信用と信頼
接触

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買い物でストレス発散だという発想は桜花にもあったらしい。
当てが外れた事をストレスと呼ぶには随分ちっぽけなストレスがあったものである。
なんか使えそうなものを買って他のとこで高く売ろうという魂胆もあった。
所謂転売だ。
問題は桜花に武器以外の目利き能力が皆無だということくらいだろうか。
なので必然的にナイフ等刃物を売っているところに目が行ってしまう。
鏡のように透き通った刀身を見てテンションが上がる。
切れ味抜群なんだろうなとか思いながら値札を見ると、
やはりそれなりの値段はしたので買うまで至らなかった。
残念である。
それよりも女性として武器に心躍らせているその行為が非常に残念な状況なのだが、
一人で行動しているためそれについて突っ込む者はいなかった。

特に目的もないので隣のお店に目をやる。
ここはアクセサリーが売られていた。
興味はないがとりあえず覗き込んでみる。
綺麗だとは思うが価値は全く分からない。
「これはお姉さんの雰囲気に似合うと思うよ」
これは高く売れるのだろうかと考えていた時だった。
品物を手に取り考えている姿がどうも買うかどうか悩んでいるように見えたらしい。
店主が声を掛けてくる。
まぁ客商売だし声を掛けてくるのは不自然な事ではない。
因みに先程の刃物系のお店の者が桜花に声を掛けなかったのは、
武器に興味を持つ女性がほとんどいないから興味本位で覗いたのだと判断して声を掛けなかっただけだ。
大多数の認識はそんなものだ。
これが男性…しかも武道に心得がある者だったら迷うことなくセールストークを始めていたに違いなかった。
「どうも、ありがとう」
別に身につけるつもりはさらさらないが、とりあえず言っておく。
が、それがまずかったのであろう。
店主がやたら褒めちぎってきた。
買わせる気満々である。
立ち去るために品物を置こうにもどういうことか手放す隙を与えない。
この店主、間違いなく桜花が手にしている物を売りたいのだ。
この行為から行きつく先は恐らく値札に書かれている金額よりも安いということだけだった。
ここまであからさまだと逆に喧嘩売っているのかと逆切れしてやろうかとさえ思ってしまった桜花に助け船が入る。
「それより俺はこっちの方が似合うと思うが」
後ろから伸びてきた手はそのまま陳列された品を取り桜花の髪につける。
その一連の流れに桜花は思わず鳥肌が立ってしまった。
第三者の乱入に店主もそちらに視線がいってしまったので、
桜花はすかさず手にしていたアクセサリーを元の場所に置く。
ナイスアシスト。
そう思っておくことにする。
いや、しかし…よくよく考えてみたら、
逆に髪につけられているわけだから逃げ道を塞がれたのではないだろうか…。
この男も店の奴とグルなのかと桜花が訝しむのもしょうがないだろう。

桜花は男を見る。
茶髪に細い目……言葉では桜花に似あうのは何かとか真面目に言っているように聞こえるが、
その目は言葉とは裏腹に興味なさそうに見えた。
実際どうなのかは分からないが……。
桜花からするとこの男は表情が読みにくいのだ。
表情があまり変わらない風間もそうだし、
何を考えているのか分からない目なら太刀川や迅が……と考えてはっと気づいた。
桜花の周りは何を考えているのかよく分からない目、表情をしている人間が多くないかと。
そしてそいつらを見て状況を読むことは桜花は苦手だ。
大体、向こうが直接示してくれるのを待っている。
それくらい周りの人間は考えが読みにくいのだ。
戦闘以外限定である。

とにかく何を考えているのか分からないので桜花は自分の髪につけられたそれを外して陳列台に戻す。
「別に私はつけないし、いらないわ」
「折角綺麗な黒髪なのに勿体ない」
「買わないわよ」
桜花の強い意思表示に店長が項垂れた。
買ってくれないなら帰れよと目が言っている。
……こういうのは本当分かりやすくて助かる。
「女性はこういうものに興味があると思っていたんだが」
「私はあんまり。
自分を飾り立てるの苦手なのよ。
というか、何の意味があるのかって思う」
それは戦いの中で生きてきた人間の意見だ。
戦争で必要なのは武器、防具、判断力、運と一つ一つ挙げていてはキリがない。
桜花にとって飾り立てるアクセサリーよりもそちらの方が魅力的で、
欲しいものだった。
ここでアクセサリーを買うくらいなら先程のお店に戻ってナイフを買いに行くところだ。
「ああ、なるほど。
今まで必要としていなかったから興味が持てない……いや、持つつもりがないということか」
「物分かりが良くて助かるわ。それにそんなにお金持ってないし、買うつもりはさらさらないの」
桜花の爆弾発言に店主が渋い顔をする。
そんなあからさまな態度を見て、
今までよく商売できたなーと思った。
そう思う余裕があるくらいには桜花はこの会話はここで終わりだと思ったし、
男に対して気にもとめていなかった。
「そうか。なら俺が買おう」
何がどうしてそうなった。
知り合いならまだしも、ナンパなら無理矢理納得もできるが、
明らかに目の前の男はその類ではない。
「何を企んでいるの?」
「素直に思っただけだ。
綺麗な黒髪なのに何もつけないのは勿体ない」
「……」
「冗談だ。
妹も黒髪だし、成長した姿を思い浮かべただけだ」
「へー。なら妹さんに買えばいいじゃない」
「それができたら一番なんだけどな……」
男の言葉から察するに渡せる状況でないのだろう。
遠く離れているのか、既にこの世にいないのかのどちらかだ。
まぁ、生きていればそういう事はあるだろう。
同情を買って欲しいならもっと上手くやればいいと思う桜花とは反対に、
傍にいた店主の同情を買う事には成功したらしい。
涙ぐみながら「お姉さん、妹さんの代わりに貰ってあげて!」なんて言っている。
店主は男から同情を買い、男は店主から品物を買う。
よくできている。
そしてそれを自分が貰う……もう、裏なんてありまくりだ。

桜花が頷かない限りこの茶番は続くようだ。
だったら終わらせるために頷くしかない。
(……物凄く癪だけど)
桜花は盛大に溜息をついてやった。
「分かったわ」


「まいどあり〜」

ニコニコと店主が手を振っている。
この流れで仕方なく、桜花は男と共に行動することになった。
手には先程、男からいただいた品がある。
そしてそのまま酒場へ…つまり昼食である。
勿論男の奢りだ。
そこだけは桜花は譲らなかった。
ここに来ても節約意識というのかなんというのか……
基本、外食は自分で出さないがモットーだ。
男だから女に奢れよという考えがあるわけでもないが、
男性から嫌がられる女の典型パターンには違いなかった。
「で、ここまでするからには何か理由があるんでしょ?」
昼食にも付き合ってやっているんだからさっさと話せと桜花は言う。
その言動や態度と今の行動があまりあっていないが、
そこは気にしたらダメなのだと男も悟ったのだろう。
「私遠回しに言われても分からないの。はっきりしてくれない?」
「……駆け引きとかできないタイプなんだな」
「そうよ。分かったら早くして」
「その過程が楽しみなのに…残念だな」
男は笑う。
下心があって近づいたのに間違いはないらしい。
問題はその内容だ。
「お前が捜していたモノと言えば分かるか?」
「あーそうなの。接触方法が意外にも露骨ね」
「ああ、そうさせたのはお前の…いや、お前達の事情のせいだと言ってもいいか」
「こっちの事情に詳しいの。情報源は聞いても?」
「それは言えない。俺はあくまでも仲介役だからな。契約に違反する事はできない」
「ご尤もで。それで内容は?」
口にした割に、興味がなさそうに次の話題へと変える。
正直なところ傭兵にとって大事なのは仕事がとれるかどうかだ。
生活が懸かっているのだから当然である。
余裕があれば仕事内容を選ぶが、そうでない時はYESしか言わない。
贅沢は言ってられないのだ。
だがこの男……いや、依頼主は慎重な性格らしい。
雇用条件があった。
「強くて使えるトリガー使いを捜しているらしい。
その証明として明日行われる武闘会の準決勝まで進める技量が欲しいらしい。
それができたら契約だそうだ。
勿論、この条件がクリアできたら報酬は払う。例えばお前が質に入れたトリガー代」
それだけで桜花としては受ける価値はあった。
「いいけど、なんで準決勝まで進める技量なの?」
優勝でいいじゃないかと桜花は言う。
強い者が欲しいならそれで済むはずだ。
桜花の疑問に男は答えた。
「強い=使えるは違うという事だ。
こちらは指示を正確にこなせる使い勝手のいい人間を捜している。
これくらいは簡単にクリアしてもらわないと困る」
「そう。別にいいわ」
「言っておくが、準決勝らしい試合もちゃんとしてくれよ?」
「……それは、相手によるわね……まぁ、お金の用意忘れないでよ」
桜花はボソリと呟いた。
文句なしに仕事をやり遂げてやろうじゃないか。
その依頼の裏に隠されているものが何であっても。
桜花は笑ってみせた。
「決まりだ」
男は言う。
「契約につき、名前を聞いておこうか」
「桜花よ。アンタは?」
「そうだな。俺は……リンジだ」
男は一瞬悩む仕草を見せたが普通に名乗った。
名乗りたくない何かがあるのか。
もしかしたらこの名前も偽名かもしれないとさえ桜花は思った。
どうであれ、依頼主の事情等、桜花にとってどうでもいい話だ。
「短い付き合いだが、期待している」
リンジは言った。
「明日の夜、ここで会おう」
それは正式に雇用するかどうかの返事だ。
桜花はそれを了承すると、昼食をしっかりと取り店を出たのであった。

店を出た後、数度二人は言葉を交わすと二人は別れた。
その現場をヒュース達に目撃され、
俺達が真面目にやってきたのに、何男を捕まえているんだよなんなのと言われたわけだが、
桜花も負けじとそんなに言うならアンタ達もやればいいでしょと返すという子供の口喧嘩状態になってしまう。
それを見ていたヒュースの苛立ちは凄まじかったのは言うまでもなかった。


20150923


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