらしい。
何故それで意地を張るのかヒュースは理解できない。
玄界の人間は難しいなと検討違いな事を思った。
「それで、その彩花ちゃんが公園に来なかったって?
別に約束していたわけじゃないんだからそこまで気にする事ないんじゃない?」
「彩花はまたあしたなといったんだ!
もしか…なにかじけんにまきこまれたかもしれん!!」
「日本も意外と危ないところだからなーおれが捜してやるからヒュース似顔絵」
訳すとどんな人間か興味あるから教えてだ。
「子供の人間関係に興味を持つなんてお前も暇だな」
「ヒュースほどじゃないぞ」
「…ユーマ」
「まぁ、そう怒るなって。
ようたろうはボスの子供だし、タマコマの一員だからな。
何かあってからじゃ遅いし」
「遊真、相手は子供でしょ?そんな気にする事ないんじゃない?」
「こなみ先輩分かってないな。
悪女っていう奴は子供の頃からその風格を表しているものだぞ。
ようたろうがここまで執着を持つのも気になるし、一度おれ達が見ておくべきだろう?」
「え、そうなの?
ちょっとヒュース!
アンタがついていながら何してんのよ!」
「…ま、嘘だけど」
「はぁ!?」
小南が遊真の首根っこを掴み揺さぶる。
ここまでの会話を聞くと分かるが、
完全に小南と遊真は彩花を陽太郎と同じ小さな子だと思っているようだ。
「彩花は子供じゃないぞ。
オレ達と同じ年だ」
「え、そうなの!?」
「ほう、そっちか」
ヒュースの言葉に小南と遊真が各々に反応した。

…その後、ヒュースは何故か遊真にニヤニヤ笑われるようになった。
解せぬとヒュースが思ったのは言うまでもない。


20160109


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