信用と信頼
トリガー

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昨晩の出来事も兼ねて、
警備はより厳重になるようだった。
所謂、賊は遊真が見事捕らえてくれた。
あれは自分達を試すためのやらせだったのではないかと疑ったがどうやら本物だったらしい。
いらぬ問題が起こらずほっとする反面、
ここの警備態勢はどうなっているのかと言いたい。
まるで疑ってくださいと言っているようなものだ。
それは皆感じているところではあるのだろう。
敢えて何も言わないのには意味があるのかもしれないが、
そんな頭脳戦は桜花は専門外なためよく分からない。
ここは頭のいい人間に任せよう。と思った。

とりあえず当初の予定は変わらないので桜花達は街へ潜入した。
因みに潜入メンバーは昨日と同じ、当真、米屋、そしてヒュースである。
あれ、トリガー使えない奴がどうして同行するのだという話だが、
この中で彼が一番真面目で且つ、抑止力になるからということだった。
随分信頼されているのだなーと思う反面、
どれだけ桜花達は信用されていないのだとも思う。

…というよりは、監視されているのではないだろうか?

桜花は不意にそう思い、ヒュースに聞く。
「風間さんに何か言われた?」
「お前に言う義務はない」
真面目な返答だ。
え、こいつ一緒に連れ歩くのめんどい。
アンタ達余計な事しないでよと当真と米屋に目をやるが、
二人ともどうかした?って感じできょとんとしている。
当たり前の話だが、口にしないと通じない。
しかし昨日共に行動していなかったヒュースの前で言うには躊躇われる。
そして桜花は今日の行動を包み隠さず報告されるとも思っているので迂闊な事はできなかった。
(本当に面倒だわ)
だからと言って何も行動しないというのはナンセンスだ。

「どこへ行く?」

ヒュースが言うのは尤もだった。
何せ本日は潮祭り初日。
海上パレードがある。
それを見るには必然と海岸の方へ行かなくてはいけない。
怪しい動きをした人物は問答無用でひっ捕らえていいというお達しだ。
なのに、どうして反対側へ行こうとしているのかと問い詰めるヒュースに「怪しい人物が海岸沿いにいるとは限らないでしょ」と尤もらしい事を言ってのける。
昨日から行動を共にしている当真と米屋は桜花がどこへ行こうとしているのかは想像がついていた。
そして察するに昨日自分達を撒こうとしたように、
ヒュースを撒きたいのだと考えるのも容易だった。
この事を知っているのは少数の方が良い。
桜花のその考えは解からないが、
年長者のいう事はとりあえず聞いておこうというやつだった。
桜花の言い分にはいそうですかと頷く程、ヒュースは流される気はなかった。
気を遣わなくてもいいという点では玉狛の次に桜花は接しやすいが、
信頼という点に置くと微妙なのである。
ヒュースからして桜花は迅と同じく何を考えているのか分からない得体のしれない人間だからだ。
まだ近界民に恨みを持つ三輪の方が分かりやすく距離がとりやすくて助かるくらいだ。
(これは何が何でもついてくる気、よね…。
こうやって知っていく人が増えるのは場合によってはあまりよろしくないわね)
桜花はそう思いつつも半ば諦めていた。
軍人だったヒュースを撒けるとは桜花は思ってはいない。
何せ当真達でさえ無理だったのだ。
トリガーを持っていない桜花は尚の事不可能だと思った。

諦めた後の行動は早かった。
何も言わずに質屋に直行である。
目的地が決まっている桜花の行動に目を潜めたが、
店の中に入ってヒュースの眉間に皺がよった。
どこからどうみても質屋である。
(この女はこんなところに何の用が?)
ヒュースは当真と米屋を見る。
二人が桜花の行動に何のリアクションも取らないところを見ると、
彼等は彼女の目的が何かを知っているのだという事が分かった。

「おじさん、残り貰いに来たわ。
あと、聞きたい事があるんだけど」
入店早々桜花は声を掛ける。
ヒュースを共犯にしてしまおうと開き直ったらしい。
隠すこともなく堂々とやり取りを開始している。
当たり前のように行われるやり取りを傍観していたヒュースだが、当たり前すぎてうっかりするところだった。

――ここは質屋だ。物を売るところなのにこの……この女は何故金を受け取っている?

無論、何か売ったからだというのは分かる。
問題はそれが何かという事だった。
換金額から言って相当なものだったはずだ。
玄界のものでそんな価値ある物はあっただろうかと考えてヒュースは一つの結論に辿りついた。
「…桜花。お前まさかだと思うが……トリガーを売ったのか?」
「スゲー。ヒュース当ててるし」
返答したのは米屋だった。
ヒュースの眉間の皺がより深く…どころか青筋が立っている。
「貴様……トリガーを質に入れる等……馬鹿か!?」
「あら、折角のいい顔が台無しよ。
おじさん、それ頂戴」
「明星さんマイペースすぎ。あーあ、ヒュースには同情するな」
俺達も同じ気持ちだったんだぜアピールを当真がしているが、
ヒュースから言わせればそれを防げなかった彼等も同罪である。

――俺は自分のトリガーを失って動けないというのに。

捕虜になったヒュースは自身が使っていたトリガーは取り上げられている。
当たり前の話だ。
いつ寝首を掻いてくるか分からない人間に武器を持たせるような馬鹿なことはしない。
それはヒュースがボーダー隊員として共にする事になってもそうだ。
この行為は一時的なものだとヒュース自身思っているし、
ボーダー側も彼が味方なのは今だけだと思っている。
若干名そう考えていない人間もいるようだが、そんな人間は特殊だとヒュースは認識している。
軍人にとってトリガーは命と同等に大事なものだ。
今はそれを受け入れ、玉狛に身を置いているとはいえ、
やはり自分の武器が手元にない事は軍人失格だと思っている。
戦う意志を放棄したのならまだしも、
兵である人間自らトリガーを手放すのはヒュースにとって考えられない事態だった。
玄界の兵は甘いとか思っていたがそれよりも性質が悪いとヒュースは思った。
理解ができない。
いや、したくもないとヒュースの睨みは一層深くなる。
ヒュースの反応を見て男二人は、
やっぱりトリガーを売るなんてこと普通はしないんだなーと思い、
桜花は、ヒュースは根っからの軍人なのだなと思ったくらいだ。

「ありゃ、明星さん、トリガー買わないの?」
「今はいらないわ。用事も済んだし一旦仕事に戻るわよ」

言うと桜花はそれぞれに昨日換金した分を少し分けた。
「とりあえず一般人に溶け込んどきなさい」
これは必要なら使っていいわと言うが、一体何に使えと言うのか?
首を傾げる二人と拳を握りワナワナ震えているのが一人いるが、
説明してもどうにでもなるとは思っていないので桜花もそれ以上話そうとはしなかった。
「とりあえず私は露店見てくるわ」
「あれ、遊ぶの?仕事に戻るとか言ってなかったっけ?」
「さっきも言ったけど海上パレードを見るだけが仕事じゃないでしょ。
どうせあっちは風間さん達がいるんだし、面白い噂話はないか探した方がためになるわよ」
因みに彼女が言う面白い噂話は王家を狙う反乱分子の事だ。
こういうのは思わぬところに情報が転がっているのでちゃんと人間を見ておいてとの事だった。
急に真面目に仕事をし始めると調子が狂うが桜花のいう事も一理ある。
「明星さん、ごちになりまーす」
順応力が高い当真と米屋は早速、動き始めたようだ。
昨日から気になっていたお店があったらしい。
迷わず動く姿を見てヒュースは彼等の行動力に感嘆すべきなのか、
ごちになるとか冗談を言えるくらい桜花に慣れた事に驚くべきなのか迷ったくらいだ。
「何を考えている?」
「別に遠征って戦争するだけじゃないでしょ?
近界の世界を知って置いて損はないと思うけど?」
風間達と行動している人間は彼から交渉のやり方とかを学んでいるはずだ。
だったら桜花は自分達の足で見つける方法の一つを教えるしかない。
好き勝手に行動はしているが、一応、後輩育成について考えてはいるのだ。
……というか、遠征前に風間から言われたのだ。
近界で過ごした事を無駄にするなと。
捕虜になってた人間になんていう事を言うんだと思ったが、
それは桜花だから言った事だというのも彼女なりに理解はしていた。
もう大人である自分達は今までのように好き勝手に剣を振り回すだけではいけないのだと。
本当に面倒だなと桜花は思ったが、
元々長い物には巻かれろという考え方だったので、
玄界にいるならその通りにしておこうと思っている。
「まぁ、ヒュースは目的が既にあって侵攻しているわけだから、
アンタのとことこっちでの遠征の意味は違うという事よ」
桜花の言葉に少し引っ掛かりは覚えたのものの、言っている意味が分からない程ヒュースも愚かではない。
「ひとまず、トリガーを売ったことはカザマ達には黙っておく」
「助かるわ」
「フン」
言うとヒュースは高台を目指して歩き始めた。
彼は逆に海上パレードの見晴らしがいいところを目指したらしい。
確かに海の上を狙うなら狙撃だろう。
それは当真の得意分野だと思うのだが気にしない。
ヒュースは真面目だなーと思うにとどめておく。

「さて、と……」

桜花は懐から小箱を取り出す。
これは先程質屋で買ったものだ。
ヒュース達が会話している間に桜花は普通に質屋の店主とやり取りしていた。
店主自身は何の伝言も残されていなかったので、
あのトリガーと同時期に売られたものはなかったかと聞いたのだ。
見事怪しんでくださいと言わんばかりに店主があると言ったので折角だから買ってみたのだ。
面白いくらいに店の棚に陳列はされておらず、
店の奥から持ってきたものだから、そういう風に売るように指定されたのだと思った。
これで何もなかったら不運だったで片づけよう。
桜花にとってはそれくらいの感覚だった。
迷わず蓋を開けてみる。
「……やっぱり、そう都合よくいくわけないわよねー……」
結果だけ言うと小箱の中は空っぽだ。
指輪入れなのか、中央に小さな窪みがあるのみだ。
素直にトリガーを購入した方がよかったのかと思ったがもう終わった事だしょうがない。
仕方がないと、宣告通り露店を見て回る事にした。


20150920


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