MOMONGA:IF
歓楽街に関する事件の報告書ファイルをつぶさに読み耽るサユキ。
嫌な予感が増大するものの、熱心だな、としか言えなかったモモンガ。
休日にサユキが高級店の門を潜る瞬間を目撃して、的中した事実に激震が走る。
翌日出勤してきたサユキは普段通り清楚なのに女の色気が溢れて居て、そのアンバランスさにやられたモブ海兵ズが次々と赤面&釘付け。
あっという間に
「モモンガ中将の部下のサクラ・サユキっていう女海兵がすげェ××い」
と噂が駆け巡る。
それでモモンガは、自分の中に渦巻くドス黒い感情が完全に上司の域を超えて居る事を認めざるを得ない。
一方のサユキは、
プロに任せて良かった、裏切られる心配も無いし。
何なら少しお値段が張るから月イチ……だと寂しいし、2週間に1度行ける様に頑張ろう。
すこぶるやる気。
部下と上司で天国と地獄。
それが悲劇を生んだ事に気付くのは、サユキが予定よりずっと早く書類をお届けしに来たタイミングで壁を殴る音がした時。
「あ〜らら。こりゃ荒れてんなァ」
「!……クザン大将」
「サユキちゃん、綺麗な顔して結構エグい事すんのね」
「えぐい事、……とは?」
「……うん、流石に同情するわ」
「モモンガ、サユキちゃんが書類の確認にって」
「………………ああ。入れ」
自分も中将もそう口数が多い方では無いから沈黙はいつもの事なのに、こんな風にピリピリと身を灼く様な殺気に満ちた空間は初めてで戸惑うサユキ。
大将が仰っていた事は何なのか、頁を捲り判を押す間を待ちながら考えるけれど、
根本的に
“庇護と愛情は別物”
“使えなければ捨てられる”
と思って居るから解らない。
何なら、また今度も身に覚えのない罪で責め立てられるのか、と諦めの境地。
以下、キャラ視点です。
***
断罪を待つ様に頭を垂れていると、作業を終えた中将が手を止めた。
「…………早いものだ」
ぽつりと呟いた声が酷く寂しげな響きで、顔を上げると書類の束を渡される。
受け取って中将を見つめたけれど、話は終わりだと言わんばかりに次の仕事へ取り掛かっていて、何も言えなかった。
「──という事がありまして」
「それおれに相談すんのね?まァいいけどさ。面白いし」
いくつもの書類の塔がそびえ立つデスクの横、吊られたハンモックに寝そべる大将青キジ。
そこ座って、と促された長大なソファの隅に軽く腰掛けると、
「さてと。──んじゃ、サシで話しますか」
身体を起こし、程良い距離感で隣に座った大将が、片膝に頬杖をついてニヤリと笑った。
***
「女性が春を買うというのは、それ程までに“えぐい”事なのでしょうか」
「サユキちゃんがエグいとか言うのじわじわ来るな。……悪かったって、無視すんなよ」
「まァ、その辺の野郎引っ掛けんのとヤる事は一緒だしな。ショックなんじゃねェの?」
「……一緒では、ないかと」
「?」
恥ずかしい。
けれど、こんな機会は早々無いから。
打ち明けて、しまおう。
「…………本番には、至りませんので…………」
「え」
「……マジかよ。それで満足出来んの?マジで?」
「少なくとも、私は満足……です」
「はァ〜〜……すげェな、本職」
「で、どんな男よ。自分で選んだんだろ?」
「それは──」
拓いた身体、優しい触れ合い。
何よりあのひとと同じ声で囁かれた睦言を思い出し、羞恥心に火が着いた。
「……」
「あ、の……」
「何その顔。すげェそそる」
長い体躯を屈めたクザン大将が、グンと顔を近付ける。
「おれ、結構上手よ?割り切るし、ヒンヤリ気持ち良〜くしてやれるけど」
試してみる?と誘いかける仕草に、私は頭を振って。
「遠慮しておきます。今は、モモンガ中将の事を考えたいので……」
元々相談するつもりで此処を訪れたのだから、当然の結論だけれど。
「へェ〜、あ、そう。そういう事言っちゃうんだ?」
何が不思議だったのか、目を丸くされた大将が呆れた様に天を仰いだ。
「サユキちゃんってホント……えーと……アレだ……何だ」
「……?」
「──忘れた。もういいや」
まァ、そのまま伝えれば良いんじゃねェの?
正直ってヤツよ。
若干投げやりなアドバイスを残してソファに寝転び、アイマスクを下ろした大将の執務室を辞し、廊下を進む。
そろそろ昼休憩が終わるからか、賑やかな本部内の角を曲がると。
「……何じゃァ、おどれは」
────私を死に追いやった強権と、鉢合わせてしまった。
***
「無知で無能な弱者がいつまで海兵名乗っちょる気じゃ。おどれの様なモンがおるけぇ士気が下がるんじゃ」
「海賊というゴミ屑にすら捨てられたおどれにゃ掃き溜めで充分じゃろうが」
「ゴミ以下が一人前に色気づいた故為で風紀が乱れちょる。モモンガもとんだ疫病神を庇い立てたのう」
ゴミ、以下。…………疫病神。
海兵にスカウトされるきっかけとなった覇気も、戦う力の無かった私には宝の持ち腐れだと、当時から言われていて。
ただ事務仕事をこなすだけなら、私である必要は無くて。
「目障りじゃ。モモンガにゃあ、わしの使える部下を遣るけぇ、おどれは此処で始末して──」
嗚呼。
憎まれ役が一人。
それでも、もう一度中将にお会いしたかった──
「────失礼。始業時刻を過ぎておりますので、持ち場に戻らせます」
「……あァ?」
「ご提案は有難く思いますが、サクラは私の大切な部下です。彼女しか持ち得ない価値を、私は信じている」
行くぞ。
フン、と鼻を鳴らした大将赤犬に一礼し、私達は歩き出す。
あの日、鎖が外された私を鉄格子の外へ連れ出した時と、同じ背中。
永遠に感じた廊下を渡り終え、見慣れた中将の執務室に入ると。
扉が、閉まった。
「大丈夫か」
泣き崩れそうになる四肢を奮い立たせ、鼻を啜って口を開く。
「……っ、…………はい」
「私にとってお前は、かけがえのない者だ。…………くれぐれも、自分を大切にする様に」
目一杯の涙で表情がよく見えないけれど、何度も、何度も頷いた。
「モモンガ中将の事を、クザン大将に相談しておりました」
「相談?……人選が疑問なんだが」
「少し、御様子が気がかりでしたので……訳知り顔の大将から、正直に話す様にとアドバイスを頂きました」
深く息を吸って。
私は、口火を切った。
「私は先日、叶わなかった恋の真似事を買いました。とても満たされ舞い上がりましたが、金銭を伴う以上、この関係に未来はありません」
「……」
「そして同時に、行き止まりで戯れていれば突き落とされる事もありません。私は、それで良かった」
「ですが。その行為が、中将の御立場を悪くすると言うのなら──」
「お前には人生を愉しむ権利がある。女ざかりともなれば、男を知るのは自然な事だろう」
「私の為に、狭める必要は無い」
サクラが求めているのは過去の慰めであり、新たな伴侶では無い。
本人が満足している以上、傷が癒えるまでは通うつもりなのだろう。
……父親じみた庇護欲だけで接して居たかった、などと、これほど願った事は無い。
今すぐ抱き締めてやりたい。
この胸で泣けばいいと。
孤独の中に在りながら、弱者を慈しむお前を愛していると。
ただ一言口に出来たなら、どれ程良いか──……
「…………ふ、ふ。……はは、」
額に手を当てたサクラが、乾いた笑い声を上げる。
「どうした」
「モモンガ中将。私は、とうとう壊れてしまったのかもしれません」
自虐に満ちた笑みを浮かべ、吐き捨てる様に言ったサクラの肩を掴む。……薄い、肩だ。
「何があった?」
「幻聴です」
「何を聴いた」
「中将の御声で、私を愛していると」
哀れにも程があるでしょう。
愛情への渇望で、気が狂ったなどと──
クツクツと肩を揺らし、自分を嘲り続けるサクラに、何かが切れる音がした。
***
トサ、と制帽が落ちる。
「モモンガ、中将?」
開けた視界一杯に、中将の御顔。
後頭部を支えられて上を向いて居る事に気付き、思わず身じろぎするも、上手く動けない。
「?……ぁ」
背中に腕が回されて、……強く抱き寄せられて居た。
互いの呼吸音だけが聞こえる世界で、中将の香りに包まれる。
深く突き刺さっていた棘の数々が、音も無く溶けていく。
高鳴る心音を遠くに聞きながら、眠気に似た感覚に身を委ねた。
「サクラ」
「それは、私の本心だ」
「────え?」
「覇気が覚醒したのだろう。言うつもりは無かったが……」
「お前に倣って、正直に話そう」
拠り所で有らんとした事。
いつしかお前を好いていた事。
そして。
客として男を買う姿を、見てしまった事。
「……そんな……」
「仕事に支障を来さない限り、口出しは無用だ。張り切るお前を見て、何を言える筈も無かった」
「だがその時、改めて気付かされた。この感情は最早、上司や父親代わりの枠に有るものでは無いと」
伏し目がちな瞳の奥、怯える臆病さに、踏み込む。
「お前は、満たされたと言ったな。ならば何故同じ口で、愛情を渇望していると?」
「っ……」
「私が与えてやれるモノは、お前の求めるモノやも知れん。……少しでも、応えてみる気になったなら」
「──目を、閉じてくれ」
躊躇って、唇を噛み、また見つめ合う。
中将の目には静かな炎が燃えて居て、頬を炙られる心地がした。
お金で買った時間だけでも愛されれば幸せ……な、筈だったのに。
性懲りも無く、私はまた手を伸ばしてしまう。
「……愛して、下さい……」
か細い声。
震える瞼のいじらしさに、唇を重ねた。
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