信用と信頼
遠征チーム

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春を迎え、新たな年度を迎える。
遊真達が高校生になってから暫くして、
ボーダーで大規模な演習が行われた。

自分達はあまりにも人型と戦うには経験値がなく、
チーム同士で連携を組む機会があまりにも少なかった。

ボーダー内でチームランク戦を行い、
戦術や連携の習得はしている。
しかし、見知らぬ相手、武器、戦い方に対応できる人間は限られており、
アフトクラトル戦でも人型相手に対等に戦えたのはA級隊員だった。
このままではいけないと判断して、
今回の演習を行うことになった。

簡単に言うとA級とB級合同チームを二組に分けて行う試合だ。
A級とB級では戦力が違うのは皆知っているところではあるが、
あえて混ぜることで、
A級が持つ臨機応変さを学んでほしいということだ。
それなりに経験値も貯まるし、やらないよりはいいだろう。
つまりはB級隊員の経験を積ませるための演習といってもいい。
そして今回は個人の技量だけではない。
チームとして戦う時、
どう動けばいいのか判断できる…指揮がとれる人間が少ない事も問題視されていた。
それを育てるためのものでもある。
東辺り、自分の後継者となる者を見定めているのかもしれない。

少なくてもB級から見ればA級のランク戦に参戦するのだ。
力の差は歴然。
そんな中、どう戦うのかがレベルアップの鍵ではある。

勿論これはチームを組んでいる者のみではなく、
ソロで動いているB級隊員にも該当しており、
彼等はランダムでどこかの隊のオペレーターの支持を仰ぐ形で参加することになった。
チーム戦闘に慣れていない彼等からすると、既に四苦八苦しているのは、
無理もない話だ。

そんな中、ソロである桜花はというと、
無論、参加しており、
玉狛第二の元で動くことになった。
そうなった理由もオペレーターの人員不足だけではなく、
桜花を上手く
結局何をしでかすか分からないと良い意味で定評のある玉狛第二に彼女が着くことになったものしょうがない事なのかもしれない。
そして今回、
玉狛第二は試験的にオペレーターを宇佐美ではなくヒュースが行うという思い切った行動に出た。
これも上層部の方で少し揉めたのだが、
いつまでも軟禁状態にするわけにはいかない。
近界民の戦術を取り入れるチャンスだ。
協力できるならこれ以上ないくらい心強いはずだ。
ヒュースと玉狛は信頼関係を築いているから問題はないと林藤が畳みかけ、
最後に迅がいつもの未来視でヒュースに危険がないことを告げることで、
OKとしたのだ。
敵を手引きしたり、こちらの情報を外に流さなければ、
ボーダーとしても痛手はない。
戦闘員としてトリガーを持たせるのと、
オペレーターとして戦況を分析、指示するのとどちらがいいかと天秤にかけ、
彼はオペレーターに配属された。
最初は何で俺がと反発していたが、
任されてしまえば最後までやり遂げる生真面目さを持っているのがヒュースだ。
本人は素直に認めようとはしないが、
その生真面目さを発揮して、真摯に任を遂行しているのは、
玉狛に信頼を置いているからだった。
これはある意味ヒュースの信用を得るための機会でもあった。
ヒュースのオペレーターとしての性能把握、
そして桜花の性能の再確認がこの演習の目的に含まれていたということは、
本人達にはあずかり知らない話だ。


そしてこの演習には別の目的もあった。
それは近界への遠征選抜だ。
勿論この結果で全てを決めるわけではない。
あくまでも参考レベルだ。
そもそもボーダー本部はA級隊員以上でないと、
遠征させない決まりがある。
これは以前、記者会見で発言した『基本はA級以上』『選抜試験を受け、実力が十分あると判断された者』というのと同じ意味だ。が、
今回は敢えて、選抜の参考にすると名目をうったのは、
間違いなく記者会見のせいだ。
今までA級隊員でしか行わなかった選抜をB級も交えて行うのは、
チームやポイントが足りないだけで既に実力を持っている者がいる事への配慮と、
…いや、ぶっちゃければ世間体だ。
ちゃんと記者会見通りにやってますよという…大人の事情も面倒なものである。

それから、遠征に行く日にちや隊員のスケジュールを照らし合わせ、選抜して行った。
遠征する国はどこか既に分かっていた。
これは空閑の父とレプリカの置き土産と言ってもいい。
既にある惑星国家の配置から国を割り出すことができた。
桜花は駆り出されたら戦うだけなので、
国の情勢には疎く、役立たずの烙印が押された。
かわりに、ヒュースがその国の事を正直に話した。
「リーベリーは、活発に活動していない」と。
勿論仕掛けられたら話は別だが…比較的に今の時期は安全だということだった。
だから…というのもあるが、
今回の選抜は少しいつもと違った。
二宮から言わせると「甘い」ということになるのだろう。
しかしそれに迅のサイドエフェクトの後押しがあった。
このメンバーなら、それなりの成果を上げてくると。


今期の選抜メンバーは以下の隊に決定した。
冬島隊、風間隊、三輪隊、三雲隊――…。

そして、今回の大規模演習のせいなのか、
桜花は三雲隊としてカウントされていた。
…つまりは桜花は遠征チームに選ばれたのだ。




「――ということで、三雲隊遠征決定おめでとうございまーす!」

宇佐美の言葉に各々、乾杯をし始めた。
遠征前日のちょっとした打ち入りだ。
ここに桜花が及ばれしたのは、今回三雲隊として行くからだ。
士気を高めるために、こういう事を行うところも少なくはない。
が、桜花は初めての体験だった。
今まではやはり捕虜という立場からか、
勝利をした後ならともかく、事前にこういう場に呼ばれる事はなかった。
そしてヒュースも同じだ。
軍隊のいち兵として所属していたヒュースは、形式に則った…所謂堅苦しい行事はあったが、
こんな感じに砕けた…アットホームなものは初めてである。
ここが玉狛だからそうなっているだけに違いないと思い直すことができたのは、
それだけ彼がここに馴染んだ証拠でもあった。

行く前だというのに、こんなに浮かれていいものか。
とも思うが、三雲隊の修と千佳は自分で背負い込み、一人で頑張りすぎるきらいがある。
だからこそ、彼等が力を抜くためにも、
そしてここに無事に戻ってきてほしいと伝えるには大事な儀式であった。
無論、戻ってきてほしいというのには修や千佳だけではない。
遊真とヒュース、そして桜花も含まれている。
後者の近界民組はそういう事に無頓着すぎるので尚更だ。
「帰ってきたらお土産話聞かせてね!」
ちゃんと約束させ、それを強く意識させるのは流石なのかもしれない。
玉狛の皆の気持ちを受け、
修と千佳は自分の気持ちを整理する。
そして、はっきりと意識を口にした。

「今回の遠征で兄さんや友達がすぐに見つかるとは思ってないけど…
だけど、私、頑張るから!」
「ああ。一緒に頑張ろう」
これは修と千佳にとってはボーダーに入隊しようと思った原点だ。
チームメイトである遊真とヒュース、そして桜花もその理由は知っている。

修の頭の中はいろんな事でいっぱいだ。

麟児がいなくなった時。
千佳が泣いた時。
迅に助けられた時。
ボーダーに入隊する時。
遊真と出会った時。
三人でチームを組んだ時。
アフトクラトル戦に参戦した時。
記者会見で攫われた人達を助けに行くと言った時。
B級ランク戦で経験した戦闘…

大丈夫だ。自分達は力をつけている。
それに関しては信じていい部分だ。

B級ランク戦の時、菊地原から言われた言葉を修は思い出す。
確かに自分達は傲慢なのかもしれない。
それでも前へ進むための大事な一歩だった。
大丈夫。
自分一人だけなら何もできなかったかもしれないが、
ここには頼りになる相棒と、仲間がいる。
修はまっすぐに皆を見つめた。

「空閑、ヒュース。…それから桜花さん。
迷惑掛けるかもしれないけど…その、よろしくお願いします」

一人でできない事があるからチームを組む。
自分だけでない、仲間のためにどう行動したらいいのかを考えて行動する。
これは修がB級ランク戦の中で見つけた答えの一つだった。

「今更だな、オサム」

それが遊真とそして無言を貫き通していたがヒュースの答えであった。







「なんかちょっとした旅行気分よね」
「5年前くらいは宇宙旅行に行ける日もー…とか言ってたけど、
その前に近界旅行?
それはそれで楽しそうだけど」

玉狛での食事が済み、解散となった。
千佳を修と遊真、レイジが送り、
桜花を迅が送る。
本人は必要ないと断ったが、一応女の子だからという事で。
そんな事言われてそれでも断らなかったのは、
迅が玉狛にいた時…皆がいる時に話せなかった事があるからだと桜花が深読みをしたからだった。
「それで、何?」
桜花の言葉に迅はいつもと変わらない感じでへらへら笑う。
「なんか、桜花も太刀川さん達に思考が似てきたんじゃない?
俺がいつも何か企んでいると思ってる」
「実際そうなんじゃないの?」
間髪入れずに帰ってきた言葉に、
酷いなーと迅は呟いた。
「メガネ君と千佳ちゃんを頼む」
迅の言葉に桜花はあぁー…と口を開いた。
確かにあの二人は今回の遠征チームの中で弱い。
特に千佳はその膨大なトリオン量のせいで狙われる危険性だってある。
この二人に関して反対意見はあった。
ランク戦を通じ、成長しているし見所だってある。
彼等は努力したなりの評価を得ていた。
だが、それはそれである。
「私に子守をしろって?無理よ。
そもそも自分の面倒をみれない奴がどうして遠征に…」
「戦うことだけが全てじゃない。だろ?」
「それはそうだけど、でも今回はチームバランスがおかしいと思うけど」
冬島隊と風間隊は取引や武力介入、どちらも経験があるから分かる。
問題は二チーム。
近界民と仲良くしよう主義の玉狛…三雲隊と、
近界民は全て敵だ!の主張である三輪隊が
一緒に行く事だ。
この二つの隊は主義主張が全く違う。
近界の国の成り立ちを知っている今、戦いは避けて通れない部分もある。
だからこその同盟や近界の情勢を知る事は大事とされたのも事実だ。
流石に三輪もどんなに近界民が憎かろうと、
会う人皆、殺していくわけにはいかない。
そこは弁えているはずだ。
そういう意味で訓練というか、
視野を広めるには今回はいい経験になるのかもしれない。
…だとしても三雲隊が参加するのは、やはりどうかと桜花は思うわけである。
「この前の演習だっていい連携だったよ。
アレはちょっと驚いた」
遊真と桜花を二人がフォローするというよりは、
修と千佳の攻撃を利用した戦い方が印象的だった。
無論、絶妙なタイミングで指示を出したヒュースの功績もデカイ。
三雲隊は各々が化学反応を起こし、
いい感じになってきている。
本人達が考える通りに押し通せる力さえあれば、
将来、A級も夢ではないだろう。
誰もが三雲隊の将来を想像する事ができた。
「確かに修は遊真やヒュースの影響で厭らしい感じに成長しているわね。
あれが指揮をとっているのと戦うのは正直面倒」
「やっぱり組ませて正解だったかな」
迅の言葉に桜花は目を細めた。
今回の遠征どころか演習の時から迅の策略は全て始まっていたようだ。
「本当に何をさせたいの?」
「させたいというより、そうなるって感じ。
桜花の思う通りに動いて大丈夫だよ。
後はメガネ君達が動いてくれるから」
「つまり?はっきり言ってちょうだい」
「はっきり言ってもいいとは限らないからなー…」
迅は桜花を見る。
ほら、見た事か。
好きに動いていいよと言った途端、
桜花の未来が変わる。

「できれば無茶しないで欲しいんだけど」

つまりは無茶な行動をする事で得られる何かがあるという事だ。
それが何かは分からないが…
明日、桜花達は近界へと旅立つのだ。


20150726


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