信用と信頼
駆け引き

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※残念な風間さんと外道な麟児さんがいます。


風間がここに来たのは偶然だったわけではない。
武闘大会から、いや、それ以前に桜花達の行動が怪しかったので何かあるだろうなとは思っていた。
桜花だけならまだしも、当真も米屋も何も言わないのを理由に、
他に優先すべきことがあるので流しておいた。
そして今日の大会の控室で桜花が近界民と親しげに話しているのを目撃する。
見られてしまった者はしょうがないという事で、
風間が桜花に聞く前に米屋がしゃべったのだ。
近界で生活していた時の知り合いで、
前回のボーダーの遠征中で共に戦っていた仲間であり、
太刀川に連れて行かれたのを原因に裏切り者と見なされた事やらほとんど全部まるっとしゃべった。
桜花が知られたくない感じだったし、当真も米屋も左程重要な事ではないと判断し報告しなかった。
それ以上に彼等には報告しなければいけないものが他にもあったが、
そちらに関しては黙認してしまった自分達も問われそうな事柄だったので口にしなかった。
――ともあれ、米屋から話を聞いての桜花の準決勝の試合だ。
元仲間から疑いを掛けられたことが精神的に作用されたのかは分からないが、
そういえば以前迅が「できるだけ見ておいてほしい」と言ったのを思い出し、
きちんと話しておくべきかと思ったのがきっかけだった。

鬼怒田から渡されたアクセサリーはGPS機能付き…つまり居場所が分かるので、
捜さずとも、目的の人物の元に行けるわけである。
それでレーダーに表示された情報の元に来てみれば、
桜花はここに来た初日に言っていた酒場にいたわけである。
ここまでならまだそんなに問題にはならなかった。
問題なのは桜花が一緒にいる男の方にあった。
風間は桜花と相席している男を見て、顔を顰めた。
今、目の前にいる男を風間は知っているのだ。

雨取麟児。

一年前、鳩原と共に近界へ密航した人間だ。
トリガーの流出から始まったこの件は、
上層部と一部の隊員しか知らない。
彼等の行動を探るべく、動いていたのは風間隊だった。
その日、近界へ渡るかもしれない情報を手に入れて追っていたが、
捕らえることはできず、
近界へ逃がしてしまったという苦々しい記憶。
彼の顔を覚えているのは事件から一年しか経っていないというのもあるが、
玉狛第二にいる千佳が密航者の身内だから覚えていたというのもある。
彼女が兄や友達を探すためにボーダーに入隊したというのは黒トリガー争奪後、
本部で話を聞いていた。
その隊員の苗字を聞いてから、
何時か起こりうるかもしれない未来の事を考えて覚えていたのだ。
それがまさか、千佳の初遠征で垣間見るとは思ってもいなかった。
更に付け加えるなら、その事を知らない桜花がしれっと接触しているとは夢にも思っていなかった。
桜花に言いたいことはいろいろあるが、今はそれどころではない。
風間は今がどういう状況なのか把握すべく、麟児を見る。
麟児からしてみれば、自分が風間に追われていた事を知らないので、
彼の事情を知るはずがなかった。
ただ分かったのは風間に自分が敵視されている事と、
麟児の計画に今は邪魔だという事だけだ。


そんな二人の思惑等知らないし、汲み取る事も出来ない桜花は気まずさだけを感じ取っていた。
最初は風間の乱入により、怒られるとか怒られるとか怒られるとかしか考えていなかったからそう感じるのかと思ったが、何かが違う。
表立って態度を出しているわけではないが、
二人共腹に一物あるだろうなーくらいには考えられた。
それをこの場で確かめるには難易度が高すぎる。
麟児が注文した料理が置かれたので、
とりあえずそれに手を伸ばす。
腹が減っては戦はできぬ。
トリオン回復には食事と睡眠は必須なので、
遠慮はしなかった。
「あ、これ美味しい。……どうせまだなんでしょ?食べれば?」
風間に向かって言う。
弟と言った手前、流石にいつものように呼ぶことはできなかった。
自業自得だ…。
「桜花達はこの国には観光で来たのか?」
「そんな感じね。
潮祭りもあるし、楽しみながらお小遣い稼ぎをしようと思って」
「そうやっていつも勝手に動き回るな。
捜し回る方の身にもなれ」
「これじゃ、どちらが年上か分からないな」
「…全くで」
なんとなくそれっぽい会話が行われる。
風間の裏台詞は「何サボってるんだ、戻るぞ」というところか?
捜したという事は何かある、若しくはあったのか…と。
並べられている料理を一瞬睨みつけてから、
再びもぐもぐ食べ、そんな事を桜花は思っていた。
桜花があまりにも食べる事を優先しすぎるせいか、
風間も麟児もいつの間にか料理を手にし、食し始めていた。
「それで、お前はこの男とどういう関係だ」
「昨日、出店を回っていたら絡まれて助けてもらった」
「お前が絡まれる……?」
生身でも強いくせに何を言っているのだという意味を込めて言葉にする風間。
最悪トリガー起動すれば、相当な使い手ではない限り桜花は負けないはずだ。
彼女の強さを知っている風間はそこは安心できる部分であり、だからこそ当真達と行動して貰った。
当真も米屋も臨機応変に行動できる柔軟性があるし、あれが最善だと判断したのだ。
なのにチンピラに絡まれるとは……恐らく桜花がふっかけたのではないかと風間は考えた。
対する桜花も言い分はある。
向こうも客商売なのは分かっていたし、
できるだけ穏便に済ませようとは思ったのだ。
本人が元々桜花と接触する気があったとしても、
助けられた事には変わりはない。
空気の読めない店主を最終的には殴るという選択肢は彼女の中にはあったからだ。
寧ろ問題を起こさなかったからいいじゃないかという感じだった。
以心伝心できたら良かったのに生憎そんな都合のいいことは起こらなかった。

「お前はもう少し周りを――……!」

風間は言葉を最後まで言い切る事ができなかった。
急に現れた睡魔に抗う事も許されず、
そのままテーブルに突っ伏したのである。
説教コースは決まっていたがこれはもう鬼レベルでやばい奴を喰らう覚悟をしないといけないなと、
突っ伏した風間を見て桜花は思った。
逆に麟児といえば、
事切れたかのように眠りに落ちた風間を見てもやけに冷静な桜花に、
少し驚いていたが、すぐに答えは分かったらしい。
「お前は意外と酷い奴だな」
「何の事?」
桜花はすっとぼけているわけではない。
どの口がほざいているのだ。その言葉、そっくりそのままお返しするっていう奴だった。
風間が眠らされたのはお酒の力でもなんでもなく、
普通に睡眠薬のせいだった。
厳密に言えば薬ではなく、超強力な睡眠効果を促す果物だった。
正しい食べ方で食べないと睡魔が襲ってくるという、
よく相手をお持ち帰りしたい時に使用する事が多い。
個人差はあるが、二時間から三時間はなにがあっても目覚める事はない。
「弟の方には後でちゃんと言って聞かせるわ。それで?
まだ何かあるなら聞くけど?」
表面上桜花は笑っているが、警戒心は強くなっていく。
何があってもすぐに動けるようにしていた。
ぞくりと麟児の背に悪寒が走る。
こんな感覚は初めてだ。
気が緩めば呑まれそうになるこの雰囲気はなんだか楽しい。

「ここに来る前に連絡があって、
お前、大鎌使い闇討ちしただろ?」
「は?」
麟児の言葉が理解できない。
確かにちょっと痛い目を見て貰ったが闇討ちなんてしていない。
どちらかというと闇討ちされたのは桜花であり、やり返しただけだ。
これは正当防衛になるはずだ。
そんな狂言を告げる人間は……本人しか考えられない。
見た目の割に残念なヘタレ具合だ。
「それに対してお冠らしい」
お冠なのは今回の依頼主の事だろう。
「つまり?」
「お前にはあの男がやる予定だった役割をやって貰うらしい」
「別にいいけど、この子はどうするの?」
「お前次第だな」
「それ、嘘でしょ」
刹那の時間だった。
桜花は持っていたフォークを麟児に向けて振り下ろす。
麟児は避ける暇もない。
だが、避ける必要がない以上どうでもいい事だ。
何かが桜花の手にあるフォークを弾いた。
それと同時に距離をとろうとするが、
突っ伏している風間が目に入る。
ここで離れるのは風間を切り捨てる事と同意だ。
どうすれば二人で離脱できるか考えたのが運の尽きだ。
麟児は迷わず桜花の首元を引っ張る。
口の中に例の果実を捩じ込み、吐き出さないように己の唇を当てて塞いだ。
口の中の攻防戦。
負けたのは桜花だった。
喉元を通過したそれに苦しくて咽せそうになるが、
念には念を入れられ、唇は塞がれたままだった。
苦し紛れに相手の舌を噛んでようやく離されるが、時既に遅し。
「女性に手荒な真似はしたくない」
どの口がそれを言うんだと反論したいところだが、
睡魔が容赦なく桜花を襲った。
「トリガーは大事に仕舞っておくんだな」
麟児の声が遠い。
眠りに落ちた桜花を見て、麟児は息を吐いた。
酒場は皆が羽目を外して騒音に包まれている。
これくらいの音なら誰も気づかない可能性はあった。
ただ、これからの行動を少し目立つのは覚悟しなくてはいけない。

麟児は桜花を抱き上げる。
「少し部屋を借りる」
酒場の主人に声を掛ける。
それを見た酔っ払いが「兄ちゃんあまり遊ぶなよ」と声を上げる。
どうやら今からいい事をすると思われたらしい。
それに苦笑して麟児は部屋に消えた。


20151015


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