端と端
桜舞い降りるその先に
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「桜花、明日なんだけどさ」
出会いがしら、いきなり迅から声を掛けられた桜花は素直に立ち止まってしまった。
さも、前々から約束をしていたかのような口ぶりが、
逆に清々しい。
「なんで私が一緒に出掛けることになってるのよ」
「え、桜花明日防衛任務入ってないし暇だよね」
「そうだけど」
こちら側の世界に戻ってきて、桜花の人間関係はボーダーでしか構築されていないし、
親しいと呼べる人もあまりいないこの状況で、
防衛任務以外の予定を入れるのは難しかった。
そんな分かり切ったことを……と考えて、
そういえば以前もこんなやりとりをしたことを思い出す。
「じゃあ、お花見しよう」
「迅、桜花ー!」
元気のいい声が響き渡る。
本日はお花見日和。
人もたくさんいる中、しっかりと聞こえる声。
おまけに大きく手を振ってくる嵐山に、
今日も元気だなーという感想しか桜花は出てこなかった。
(元気というか無邪気よね、あれ。
なんだか大型犬が尻尾を振っているようにしか見えないわ)
人と人の間を縫うようにやってきた嵐山にとりあえず労いの言葉を掛けておく。
「お疲れ様」
「ああ、待たせてすまない」
「おれ達も今来たとこだし、行こうか。
……ていうか早くしないと桜花既に始めちゃってるから」
「?」
迅の言葉に首を傾げる嵐山。
桜花の方を見ると、少し大きめの鞄を肩にかけ、
左手に缶ジュース、右手に焼き鳥を持っていた。
開けられた缶、そして串に刺さっている肉の数を見るに、
既に口をつけている。
それだけお腹が空いていたということだろう。
迅は今来たところとか言っていたが実はかなり前から待っていたのでは?という疑問が嵐山の中に浮かぶ。
嵐山の視線に気づいた桜花がなんとなく嵐山の思考を読んで補足する。
「朝何も食べなかったから仕方ないのよ」
その言葉を聞いて迅が苦笑する。
一応、今から食べるからと止めたらしい。
しかし「腹は減っては戦はできない」と返されたのだ。
確かに場所取りで動き回ったりするが、
その後は割と落ち着いて過ごせる……はずだ。
一体何しに行くのだと突っ込んで、開口一番「お弁当を食べに」と言われた時は、
間違ってはないがもう少し言い方というものがあるのではないかと、
同い年の女性相手に思わなくもなかったが、
桜花はある意味規格外なので、
逆にそう考えるのは失礼だと思い直したのは内緒の話だ。
「朝?寝坊でもしたのか?」
「違う違う。お弁当を作らされた」
「!」
「桜花がお弁当……!?」
2人の驚きは予想通りだ。
桜花も、自分が作る予定にはなかっただけに2人の反応に怒る気にもなれなかった。
「おれ、全然見えてなかったけど、え、なんで?」
「そこまで動揺すること?
昨日、食堂に行って余ったもの貰おうと思ったらおばさんに捕まったのよ」
ボーダー住まいの桜花は、
外では友好関係が気づけていなくても、ボーダー職員との交流は割とあるらしい。
面識があるくらいで仲がいいかと言われれば怪しいところだが、
毎日使う食堂の職員とは挨拶どころか、残飯処理を引き受けるくらい仲が良くなった。
いつものように余りものを貰おうとしたら、
世間話になりそこから翌日、迅と嵐山と一緒にお花見へ行くというのを伝えたのだ。
そうしたら、「嵐山くんと一緒にお出かけ!?」だとか、
「お花見にタッパに詰めて行くのは味気がない」とか、
「余りものを詰めるだけなんて駄目よ」とか、
「女子力アピールをしなさい!」とかなんやらいろんなことを言われ、
結果、翌朝一緒に作りましょうとなったわけだ。
まさか嵐山の言葉一つにここまで反応されるとは思ってもいなかった桜花だが、
とりあえず目的のものが手に入るならそれで良かったので素直に従ったわけだ。
近界へ行って4年半あまり……。
自分で料理をする習慣がなかった桜花は予想通りおばさんに「今まで何をしていたの」とダメ出しを喰らい、一緒に作ってもらった。
あの時のおばさんの顔と熱意を桜花は忘れない。
「嵐山くんと迅くん、どっちが本命なのか?」と花を咲かせられた時は目を剥いた。
向こうでは男ばかりに囲まれていたため何も考えていなかったが、
年頃の女と男が出掛けるなら恋愛ネタとして気になってしまうらしい。
一応優しくどちらも違うと言っておいたがあの目は信じていなかった。
つまみ食いしようと思っていたのに、食べ損ねてしまった桜花は、
次からはこの手の話題は振らないようにしようと誓ったのは余談だ。
どうしてそうなったのか経緯を説明しない桜花のせいで疑問しか残らない。
しかし、嵐山は疑問に思うことなくプラス思考で自分のことのように喜ぶ。
「仲が良いな!」
「そうね……(半分は嵐山のせいだけど)」
「よしっ!それなら早く食べよう!」
嵐山の提案に迅が既に見つけているのかこっちだと案内した。
「綺麗だな」
「本当、満開なの初めて見たわ。
結構壮大なのね」
「向こうでは桜ないのか?」
「ないない。それにお花見っていう概念もないから」
それより戦争――と言いかけて、
桜花はその言葉を呑み込んだ。
流石に穏やかな日に物騒な言葉を出すのは野暮だろう。
「もしかしてこっちにいた時もお花見とかしてなかった?」
「したわよ。今日みたいに――」
朝の光景を思い出す。
玄界にいた時も朝、母親がお弁当を作るのを手伝って、
家族皆でお花見をした。
桜が何分咲だったかなんて正直憶えていない。
あの時は桜がどれだけ咲いていたかというよりも、
皆といて楽しかったというのしか記憶にない。
「それより、お腹空いたから早く食べるわよ!」
「さっき焼き鳥食べてたのに」
「あれは朝ごはん」
桜花の発言に迅と嵐山は苦笑しつつ、
レジャーシートを広げ、3人は腰を下ろした。
そして桜花の指揮のもとシートの上にそれぞれが持ってきたお弁当が置かれていく。
飲み物は食堂のおばさんから渡された水筒があるので、
紙コップに淹れて2人に回す。
まだ肌寒い中、紙コップからでる湯気におばさんの優しさが感じられる。
「気が利くね」
「本当、おばさんに感謝よね。いただきます」
食べれればなんでもいいという考え方の人間がここまで気を遣えるはずがない。
桜花の言葉に迅は笑った。
そして我先に食べ始める桜花の姿を見て、
やはり笑うという選択肢以外見つからない。
桜花は自分が持ってきたお弁当箱からおにぎりを取り出し、頬張る。
……というか、
「桜花、見事におにぎりしかないんだけど」
「私の今のレベルだとこれが限界だったのよ。
具は入っているし、なかなかいけるわよ」
所謂、最近流行りのおにぎらずというやつだ。
最初は食材を切ったりなんなり手伝い込みでやっていたが、
料理を暫くやっていなかった人間が1日でなんとかできるものではなかった。
具材は結局おばさんが用意してくれたので桜花は巻くだけだった。
「昔は卵焼きとか作れたのに、全然できなかったわ……。
勿体ないから巻いたけど」
しみじみしながら言う桜花にちょっと涙が出てきそうだ。
「良かったらいる?」
「あ、いいの?」
言うと迅は紙皿に卵焼きとついでに野菜炒めを載せて、
割り箸つけて桜花に渡す。
「ありがとう」
紙皿を受け取り、早速桜花は口に入れる。
ああ、懐かしいな――と思いながら卵焼きを食べていると、
ふと疑問が浮かぶ。
なんで、紙皿と割り箸が用意されているのかと――。
よく見ると二人のお弁当は1人用にしては量が多い。
「アンタ達よく食べるの?」
「ん?普通だと思うけど」
「にしては、量が多い気がするんだけど――…」
「ああ、それは迅が桜花は自分のお弁当を持ってこない可能性が高いって言ってたからな。
なら、3人で食べようと思って迅と俺で作って来たんだ!」
「え?」
「ちょっ、嵐山!」
嵐山の暴露に急に迅が慌て始める。
そして嵐山への仕返しだと言わんばかりに迅が反撃する。
「言っておくけど、桜花のためにお弁当を作ろうと言い出したのは嵐山だから!」
「ああ、皆で食べる方が楽しいからな」
……反撃したが、嵐山は慌てふためくどころか堂々と肯定した。
迅はあ――…と視線を逸らした。
二人のやり取りを見て、
桜花は先程、自分がお弁当を持ってきたと言った時の2人の反応を思い出す。
あれは自分が作ったというのが意外だったというわけではなく、
もしかして――…。
桜花はもぐもぐしながら、次は嵐山が持ってきたお弁当の方に箸をつける。
「美味しい」
唐揚げを頬張りながら、アンタ達も食えと自らのお弁当箱を前に突き出す。
桜花の行動に躊躇うことなく、
最初に手を出したのは嵐山だった。
迅も続いて、桜花のお弁当箱からおにぎりをとる。
「美味しいな!」
満面の笑みで言う嵐山に、桜花は一言。
「それはおばさんに言ってあげて」
「ああ」
「おれ、2人のマイペースさがちょっと羨ましいよ」
「そう言うアンタも変わらないでしょ」
風が吹き、桜が舞い上がる。
それに「おぉー」と小さな声で桜花が声を上げた。
「桜吹雪だね」
「趣があっていいな」
「でも、ちょっと肌寒いわよね」
言うと桜花は紙コップを手にする。
「温かい……」
「本当、食堂のおばさん様様だね」
「そうね」
先程の風のせいで、桜花が手にしている紙コップに桜の花びらが入る。
あっと思い、顔を上げれば、
迅と嵐山の頭の上に桜の花びらが数枚載っている。
なんだかそれが少し可笑しく思えて、
桜花はそのままお茶を飲んだ。
「本当に温かい――」
桜が舞う。
目の前には仲間がいる。
向こうの世界でずっと夢見てた平穏がここにある。
何故、胸が少し締め付けるように感じるのかは分からない。
ただ、桜花はこの瞬間を大事にしようと、
2人のお弁当箱からおかずをとる。
「って、桜花!食べるの早すぎ!」
「アンタ達が呑気に桜を見てるからでしょ」
「それがお花見の趣旨だよね?」
「桜花は元気だよなー」
「嵐山、そこ感心するところじゃないから!」
2人のやり取りを見ながら、桜花はもぐもぐ食べ続けた。
20170327
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