信用と信頼
玉狛近界民

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海上パレードは無事に終わった。
距離的な問題もあるのだろうが、
本日は王族を狙うという輩はいなかった。
かわりに街に繰り出していた米屋たちが今、街に出回っている噂話を聞いてきたのだ。
どうも明日行われる武闘会の宣伝がいつも以上に凄いらしい。
具体的にではないが「今年は面白い余興がある」とかそんな感じだ。
街の人に聞いたら、こういう悪戯はよくあるようで、
来賓席目掛けて発砲されたとか、
会場内で爆竹だとか、
毎年何かしらのハプニングがあるらしい。
それでも命を落とす者はでなかったので街の人々の認識としてはどこかの愉快犯が今年もやるとしか考えていないらしい。
一歩間違えばお亡くなりになる人間が出るのになんとも気楽なものである。
そのハプニングは既に暗黙の了解といっていい程の恒例行事となっていたが、
それが今回に限って「面白い余興」がと、ご丁寧に吹聴されているのが少し引っかかるという程度のものだそうだ。
違うところをつついてみると、今回の武闘会参加者に戦場の破壊魔と呼ばれる傭兵が参加するとか。
なにその恥ずかしい通り名とゲラゲラ笑う米屋に、
聞かれたら命狙われるよと声を潜められ忠告された。
なんでも、その人自分の通り名を気に入っているので馬鹿にされたらしつこいとか、
戦争の他にも普通に暗殺をやってのけるとか、
米屋に教えてくれている目の前の人も噂を聞いたというだけで真実かどうかは知らないらしい。
ま、人の噂話なんてものはそんなものだ。

当真の方も、明後日に行われる波乗りレースで使用予定の船の数が当初申請があった数と違うとかで揉めていたとか、
明日の武闘会に参加する者達が景気づけるためか少し大暴れしているとか、
羽目外しすぎている現場を見たりだとかそんな感じだった。

それも桜花とは違い、
二人ともちゃんと街を歩き、
桜花に渡されたお金を有効活用し、お店の品を買ったりして得られたものである。
で、肝心の桜花はというと、
米屋が悪ふざけで「男にナンパされてた」とか当真が「昼間から酒場行ってた」(あのお店が酒場だという事はヒュースから教えてもらった)という発言のせいで、
風間をはじめ菊地原と三輪に冷たい視線と言葉を頂いてしまった。
この二人、大分桜花の扱い方が分かってきた感じだ。

それはさて置き、目下の問題は翌日に開かれる武闘会である。
優勝すれば賞金が貰えるくらいしか認識がない人間がいるため(そもそも武闘会の賞与自体把握していない)改めて説明が入った。
この大会は純粋にお祭りにかこつけて単純に強さをアピールする場ではなく、人身雇用の場という事だ。
どう戦うか、その戦いでどういう人柄なのか見極めたりして、お声を掛けるかどうか決めるらしい。
自分を雇って欲しい者は挙って参加するのだ。
ただでさえ血気盛んな者が集まるのに、
それに加え腕に自信のある者が必要以上に集まる。
……つまりどういう事かというと、殺気だだ漏れでも誤魔化しやすいし、
王族を狙う機会が大いにあるという事だ。
例えば優勝者にトロフィーなるものを授けたり、
例えば雇用が決定した者と顔を合わせる時……あげればきりがない。
噂話が本当であろうがなかろうが、警戒するのは変わらない。
そして修はそんな、危険な場所へ行かなければいけないのである。
基本は本物が参加する予定だが、
何か不穏な動きがあれば入れ替わるのだ。
なので、式の段取りも修にレクチャーしているのは王子御本人だ。
修二号(リーベリーの王子)と修が並ぶ姿は奇妙であった。
それを片目に護衛組といえば、
いかに危険を減らすかに掛かっており、
「私達の誰かが参加して優勝すればいいんじゃないかしら?」という月見の言葉にどうせバレるんだからと桜花が自分と米屋はエントリー済みだと伝えた。
手際が良すぎないか?という発言に対してはたまたまだと片付ける。
ここまでくると何か隠してますーと言っているようなものなのだが、
誰にどんな言葉を投げかけられようが、視線をぶつけられようが桜花は流す気だ。
もう図太いとしかいいようがない。
そんな彼女を盾に米屋は近界民と戦ってみたいだの、あとは全部桜花に任せたと証言する。
まぁ、それも嘘ではなく本当の事なのだが。
因みに当真が参加しなかったのは、使用武器の条件に飛び道具(銃)の使用が認められなかったからだ。
狙撃手である当真が攻撃手が使うような剣等は馴染みがないので登録しなかった。
おかげで当日は観客席から高みの見物……監視である。

それから桜花がこの国の人に紛れたいからボーダーのトリガーを使いたくない。
だから武器貸してと言い出したりした。
城にあるトリガーで一番性能が悪いものを貸し与えられたのには、
トリガーを簡単に渡していいものなのかとも思ったが、
玄界と違い近界ではトリガー技術は身近にあるものだ。
皆が知っている、簡単に手に入るような代物だからこそ簡単に渡すのである。
それには使いこなせるかどうかは別問題という点と、
取られても痛くも痒くもないという点があるからだ。
多分このまま何も追及されなければ、桜花はちゃっかりそのまま持ち帰る気である。
短剣かーとぼやきながら性能チェックをしている。


城内の一室がそんな感じで賑わっていたところ、
昨日と同じように夜風に当たるつもりで遊真は黙って抜け出した。
ただ、昨日と違うのはその場にいるのは桜花ではないということだろう。

「お、ヒュースがここにいるのは珍しいな」

あの空間に居心地の悪さを感じていたヒュースは既に抜け出していたようだ。
ただ彼の場合それとは別の理由もあったわけだが。

「あの女…お前が睨んだ通りだったな」
「む、桜花さんの事か?」

自分で言っておきながら白々しいとヒュースは思った。
本日の見回りでヒュースが桜花達と行動を共にする前の事だ。
修から離れられないと言った遊真が桜花の動きが少し気になるからと
ヒュースに同行するようお願いしたのだ。
修は影武者で忙しいし、千佳はそういう事が向いていない。
だからだと遊真は言った。
ヒュースからしてみれば何故、遊真のいう事を聞かねばならないと反対したが、
修の一言によりしぶしぶ了承した。
修はヒュースが所属する玉狛第二の隊長…つまりは上官だ。
だからというのもあったが、それ以上に修の人柄に惹かれている部分もあるからである。
なので、本来なら修にも報告はすべきなのだろう。
しかし今は向こうの部屋で修は明日の準備をしていて忙しい。
ならば先に遊真の方に報告しておいてもいいだろう。
……というか、遊真自身は修に報告しても大丈夫なのかという点で知りたいという方が強い。
本当にどこまでも修命な隊員である。

「まずはトリガーだが、
あの女……あろうことか質に出していた」
「へーじゃあ、桜花さん今トリガーないのか。
だから昨夜、動かなかったのか」
昨夜とは勿論、襲撃事件である。
いつもならああいう場合、桜花が率先して動きそうなのに全く動かなかった。
それが遊真は気になったのだ。
何かあるなとは思っていたが、なるほど納得。
と、冷静なリアクションを取られ、逆にヒュースの方が困惑した。
「普通あり得ないだろう」
「でもお金がなくて行くあてもない、生計立てられない奴なら割とするよ。
そこから真っ当に生きるか、兵として戻ってくるかはわかれるけどな。
桜花さん、いつも通りの感覚だったんじゃない?
だからボーダーのトリガーだからとか考えてないな、アレは。
考えているとしたら風間さんに怒られるとか」
遊真の見解はあたりである。
そしてそれが桜花達が武闘会エントリーした理由だという事も想像できた。
「一連の流れの理由は分かったが、
貴様のいうとおり、咎められるのが嫌ならその事実を知る者を作るのは嫌がるのではないか。
ユーマの言っている事とあの女の行動は矛盾する」
「そこはオレ、知らないぞ。
桜花さん考えている事分かんないし。
よーすけ先輩達と余程ウマがあうから行動に移したのかどうか分からないけど、
今日の事はヒュースに知られても別に構わない事だから連れて行ったんじゃないか?
だとしたら他にも何かやってるよ」
本当に知られたくないのはそっちだと遊真は言う。
「例えオレ達がその事に気付いたとしても、桜花さんは言わない。
あの人バレてるって分かってても割と平気で嘘つくし」
そしてどうでもいい事に動揺を見せるのだ。
本当に知られたくないもの、隠したいものは平然とした態度を見せる。
それは以前、ヒュースが尋問された時と同じだ。
遊真の言葉を聞いてヒュースは一つだけ思いつくものがあった。
「桜花が隠しているものなら、もしかしてあの男と繋がりがあるかもしれない」
「よーすけ先輩が言ってた桜花さんをナンパしたって人?」
物好きな男もいるよねと菊地原が言っていたが、
世の中にはそんな物好きが存在する。
「店の中には入っていないし、何を話していたか知らない」
ヒュースが見たのは店の外で二人が言葉を交わしている時の目つきだ。
聞こえなくても、読唇術に覚えがなくても、
目からなんとなく想像はつく。
何度かその現場を見たことがあれば尚更だ。
「何かしらの取引が行われているだろうな」
「桜花さん好き勝手動きすぎだなー…オサムの身に危険を及ぼす気満々なのか」
うーむといつものように唸ってみせるものの、
雰囲気から若干怒っている気配を感じ取る。
何はともあれ警戒するに越したことはない。
「相手はどんな奴だ?
仕掛けてくるかもしれないからできれば知っておきたい」
遊真の意見は尤もなので、ヒュースは説明する。
しかし残念ながらその言葉を頼りに遊真が脳内モンタージュを作成する事はできなかった。
想像力が欠けている?
いや、ヒュースが茶髪の細めで……と、どこにでもいそうな容姿を言うせいだと遊真は抗議した。
「よく分からん。
そうだ、ヒュース絵が得意なんだろ?相手の顔を描けばいい」
「な……!」
遊真の言葉にヒュースは反応した。
確かにヒュースは絵を描くことが趣味だ。
だが、それを他の者に言った覚えはない。
知られて困るわけではないが、なんとなく気恥ずかしさがあるようで、思わずツンケンしてしまう。
「この前、陽太郎が話してくれた。
いつも陽太郎と一緒に描いているだろ?
なのに何故断るんだ?理解できん……」
情報源は五歳児だった。
ヒュースの眉間に皺が寄る。
顔が少し真っ赤になっているのは、
怒りではなく恥ずかしさからきているものだろう。
「ヒュースもまだまだですな」
どこかで見たようなドヤ顔をされて、煩いとヒュースは言った。

玉狛にきてから表情がコロコロ変わる二人。
そんな二人の元に千佳が駆け寄る。
「二人ともここにいたんだ!」
「チカ、一人で歩いちゃ危ないぞ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「何か用か?」
「うん。修くんが明日の段取りが決まったから打ち合わせしたいんだって」
「分かった」

まずは明日を乗り切ろう。
遊真とヒュースはお互い視線を交わし、頷いた。


20150928


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