信用と信頼
潜入開始
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それは門を潜る前の事だ。
「探索に三チーム。残りは遠征艇で待機してもらう」
リーベリーの滞在期間は決まっている。
幾つもの島があるこの国では皆で一つの島を探り、他の島へと回っていくよりも、
限定してその島を長い時間掛けて調べる方がいい。
情報というものはいつ現れるか分からないし、
人との交渉は場合によっては長時間掛かるものだからだ。
大勢で動くと悪目立ちするし潜入という事を考えると妥当だと思った。
「へーどこの隊が行くの?」
遊真の言葉に反応したのは千佳だった。
「私…探索したいです!」
千佳が以前、兄や友達が近界民に攫われた事。
そして彼等を捜すためにボーダーに入隊した事は風間は知っている。
隊長繋がりか冬島も知っており、できる事なら汲んでやりたいなとも思っていた。
しかしそうは問屋が許さないというのか、
風間は平然と断った。
「千佳が駄目だという事はオレ達の隊はお留守番か?」
ツマラナイという顔を全面に出して遊真は言う。
それが命令ならば…と従う様子をみせるヒュースに、
何としてでも…と食いつこうとする修。
反応はまちまちだ。
なんだ、自分は用無しかと桜花が寛ぎタイムに入ろうとしたところで今回の探索メンバーが発表される。
「当真、三輪、古寺、米屋、三雲、空閑、明星、歌川、菊地原と俺で三チームに分かれる」
「風間さんこれは…」
「遠征経験があるのは冬島隊と風間隊だけだからな。
隊単位で動かす事はしない」
「それもそうか」
経験者とそうでない者を混ぜてやるつもりらしい。
待機組に冬島がいるのは元エンジニアだからとか、
千佳が残るのはそのトリオン量の多さからとか、
何かあった時に冷静に判断して対処できる奈良坂が…といろいろあるが、
そこは納得できる。
しかし、探索メンバーの基準がイマイチ分からなかった。
それよりもチームをどう分けるかが問題なわけであるのだが…。
「オレはオサムと組むぞ」
「他の奴と組むの嫌なんだけど」
「酒場行きたいな…」
案の定、遊真と菊地原が主張する。
言葉には出していないが、三輪も近界民とは組みたくないと思っている事だろう。
因みに近界民嫌いが何故遠征に参加するのかという疑問もないわけではないが、
それはレプリカやオサムの行動がデカかったとだけ答えておこう。
そしてただ一人、この場に相応しくない言葉が混じっている。
桜花だ。
彼女の発言に一部の者が冷たい目で見つめていた。
それに食いついたのは遊真であり、
「酒場か。じゃあオレ達は桜花さんと一緒で」
もう、遊真の中では修と一緒に行動するのは決定となったらしい。目的も明確になっている桜花と共に行動する方が楽だと考えたようだった。
酒場にオレも行きたいとわざとらしく連呼する遊真に修は冷汗をかくしかなかった。
情報集めに酒場という発想に、
近界ではそこが集まりやすい場所なのかと確認の意味を込めて思わずヒュースを見るが、
ヒュースの顔はこの女、任務なのに何を考えているのだと軽蔑していた。
…となれば、この発想は桜花そして遊真だけのようだ。
「アンタこれ、任務だって分かってる?どこほっつき歩くつもり?」
「理解してるけど?
それにこの国が本当に安全か判断するために街の様子も見ておくんでしょ?」
今待機している千佳が外に出歩けるかどうかといってもいいだろう。
問題なければオペレーター組だって外に出てもいいわけだ。
流石に遠征期間中ずっと艦内にいるのは滅入る。
少なくても桜花ならそう思う。
「僕絶対明星さんと一緒に行きたくない」
菊地原の意見に三輪も賛同する。
此奴と一緒になるくらいなら三雲達と行動を共にした方がいいとまで言ってのけた。
それに修と遊真…そして三雲隊の面々が驚いたのは言うまでもない。
どうして桜花に避難の目が集中しているのか分からない遊真は酒場に行くのはどこが悪いのかと、火に油を注いだ。
いや、分かってなくて言う遊真と、
分かってても言う桜花はどちらが性質が悪いかと言えば…どちらもどっこいどっこいである。
「酒場にいる女は気をつけないと負けるぞって親父がよく言ってたから、
どんな事するのか興味あったんだけど、
皆が反対するなら諦めるしかないな」
「お前、潜入だという意識はあるか」
風間のこの一言で流石に桜花も黙るしかなかった。
これは怒っている。
凄く面倒だ。
悪気がないのは分かっているが遊真は先程から自分を陥れたいのかと不満を露わにした。
後で覚えてろと睨みつければその意図は察したらしい。
今度のランク戦はオレが勝つからとドヤ顔された。
なんでこういうのは分かって他のは分かってくれないのだろうか。
側から見てくだらないやり取りに冬島は笑い始めていた。
最早他人事の域である。
「じゃあ俺、明星さんと一緒に回るわ」
「当真さんが行くなら俺も俺も!」
当真と米屋が、桜花側につく。
自分の隊員がそちらに着くのが気に入らないのか三輪が米屋を睨むが、
何事もないように米屋は言う。
「だって白チビはメガネボーイと一緒がいい。
秀次と菊地原は明星さんとは組みたくない。
だったらこれがベストじゃん」
「そうそう。
遠征経験者の俺もいるし、条件は満たしたんじゃねぇの?」
確かにその通りである。
メンバーがこの三人なのが少々不安を覚えるが、
ここは最年長の桜花ではなく、
当真が頼りである。
一つが決まればあとは簡単で、
風間、修、遊真のチームと、
歌川、菊地原、三輪、古寺のチームと別れる事になった。
「眩しい…」
門を潜り、開口一言目がそれだ。
何食わぬ顔で街中を歩いていく。
これだけ見れば玄界と変わらない普通の街だ。
とりあえずこの島の把握が第一なので散開でもするかと考え一旦解散したはずが、
後ろから余計なものがくっついてきているわけである。
何の嫌がらせだと思って桜花は一度撒こうとしたのだが、
流石A級隊員といったところか。
簡単にはいかないらしい。
これ以上やるのは露骨すぎるなと思い、わざわざ立ち止まって聞いてみる。
「散開するんじゃなかったの」
「明星さんと一緒に行動した方が面白そうだから」
此奴は散開の意味が分かっているのだろうか。
「俺、遠征の先輩としてチームの状況は知っておかなきゃだし。
明星さん、酒場に行かれたら困るからな」
どうやら遊真が言っていた酒場の話が気になるらしい。
言葉ではこんな事言っているが要は連れてってということらしい。
「連れて行かないわよ。私が風間さんに怒られる」
一人で酒場に行くより性質が悪い。
未成年を連れて行けばどうなることやら…。
風間は後輩達(未成年)には優しい。というか甘いというか…愛の鞭的な感じでつまりは優しい。
そしてそれ以外には容赦がない。
太刀川なんてもう鞭しかない。
最近、桜花もその後を追っている感じがしなくもないので、
できるだけ、風間に波風立つような事はしたくないのである。
桜花の思いを知ってか知らずか、
「あれ、意外と真面目?」とか「つまんねー」とか声が上がってくるがそれこそ桜花からしてみればアンタら真面目にやれよという話である。
なんだかんだで任務に忠実な桜花である。
一人で動く方が気が楽だったのだが、
ここまでくれば引き離すのを諦めるしかない。
「まずは地図を手に入れたいところではあるわね」
いつ如何なる時も地理の把握は大事である。
情報収集は人が集まるところに行くしかない。
だから酒場は都合がいいのである。
いろんな人が集まるそこは傭兵達には都合のいい場所であった。
それは情報収集だけではなく、自分を売り込む場としてでもだ。
少し派手に動けば目をつけられることだってしばしばある。
それを活かすも殺すも自分次第だが。
今回はこの二人を連れている限り行くのは無理だと判断した桜花は市場の方へ行く事にした。
そこだって街中の人が集まる場所だ。
人の集まりがいいところを目指して歩くと市場には簡単に辿り着けた。
「で、これからどーするんすか?」
米屋が当真に聞く。
返ってきた反応は首を傾げるという暴挙。
遠征経験者とか言ってなかったかという顔で二人は当真を見た。
「いつも隊長に任せてたし。
街への潜入は俺初めてだわ」
「それであんな事言ったの?呆れるわ」
それはチーム分けの時である。
確かに自分が経験しているから大丈夫だとか言ってた。
だからこそこ三人での行動許可が下りたのだ。
「え、だから面白そうだったから」
先程米屋が言っていた事が理由らしい。
…散開しなくて良かったのかもしれないと桜花は思った。
散開して何かあればそれこそ桜花の首が飛ぶ。
「…とりあえずついてきて」
「お、やった」
喜々としてついてくる男二人に、
桜花はため息をついた。
こんな予定ではなかったはずなのに…。
桜花は誰かを引き連れて指示をしたり、
教えたり、面倒をみたり…というのが苦手なのだ。
だから単独行動を取りたかった訳だが…なかなか世の中は上手くいかないものである。
「で、俺達どうすればいいの?」
米屋の言葉に桜花は「市場や人の雰囲気を見ておいて」とだけ答えた。
市場は活気に溢れていた。
食品、装飾品、いろんなものが売られている。
歩きながら店の様子や人々の会話に耳を澄ませる。
日常会話の中にちらほらと祭りの話が出てきていた。
どうやらもうすぐ祭りが行われるらしい。
他にネタになりそうな不穏な話もなかったため、
リーベリーは今、平和真っ只中のようだ。
祭りはまだだというのに幾つかは既に出店が既に出ており、
人々の心は既に祭り一色だった。
それだけ皆が今度行われる祭りを純粋に楽しみにしているというのが分かった。
良い国なのだろう。
しかし何も起こりそうになりこの状況は桜花にとっては好ましくない。
…これは傭兵視点での意見になるのだが、
傭兵は金で雇われさえすればなんでもやるが、
ほとんど戦で生計をたてている。
そのため平和な国には寄りつこうとはしない。
歩きながら路地裏にも目をやったが特に何もなさそうだ。
目立つ行動はするなと言われているので、できることなんてこんなものである。
冗談抜きで酒場で誰か引っ掛けてやろうかなとか思っている時だ。
後ろの二人は近界の街並みに興味津々のようでさっきからキョロキョロしている。
「お、射的かーやりてーな」
「アレ美味そうじゃん」
当真も米屋も割と自由人だなと思った。
20150811
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