信用と信頼
せんじょう

しおりを挟む


桜花が目を覚ました時はどこかの個室…というよりは物置だった。
天井から吊り下げられているランプが揺れている。
どうやら船の中らしい。
自分はどうしてここにいるのか考える。

――リンジに嵌められたんだっけ。

そう考えると怒りしか出てこない。
手は縄で後ろに縛られている。
目をキョロキョロしながら辺りを見回せば、
そこには人影が一つあった。
風間かと思えばそれは……
「修?」
なんでここにいるんだと桜花は目を見開く。
「…に似た人か」
見た目はあまり変わらないが、
態度や反応を見れば分かる。
そこには自分の事よりも他人が大事。心配性な修の姿はない。
冷静なだけまだマシなのか。
温厚な顔をしているがその顔つきに似合わず、他人を見下すような目をしている。
恐らく自分の立場が理解できているからの態度ではあるのだろうが、
修を知っている人間からすると、
目の前にいる王子さまは随分生意気だと思う。

自分が置かれている状況は分かっている。
問題はどうして護衛されているはずの本物がここにいるかという事だ。

桜花は状況を整理するために王子に聞く。
どうしてここにいるのかと。
城で何度か顔逢わせしている事もあり、
桜花がどういう人間かは知らないが、同じ状況だから敵ではないと判断したらしい。
王子は素直に桜花に現状を話し始めた。

簡単に説明すると襲撃にあったらしい。
こういう時、影武者を表に出して本物は安全なところへ避難するのがお決まりなのだが、
どうやら内通者がいたため二人が入れ替わっている事が敵に筒抜けだったらしい。
避難していたはずが、敵に誘導されそのまま捕まったとの事。
アイツ等は何をしていたんだろうかと桜花はボーダーの面々を思い浮かべる。
修が表立っているという事は遊真達はそこから動く気はないだろう。
本来ならあそこには冬島や風間、三輪等隊長格がいるのだから、
周りに指示を出すのだろうが、
その中の風間は桜花の行動のせいでどうなったか分からない。
「風間さんはどうしたの?」
「カザマ?……あの黒い少年か?いなかったと思うが」
この一言で上手く機能しなかったのはそれが原因で風間隊中心に動揺が走ったせいではないだろうかとかそんな事を考えた。
カメレオンとか使って隠密してたらいいが、どうだろう。
ここから調べる術は何もない。
「何か踊らされている感が半端ないんだけど」
桜花は溜息をついて、気分を入れ替える。

船の大きさを見ても、非戦闘員を含め人数は多いはずだ。
桜花の中で敵の殲滅は確定事項だが、
その後をどうするかだ。
「敵を殺した後、どこに逃げるかよね。
アンタの話を聞く限り、城に戻るのは得策ではないでしょう?
っていうか誰が敵か味方か判断できる?」
王子は一瞬戸惑い、そして首を振る。
「この状況だと玄界の者の傍にいる方が安全だと思う」
「まぁ、そうでしょうね。
やっぱりボーダーとの合流はしないとダメか。
あー面倒くさ……」
大暴れ専門だが、
自分がここにいる以上、仕方がない事だ。
最優先で守りながら戦う……いや、無理だと早々に判断した。
慣れているトリガーならまだしも昨日今日で使い始めたもので守りながら戦うなんてそんなハードな事はあまりしたくなかった。
「アンタ自衛はできる?」
「トリガーか?それなりにならできるが……
もしかして其方はここを看破できるのか?」
「状況次第?」
手は縛られているので手にする事はできないが探すくらいならできる。
できれば縄を切る刃物があれば一番なのだが…桜花は探す。
桜花が何を探しているのか分かったのか王子は言う。
「ここには武器になりそうなものは置いていない。
あるのは救命舟だけだ」
「どこにそんなものあるの?」
「それだ」
言われてみれば棚にトリガーがある。
使い方は簡単。
トリガーを起動すると、起動者のトリオンで舟を実体化するらしい。
操作はこの海洋国家リーベリーに住む者なら誰でもできるらしい。
「脱出はできるって事か」
言うと桜花は身体を揺すり念のために確認する。
トリガーはやはり盗られている。
…麟児は自分をここで始末するつもりだったに違いないと桜花は考えた。
こういう事があるからトリガーは隠して持っておくべきだというのは桜花の持論だ。
懐に入れていた簪が上手い具合に落ちた。
それに桜花は触れる。
確認するのは意識するだけでいい。

――トリガー起動。



甲板の上、男達はこれから起こす戦いの準備をしていた。
平和主義、保守派呼び方はなんでもいい。
他国に進んで侵攻しようとしない考えの持ち主が上に立っているのが彼等は気に食わなかっただけだ。
それを帰るための戦いだった。
シンボルに位置する王族の誰かが死ねばあっという間に内乱は起こるだろう。
下手に戦力を下げるのは得策ではないので、脅せればよかった。
彼等は人質をとって要求を呑んでもらいたかっただけなのだ。
自分達が本気だという事を分からせるため、女は見せしめに殺すつもりだ。
そのための準備を彼等は行っていた――…。

ドーン
バキバキッ

破壊音と木の破裂音がした。
それはある一室が何かにより壊されたことを意味する。
男達は何だと騒ぎ出す。
場所はすぐに分かった。
それは、王子と女…桜花を軟禁している部屋だったのだから。

砂埃が舞う。
その中に一つの影が見えたと思えば、それはそのまま砂埃から飛び出した。
捕らえていたはずの桜花が手に見覚えのある大鎌を振り上げて男たちを攻撃する。
トリガーは取り上げたはずなのにどうして…!
そこで思考が停止した者は先に堕ちた。
現状を把握している者だけが残る。
多勢に無勢な状態であるが、対多人数用の武器を手にしている桜花にとってあまり関係はない。
どちらかというと、何かあった時部屋に待ってもらっている王子を一緒に斬ってしまわないかだけが心配である。
因みに全部片付くまでここから出るなと桜花は伝えていた。
その意図も桜花が起動したトリガーをみて納得したようなので話は楽だった。

「死にたくなかったら大人しく床にへばりついておきなさい。
それができない奴の保証はしないから」

桜花は言う。
それと同時に敵が飛び出してくる。
「忠告終了。じゃあ、さようなら」
桜花は大鎌を振る。
この武器で戦うイメージはある。
それを自分の身体とリンクさせるように何度も大鎌を振る。
風が巻き起こる。
それに合わせて振っていく。
相手がこちらの動きを見切る前に……時間との勝負だ。
桜花は走りながら手首のスナップをきかせながら前面の敵、そして誘い出した後方の敵も斬っていく。
大技を繰り出そうとして大きく振りかぶったところで、
桜花が手にしていた武器に衝撃を受ける。
「……!」
もう一発くると思って咄嗟に動くが、
それを読んでいたとばかりに桜花の動いた先にもう一撃受ける。
その瞬間刃の半分が破損した。
(狙撃?どこから……!?)
ここは海の上。
桜花からはよく見えないが恐らく周りに船はないし、高台だって大分離れているはずだ。
次に狙われるのは足かと判断したが、不思議な事に次の狙撃はなかった。
普通ならあり得ないが、そればかりに気を取られているわけにもいかない。
桜花は迫り来る攻撃をかわしていく。
敵の誰かを盾にするか、武器を奪うか、いろいろ考えるが敵が多すぎる。
左肩を擦り、足が狙われ避けようとした時に一撃くるのが分かる。
さて、どうしたものかと考えて、桜花を攻撃する予定だった敵が今度は撃たれた。
そしてその後を追撃して飛んできた弾にタイミングが良くて助かるわと桜花は思った。
撃った本人は舌打ちしているだろうが……。
「明星さん、抜け駆けなんて酷くねー?」
「誰が抜け駆けよ。寧ろアンタ達が護衛しておきながら攫われるとか職務怠慢じゃない?」
「貴様がそれを言うか!」
米屋に続き三輪が姿を現した。
案の定眉間に皺を寄せて悪態をついている。
「っつーことで、残り貰ってもいい?」
米屋が問う。
桜花の返事を聞く前に既に三輪は近界民を斬り捨てていた。
「武器が使いものにならなくなったところだし、どーぞご自由に」
「やりぃ」
返事と同時に米屋は己の槍を振りかざす。
背後から襲ってくる敵は狙撃手が撃退すると
安定のチームワークを見せつけてくれる。
「狙撃してくる奴いるみたいだから気をつけて」
「奈良坂、章平」
「了解」
彼等の素晴らしき働きにより桜花は何もすることなくただぼけーっとしていた。
何もすることなくただぼけーっと……。

出来過ぎる仲間を持つと楽だなーとか場違いな事を考えていた。


20151103


<< 前 | | 次 >>