端と端
煮え湯を飲まされたのは誰か

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「いやー中々面白かった」

B級ランク戦第三試合を見て出水は言った。
修の戦術や千佳の大砲が凄かったと純粋に褒めているところ、
ばっさり断ち切るように一緒に観戦していたこの男、
B級一位二宮隊の隊長二宮匡貴は遊真の実力派認めるものの、
二人のことは眼中にないのか問題ないと発言した。
それよりも彼の中では太刀川の解説が気に食わなかったのか、
そちらの方に文句を言っている。
(相変わらず、太刀川さんには厳しいなー)
いつもの事だと聞き流した。
そこから戦術やチームレベルの話になり…と、
盛り上がってきたところで、
C級ブースで太刀川が女とランク戦するから見に行こうぜという話が聞こえてきた。
先程、B級ランク戦の解説をしていたばかりだというのに、
もう個人ランク戦をやっているのかと、
二宮が呆れた。
チームランク戦は個人と違って隊員が熱い。
そういう試合を見た後、血が滾るのだろう。
誰彼かまわず捕まえてランク戦するのは最早、太刀川の恒例だった。
二宮からしたらまたいつものアレか、と思うくらいだったが、
逆に出水は、対戦相手が女と聞いて引っ掛かりを覚えたらしい。
滾っている時の太刀川の誘いを受ける人間はあまり多くはない。
皆太刀川の実力を知っているし、普段ならまだしも、ハイテンションな彼を相手にするのは正直面倒なのだ。
一度対戦したら最後。
彼の気が済むまで続けられるエンドレス戦に、
太刀川の事を知っている者なら断るのが常だった。
それでも運悪く逃げきれなかったら…ご愁傷様というやつだった。
そんな太刀川の相手をする女と聞いて、
出水は一人しか思いつかなかった。
最近、太刀川がご執心な彼女の顔が浮かび、
遊真と戦っているところは見たことがあるが、
太刀川と一対一の勝負を見るのは初めてだよなーと思うと、
気になってしまったのだ。
「ちょっと見に行ってみません?」
出水が言うと二宮は露骨に嫌な顔をした。
そんなに太刀川の事が気に入らないのか。
これもいつもの事だ。
付き合いが長い出水は、二宮の表情を見なかったことにして、
話を振る。
確かこの人も捕虜にした人に興味を持っていたはずだ。
「面白いものが見れるかもしれないですよ」
含みのある言葉にますます目を細める二宮だが、
出水が意味もなくこういう事をしない事も知っている二宮は渋々頷いた。
「…仕方ない。先程の解説に文句を言ってやるか」
わざわざ理由をつけなくてもいいのに…
太刀川に関しては凄く面倒だが、
この二宮という男は自分や他人に厳しいものの、
こうやってなんだかんだで付き合ってくれる。
面倒見がいいとはまた少し違うが、悪い人ではないのだ。
普通に話せるし…太刀川が絡まなければ。



二人はC級ブースに行くと、
太刀川と戦っているのは出水の想像通り桜花だった。
「出水に二宮さん。二人そろってここにくるの珍しいね?」
「迅さん!ランク戦の解説お疲れ様っす。
ちょっと太刀川さんに誰か捕まったって聞いて見に来たんですけど…」
「俺も今の太刀川さん凄くめんどくさいから止めた方がいいよって止めたんだけどねー」
正隊員になったばかりだし、正式試合をやろうと尤もな事を言う太刀川と、
二度、太刀川に負けている桜花は、
迅の「太刀川さん凄くめんどくさい」発言の忠告を聞いて、
一本試合なら受けると答えたのだ。
既に準備運動はその辺の人間で済ませていたらしい。
彼女の方もテンションは高く、さっさと片付けると太刀川に宣戦布告した。
久々に素直に試合を受けられ嬉しかったのか嬉々として待機部屋に向かった太刀川の話をして、
出水は容易に想像がついた。
最近、皆太刀川に冷たいから嬉しくなるのもしょうがないだろう。
勿論そうなったのは太刀川の自業自得ってやつなのだが。
話の流れは分かったものの、
二宮は桜花の事を知らない。
あれが明星桜花だということを二宮に教えると、
どこかで聞いたことのある名前だ、と
二宮は自分の記憶を溯っていく。


外野が呑気に話をしているのをよそに、
試合は早くも最高潮らしい。

お互い斬り合い、受け止め、返して、斬るの繰り返し。
剣と剣が弾く音に観戦者よりも当人の方が気持ちいいのだろう。
向けられた殺気を嬉しそうに受け止める。
一本試合の真剣勝負。
傷を負ってトリオンが漏れても御構い無し。
ここで仕留めなければいけないという緊張感が二人の中に漂う。
お互い突っ込んで打ち合い、僅かな隙を見逃さず斬り込んだ。
太刀川の腕を切り落とし、桜花はそのまま止めに首を撥ねようと剣を振りかぶった。
自分が殺されるその瞬間に、笑う男に桜花は躊躇うことなく剣を振り下ろした。



「やべーわ、あれ」
太刀川と桜花の試合を見て、出水は呟いた。 

この間まで訓練生だった女が一位の男相手に引けをとらないと驚くのは、
彼女の事情を知らない者だけだ。
「相打ちになるはずだったんだけど…桜花勝っちゃったね」
どうやら迅が視た未来では二人は引き分けになるはずだったらしい。
その先の未来で、決着がつかないのは嫌だと太刀川が駄々を捏ねて…エンドレス。
つまりいつもの太刀川のランク戦が行われる予定だったのだが、
今ので少し変わってしまったらしい。
別に迅が視えた未来を覆したからとか、そういうのとは関係なく、
出水は純粋に目の前で繰り広げられたハイレベルな戦闘に感嘆した。
そしてそれを通り越して、太刀川に対して引いてしまっていた。
どこに引いてしまったのかというと、
隙を突かれ腕を持って行かれてから殺されるまで、
正確に言うなら殺される瞬間に、だ。
嬉しそうに笑ったのだ。
桜花相手だったから良かった者の他の者…特に戦闘慣れしていない隊員から見ればトラウマものだ。
迅、風間達に次ぐ、新たな好敵手との出会いに胸が躍ったのだろう。
強さの頂点にいる男の考えなど解からないが、
少なくとも、自分の隊長が楽しそうでなによりだ。と出水は思った。
うん、うちの隊長半端ない。
このはしゃぎっぷりは迅がランク戦復帰した時以来である。


「あれが噂の太刀川が保護した女か」

最近そういう名前の捕虜がいた事を思い出した二宮は
目の前の戦闘を見て、あれで間違いないと確信した。
太刀川が桜花を勝手に連れて帰ってきたという話は一部の人間には有名な話で、
捕虜にした理由も「気に入ったから」の一言で片づけた太刀川に
二宮は憤慨した。
何を考えているんだ。
お前が気にいる気に入らないで連れて帰るな。
そんな事言ってランク戦で太刀川の脳天をぶち抜いたのは割と最近の話だ。
結果的には10本勝負の6対4で太刀川が勝ったのだが…
それでも、二宮を怒らせたら怖いと、
皆の記憶に植え付けるには充分だった。

「桜花さん、強いでしょ」

太刀川が気にいるのもしょうがないと出水は言う。
「確かに戦闘に関しては目を見張るものがあるが、それだけだ。
今回は結果的にボーダーの役に立つから良かったものの…」
それでも納得はできないらしい。
既に彼女はある程度信用できる人間だと定められ、
こうして正隊員になっているわけだから今更異を唱えたり、
彼女に対して何かしようとは思ってはいない。
桜花を捕虜にする経緯を聞いて、同情するところもある。
太刀川の連れて帰る発言も、
あの場にいた皆の同情心に背中を押すようなもので、
通常なら太刀川のあの発言だけで捕虜にするようなことはしないのだ。
そのことも二宮は理解している。
自分達は戦争をしている。
だがらといって常に冷酷でいる必要はない。
戦争の残骸。
そこに零れ落ちたモノに対して甘くいられるのは、
自分達がただの兵ではなく、一人の人間として個を持っているからなのだろう。

裏切られて可哀想だ。

誰かが言うその同情の言葉。
分からなくもないが、胸糞悪いと二宮は思う。
飼い犬に手を噛まれ、二宮隊はこうしてB級へと転落した。
あの女は仲間だった者の裏切りのせいで死にかけた。
…結果的にはそのおかげで元の世界に戻れたわけなのだが。
それでも煮えたぎる何かがあって、二宮は舌打ちした。


目の前にはランク戦を終えた二人がこっちに向かって歩いてきていた。
太刀川がもう一度やろうと桜花にせがんでいる。
桜花は勿論断っているが、太刀川の纏わりつきように段々腹が立ってきたらしい。
蹴りを入れて一瞬黙らせたが、
残念ながらそれでも折れないのが太刀川だった。
「迅、ちょっと此奴うざいんだけど…!」
「だから言ったでしょ。太刀川さん凄くめんどくさいって…」
今まで二人を待っていた迅が言葉を途中で呑み込む。
そしてあははーと笑いながら逃げ出そうとした迅に向かって容赦なく桜花は孤月を投げつけた。
それを避けずスコーピオンを出して受け止めたのは、
避けた後の未来では孤月を投げた先にいた隊員に孤月が刺さり、
トリオン体の換装が解けたからだ。
その後、上から隊務違反だと謹慎処分が下る桜花の未来が視えてしまったらしょうがない。
彼女にこれ以上、上が注視するような事は避けないといけない理由が迅にはある。
迅がスコーピオンを出して対処する僅かな時間で、
桜花は太刀川を振り切り、迅の元に近寄って腕を掴む。
「痛いんだけどー…」
「トリオン体なんでしょ?痛覚OFFにしてるのよね?
だったら大丈夫よ、その痛みは気のせいだから」
「あー…確定しちゃった」
「ありがとう。迅ならそうしてくれるって信じてたわ。
おかげでただのじゃれ合いで済みそうよ」
そう言って桜花は迅を太刀川に差し出す。
「私の代わりに迅が相手をしてくれるわ。
気が済むまで戦っているといいわ」
「え、桜花酷い」
「迅なら確かに不足はないな」
「ちょっと太刀川さん!?」
太刀川もそれで納得したらしい。
彼にとっては戦えれば誰でもいいのだろう。
逆に迅はそういうわけにもいかず、
久しぶりに二宮さんでも…と差し出そうとしているが、
桜花の手から太刀川の手に渡されてしまった迅は、
そのままずるずる引きずられて行く。
桜花は笑顔でそれを見送ると、迅に叩き落された孤月を拾う。

「桜花さん、いろんな意味で強すぎ…っていうか無茶しすぎ」
「…出水?アンタいたのね。それと…」

出水の隣にいる男と目が合って桜花は首を傾げる。
目が合うというだけでは生ぬるい。
何故か自分はこの男に睨まれている。
憎悪とか敵意ではない何かを感じるが、
この男とは今まで会ったことないはずだ。
自分の記憶を探ってみたがやはり会ったことがないと結論付け、
ようやく桜花は口を開いた。
「はじめまして、明星桜花よ」
「二宮匡貴だ」
「二宮さんが射手1位の人ね」
「へー射手はまともに戦った事ないわ」
「あと、太刀川さんの次に強い人ね」
「それは…随分まともそうな人で」
「あれと一緒にされるのは心外だ」
間髪入れずに二宮が言う。
「お前がこっちに来た経緯も知っている。
信用していた奴に裏切られた割に随分馴染みが早いな」
「ちょっと二宮さん…!」
普段の二宮ならこういうことは無暗に言葉にしない。
いきなりの事に驚いた出水は制止にかかる。
対する桜花はあぁ、二宮は自分を警戒している人なのかと理解した。
「私が信用できないって?…まぁ、正常な感覚ね」
「意外と冷静だな。いや、客観的なのか。
裏切った奴の事をどう思う?」
らしくないことをしている。
二宮にもその自覚はあった。
何故そんな事を聞くのか、
自分が何をしたいのか、自分でも分からなかった。
こんな感覚は久しぶりだ。
「私がここに来る前の事?
まぁ、私は必要なかったか、邪魔だったかのどちらかなんじゃない?」
「随分割り切ってるな」
「戦争だもの。
それにもうそいつとは会うことないし…
生きていたら別かもしれないわね。
追いかけて理由を聞くぐらいはしたかもしれないけど」
これで満足かと二宮を見る。
桜花の返答にそうかと興味あるのかないのか微妙な返事をする二宮に、
本当に聞きたいことはこれではないのかと桜花は判断した。
「私はここで生きて行く覚悟をした。
前に進むためには、いつまでも引き摺っていられないの」
「なるほどな」
「話は終わり?じゃあ、私ばっくれるから」
「太刀川さんと迅さん待たないんすか?」
「待つわけないでしょ。
こういう時本部に住んでいるって損よねー」
足早に桜花はここから出て行く。
引き止める隙もなかったが、しょうがない。
出水はため息をつくと二宮を見る。
「珍しいですね。二宮さんがあんな風に突っ込んだ事聞くの。
そんなに太刀川さん気に入らなかったんすか。
八つ当たりですよ」
「太刀川如きにそんな真似するか」
口ではこう言っているがする可能性高いよなーと出水は思った。
基本的に太刀川と二宮は水と油だ。
じゃあ、何が聞きたかったのかと出水は考えるが何も思いつかない。


前に進むためには引き摺っていられない。

確かにそうだと二宮は思う。
生きているなら理由を聞きたいと思うのは人の心理らしい。
そう、この気持ちは人として当然らしい。
確かめることができる可能性があるなら、
やはり、確かめるべきなのだろう。


不意に出水が言う。
「俺も現場いたんで知っているんすけど、
桜花さんを刺した人、本当最低な奴だなーって。
太刀川さんが思わず殺しちゃった時は当然だと思ったけど…」
「なんだ」
「『お前にお別れを――。残念だったな。お前が男だったら連れていけたのによ』。
後で菊地原に聞いたんすけど、
その人、桜花さんを殺そうとしていた時、迷っていたらしいですよ。
今から自分が裏切るのに一番傷ついていたのはその人だったって」
菊地原のサイドエフェクトだ。
彼の聴覚はどうやらその時の言葉だけでなく、心音も聞こえてしまったらしい。
彼女に対する裏切り行為。
それを選択したはずなのに、
裏切る事に関して罪悪感と後悔と…哀しみでいっぱいだった。
それでも彼女を選ばなかった彼を菊地原は敢えて嫌な奴だと言った。
「その人のどんな事情があるか知らないけど、
俺も菊地原と同意見。
やっぱりその人最低だって思います。
でも、桜花さんはその人の事、許したんじゃないかなって」
「何故そう思う」
桜花が捕虜の時、
ここにくるまでの経緯は当然話した。
自分達は遠征中で、
桜花と剣を交え、桜花が仲間と合流したところで裏切られた刺された。
その流れと、男がそう言っていたことを。
彼女から情報を得るためにわざと揺さぶりを掛けた。
その時、桜花の心音は一瞬だけ変化があっただけで、
後はずっと冷静だった。
その時の心臓のはね方は嬉しさだったらしい。
「そういう反応をするって事は少なくてもその人は桜花さんの事を信頼していて、
桜花さんもその人の事を信頼していたって事ですよね。
俺には理解できないけど、
でも裏切るって事はそこに信頼関係がないとできない行為だから、
桜花さん、自分を信頼してくれていた事に嬉しかったんじゃないかなーって」
言っていて出水も分からなくなってきたらしい。
何を言おうとしていたのかと首を傾げる。

「そんな考えはなかったが、それもまた別の見方だな」

これでこの話は終わりだと二宮は言う。
今から自分はやるべきことがあるのだと、
恐らく次の対戦相手になるであろう若きチームを頭に浮かべる。
そこには彼が求めている情報はあるのか否か。
少なくても、前に進むためには彼には払拭しなければいけないものがあった。


とりあえず、射手とはまともに戦ったことがないと言っていた彼女に、
お礼としてランク戦で蜂の巣にしてやろうと誓った。
別に嫌がらせでも何にでもなく、
ここで生きていくと言った彼女の覚悟と、
裏切られた彼女という人間を信じるために、
まずはそこから、だ――。


20150707


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