信用と信頼
麒麟児

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麟児が彼女を見たのはたまたまだった。

祭り事などの行事は人の気分を浮き上がらせる。
時にそれは人と人との衝突を招いたりちょっとしたハプニングを起こすものである。
リーベリーでは潮祭りが行われ、
そこでは王族の王子のちょっとした顔見せの場でもあった。
反対勢力は祭りを潰し、国に不安を煽る事を目的としていて動いていたので、
ただでは済まない事を麟児は知っていた。
だが、それ等とは違ういざこざがそこにはあった。

傭兵同士の言い争い。
戦争がどうのとか、裏切ったとかそんな内容は、
正直目立っていた。
そして、堂々とそんな話をするくらいだ。
言い争っている当人は王族側にも、反対勢力にも属していない人間だと推測した。

麟児は傭兵という彼等の感性をあまり理解できなかった。
それは単純にあまり会った事がないからかもしれないが、
基本的に価値観が違う。
ただ使う側として考えると道具としては最適だとは思った。
そのくらいだ。
ただ、使うにしても道具の性能には個体差があり、
当たりを探すのは難しいものだった。
別になくても支障はないが、
あればあったに越したことはない。
偶然桜花達を見つけた時は此奴は使えるなら使った方が良い。
珍しく第六感がそう告げていた。

それから桜花達は質屋に入る。
都合がいい事に質に入っているトリガーを起動したらしい。
トリガーにはある操作を行えば、ある信号が発せられるように細工をしていた。
そう、武器(トリガー)選択だ。
この機能はボーダーのトリガー独自のものだ。
近界民のトリガーは登録されている武器は一つで他のものを選択するという概念はない。
だから、この操作を行う者はボーダーの人間だという事だ。
発せられた信号を受信し、相手がボーダーの人間だという事は確定した。
ただ、それにしては桜花は近界の環境に慣れているように思えた。
そもそも彼女はこの店に入る前に近界民の傭兵と一悶着起こしている。
協力者から聞いた情報にはボーダーは近界に遠征する事はあったが、
長期間留まる事はないし、
遠征報告でも近界の環境に慣れ親しむような行為はなかったらしい。
彼女は異端だった。
ボーダーなのに近界の環境に馴染みがある。
可能性として一番考えられるのは近界民がボーダーに所属したという事だろうか。
そう考える方が納得できた。

彼女が近界民だとしたら……


そこには躊躇いはなかった。
元々近界民にはいい印象は持っていない。

一人寂しそうにしている妹の姿が脳裏をちらつく。
この世界の国の成り立ちを知って、
妹を守る術は限られている事を知る。
更にそれを確実にするためにはやる事は一つだけだった。
何をするかはもう決めていた。


麟児は桜花に接触した。
こういうやり取りには場数を踏んでいる感じがしたが、
あまり物事を考えたくない直球タイプなのか……あまり頭は良くないなと思った。
馬鹿は御するのは簡単だ。
いい駒になればいいと思った。が、
思い描いていたシナリオとは少し違っていた。
本来なら武闘大会で事は動き出すはずだった。
策は失敗する事も踏まえて立てるものだ。
別にここがダメだったからといって計画に支障はないので焦る必要はない。

麟児は目の前の男を見て思う。

協力者に確認した。
この男はボーダー内でもA級と呼ばれる上位の部隊を率いる隊長なのだと。
しかも彼の兄は近界民に殺されているらしい。
つまり桜花は堂々と嘘をついたことになる。
違和感は感じていたが、あの場で堂々と嘘を言えるのは慣れているのだろうなと思う。
流石にボーダーの戦闘の核ともいえる人間を自らの手で下そうとはしない。
ただ、反乱勢力の人間がどうするかは知らないが。
ボーダーは近界に来ずともあっちで守っていればいいのだと麟児は思う。

「さてと――」

麟児は最後の準備を始める。
念には念を入れておかなくてはいけない。
何せ、何をしでかすか分からない馬鹿があちらにはいるのだ。

新たに描かれたシナリオに麟児は笑う。

――それも悪くはないな……。


それから数分後、アジトに大きな砲撃が襲った。


20151112


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