信用と信頼
嵐の前に

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約束の酒場に入る。
周りを見渡しても目的の人物はいないのを確認して、
適当にテーブルに着いた。
ここに来るまでの一悶着で殴られたお腹の痛みは大分治まってきた。
脱いだら青痣できているんだろうなーとか考えていたら余計痛く感じる気がするので何も考えない事にした。
そのためにお酒を飲むという選択は極端だろうか?
いや、ただ単に飲みたかっただけだ。
リンジが来るまでちびちびと飲みながら、桜花はない頭でいろいろ考えていた。
思う通りに動いていいという迅のお許しも出ている事だし、
桜花は自分がやれる事をやろうと思った。
他の人でもやれる事だが、やるなら自分の方がいい。
そう思うくらい今の場所に愛着はある。
だから全部終わったら報告すればいいかという認識だったから、
今までの行動は何も話していない。
無論、これから何をしようとしているのかも言わなかったし、言うつもりもなかった。
迷惑は掛けてもいい。
でも巻き込まないというのが桜花だった。
何か言われれば邪魔だったからと言えばいい。
それで向こうが難色を示しても構わないと思っていた。
自分勝手なのは重々承知だが、
今までそうしてきたから何があっても対応できる自信は持っていた。
もしもの時は切り捨ててくれればいいとも思っている。
そうされても桜花は納得できる。
だから大丈夫だと自分に言い聞かせた。

「随分、早かったな」

その声に桜花は我に返った。
リンジが桜花の目の前に座る。
特に時間を指定していたわけではないのでリンジの台詞通りに受け取っていいものかは微妙だ。
「先に始めてるけど、アンタも何か頼めば?」
まるで飲み会のノリだ。
だが、真面目な話をここでするなら何もない方が逆に不自然だ。
だったらこんなところで密会をするなという話かもしれないが、
隠れてこそこそするよりは、
日常に紛れ、やり取りをする方が意外にもバレにくい。
特に夜の酒場は、お酒のおかげで客のテンションは高い。
酔って騒いで暴れてバトルして……時には男女のイチャイチャだって起こったりするのだから、絶好の場所である。

リンジが注文した飲み物が置かれる。
それを合図に桜花は話を切り出した。
「それで感想を聞いてもいいかしら?」
勿論、リンジが桜花に依頼した仕事の事だ。
出来はどうだと聞く桜花にリンジは答える。
「正直ちゃんとやるとは思わなかった。中々見応えはあったな」
それは称賛の言葉だった。
「お前は強い。きちんと使える奴の下にいれば使い勝手のいい駒だ」
だが……とリンジの言葉は続く。
「あの試合ではっきりした。
桜花は王族側の人間だ。だから今回は契約しない。それが向こう側の返答だ」
その言葉が意味する事は一つだ。
だけど桜花は聞く。
「どうして?」
「あれだけ動けるのに、あそこで喰らうのは不自然だ」
「負けた場所に関係があるの?
大分無茶な意見じゃない?」
「それは自業自得だ。視線でバレバレだ」
リンジに言われ桜花は思い出す。
確かに最後の一撃を喰らった時、
厳密に言えば勝敗がついた後、
自分の背にいる人物を確認した。
このまま避ければ、あの風は来賓席に深い傷跡を残しただろう。
あの時避けなかったのは勘だが、その勘は正しかったと桜花は思った。
だが、その視線一つが見る人から見たらダメな行動だったらしい。
もしかしたらそこに行きつくまでに何か他の要因もあるかもしれないが、
生憎桜花が思いつくものは何もなかった。
「仮にそうだとしたら、アンタの立ち位置って危ないわよね。
どっち側の人間なの?」
「俺は仲介役だ。
どちらにもつかないし、つくこともない」
真っ直ぐな言葉だ。
その言葉に嘘はないのだろうが何か引っかかる言い方である。
「……分かったわ。
それじゃあ、報酬だけ貰ってもいいかしら」
これでお終いだと桜花は告げる。
男の依頼人は、自分達の敵である事は分かった。
できればアジトを突き止めて、
手っ取り早く殲滅したいところだがここまでか。
元々期限付きで守りきればいいという事だった。
これ以上動き回る必要はもうないのかもしれない。
何の成果もない事に溜息をつきたいくらいだ。
貰えるものを貰ってもう関わらない。
そう決めた矢先だった。


「――こんなところにいたのか」

何てタイミングが悪いんだろうかと思わざるにはいられない。
その声を聞いて桜花はヤバイと思った。
何でこんなところにいるんだと視線をやれば、
それはこっちの台詞だと言われた気がした。
声の主は、武闘大会で優勝した小さな少年と巷で話題独占している男だ。
今は王子の護衛やなんやで忙しいはずだが…その少年と言われていた風間がここにいる。
その事態に桜花は一瞬パニックを起こしそうになる。
風間の言葉や視線は桜花に対する怒りやら何やらが溢れている。
このままだとお説教コースだ。
正直面倒だし、怖いしであまりいいことはない。
その視線のまま風間はリンジに目をやる。
そこには疑惑と警戒があるのをなんとなく桜花は感じ取った。
確かに近界で近界民と酒場に相席し、
談笑?している風に見せている。
遊真がいるとはいえ、近界民にそんなに耐性はない人間からすれば、
疑問に思わないはずがないのかもしれないと桜花は思った。
それが桜花の見当違いなんてこの時の彼女に分かるはずもない。
今、目の前にいる男を風間が知っている。
この事実を知っていたらもう少し上手く立ち回れたはずだ。

風間の方も今がどういう状況なのか把握すべく、桜花とリンジを見る。
リンジは事情は知らないが自分が警戒されている事は感じ取ったらしい。
「この子、武闘大会で優勝した子だよな。
桜花の知り合いか?」
リンジのこの子発言に、
そういえば風間は身長と童顔のせいで子供にしか見られない事実を思い出し、
いつもならぷっと噴き出す場面であるが、
意外と冷静に、変に勘繰られたか…とそんな事を考えていた。
もう関わる事のない人間に正直に話す理由はない。
しかも相手は味方ではない。
敵になりうる可能性がある相手だ。
仲間だと言って無駄に警戒心を持たせる必要はないので適当に言う事にした。
「知り合い?
…というか、この子は――私の弟」
友人と言うには風間の見た目が厄介なので説明するのが大変だし、
年齢を聞いて余計に警戒されそうだ。
ならば仕方がない。
思ったら言うのは早かった。
「黒髪だし目つきとか似てない?
私に似て強いのよ。
ま、大会に参加しているとは思わなかったけど」
この件には関係ないと安易に告げる。
同時に、これ以上話せる事はなにもないという意味も込めて――。
いつもなら何を言っているんだと目で物言う風間も、
桜花の意図をなんとなく汲んだのか、
呆れてものが言えないのか分からないが、
大人しくしてくれた。

リンジから得られるものはもうないと判断したのに、これだ。
報酬を受け取ってバイバイしたいはずが……
これは完全に詰んだと桜花は思った。
あわよくば何も告げずにやり過ごそうとしたが、
もう言うしかない。
目の前で報酬貰って、怒られてしまおう。
そう決意した矢先にリンジが言う。
「折角だし、一緒にどうだ?」
まさかのお誘いに、
あ、コレはまだ続くヤツだと桜花は思った。





一方、此方玉狛第二の面々が部屋に集まっていた。
武闘大会が終わり、彼等は休憩。
他の者は引き続き任務をする事になった。
そのタイミングでこの城の警備の事、反対勢力の事を彼等なりに話し合っていた。
そして、先日遊真に言われた通り、ヒュースは桜花が会っていた男の似顔絵を描いた。
ヒュースの報告に遊真は敏感に反応していたが、
修自身は危惧する程でもないと思っていた。
勿論、トリガーを質に入れるという行動には頭を抱えたが、
遊真の言葉により納得するしかなくなった。
結果的に監視する事になってしまった桜花に申し訳なさを感じつつ、
怪しませるような行動をした桜花が悪いと遊真が反論。
それに納得だとヒュースも追撃。
逆に罪悪感を感じるのを千佳がフォローしていたのはもう終わった話だ。
ここは近界であり、自分はこちら側の事をよく知らない。
郷に入っては郷に従えというように、
情報はあればある程いいし、桜花自身に意図があるかどうかは別として、
知っておいた方が何かあった時対応できるかもしれないと思ったからだ。
因みにその何かあった時というのは遊真達と修との認識では大分違う。
修は桜花が困ったことがあった時に手助けになれば…と考えていたが、
遊真、そしてヒュースは全く違う。
何かあった時に如何に迅速に処理できるかを考えていた。
これが近界で育ったものとそうでないものとの違いなのかは言及しないでおこう。
――そういう経緯があり、ヒュースが書いた似顔絵を修達は見た。
「へー桜花さんが会っていた人ってこの人なんだ?」
遊真が覚えたと言う横で修、そして千佳の顔は驚きに染まっていた。
その反応を遊真とヒュースが見逃すわけがない。
「二人ともどうかしたか」
「こんな偶然って……」
ヒュースの言葉に反応しつつも修は信じられないといった感じだ。
他人の空似なのか、それとも本人なのか…。正直五分と五分だ。
思考の波に呑まれている修の代わりに千佳が答えた。
「この人、兄さんに似ている」
「近界に行ったというチカのお兄さんか?」
遊真の言葉に千佳は頷く。
「確かにヒュースが描いてくれたこの人は麟児さんにそっくりだ。
だけど本人かどうか……」
「会って確認してみないとな」
近界への密航の件はボーダーでも一部の者しか知らない。
迂闊な事は言えないので秘密裏に動くしかない。
この事を知っているのはこの遠征メンバーでは風間隊しかいない。
風間達には報告すべきかどうかと悩む。
「私、この人に会いたい」
自分の兄かどうかを確かめたいと言う千佳を止める事は誰もしなかった。
修だって自分の目で確かめたいのだ。
本当に麟児であるかどうかを。
二人の想いを無下にする気はない遊真はうむと考えるアクションを一つ挟む。
「確かめるにしてもどうするんだ?無暗に動いてもしょうがないだろう?」
「それはそうだけど…でもこの国にいるかもしれないなら――」
捜し回ると発言する修に、
流石にこの国全部を捜すのは無理だと言う。
いや、修もそんなのは無茶だというのは分かっているのだがどうも気持ちが先行してしまうようだ。
「それよりもあの女に問いただせば早いだろう」
唯一接触している桜花は武闘大会が終わってから生憎戻ってきていない。
「そうだな、まずは桜花さんに話を聞いてみよう」

目の前に可能性があるなら迷わず動くべきだ。
彼等はそう決めた。
しかしこの日、桜花が姿をくらます事になるとは……
この時の彼等は思ってもいなかった。


20151012


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