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昨日は降り出さなかった雨も明け方から降り始めたらしく、今日は一日ずっと雨だ。って、朝のニュースで天気予報士のおっさんが言ってた。
予報通り、昼になっても降り続いてる雨を眺めながら廊下をのんびり歩く。どんよりした空で気分が憂鬱、とかそういう洒落た感想はなくて、学校の中とか全体的に暗くなるから雨の日は眠くなるなーと思うくらいだ。
窓の外に目を向けながら、耐え切れずにふあ、とでっかい欠伸をひとつ。

「アホ面」

そのまま声のした方へ振り返れば、眉間に皺を寄せた爆豪が居た。

「見ないでよえっちー」
「てめぇが見せてんだろ見せんなアホ」

軽い冗談で言ったのにデコピンされた。いてぇんですけど。
デコ赤くなってなきゃ良いな、って右手で擦りながら、そういやぁ昼休みとか実習中以外に会うのはなんか新鮮な感じだなと思う。

「どこ行くん爆豪、移動?」
「あぁそうだな。てめぇもだろ、遅刻すんぞ」
「うぇーい」

アホになった上鳴の真似して両手の親指をぐっと立ててみる。したらイラッとしたのが目に見えて分かったからすぐに謝った。顔真似まではしてないんだけど、まぁ雨の日はイライラするよな分かるぞ。

「アホ面がアホ面の真似してどうすんだ、アホ増すだけだろうが」
「はぁ?アホアホ言うなうっせぇわ頭良いんだぞこれでも」

自分の頭を指差しながらそう言ったらびっくりした顔をされて俺がびっくりした。や、なんでそこで驚くんだよ、心外なんですけど?
反論しようと口を開いた瞬間、後ろから誰かに肩を叩かれてびくっとした。なんかデジャブ。

「海人?何してんの、教室行かないと」

慌てて振り返った先に居たのはいつかの上鳴……、じゃなくて佐野だった。全然教室に来ないから探しに来てくれた様で、俺の顔を見るなり溜息を吐かれてしまった。

「あー、ごめんごめん。……んじゃ爆豪、俺行くな」
「おうしんでこい」
「なんでだよ、授業でしなねぇわ!」

そう言って笑って、爆豪に軽く手を振ってから教室へ向かって歩き出す。スマホを取り出して時間を確認したらまだ余裕がありそうだったけど、ちょっと急ぎ足で行こうと決めた。



「爆豪くん……だっけ?」

教室へと向かってるその間、二人がしていた会話の事は俺は知らない。





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急ぎ足で教室に向かった絵藤の背中を見送った後、佐野は爆豪に声を掛けた。

「あ゛ぁ?誰だてめぇ」

この態度の悪い生徒と絵藤が最近仲良くしている事は、気付いていたから。

「俺は佐野。海人のクラスメイトだよ」
「で、そいつが何の用だ無ければ殺す」

眉間に皺を寄せて睨み付ける爆豪に、佐野は肩を竦めた。人の良さそうな笑顔で、会話がしたいだけだと告げると訝しまれる。

「最近海人、俺と一緒にお昼食べてくれなくなったんだよね」

にこにこと話し始める佐野の動向を伺う様に、爆豪は黙ったまま。

「中学からずっと優しく、大事に、大事にしてきたのにさぁ……。最近は俺の手の届く範囲から出ていっちゃう事が多くて困ってるんだよね。この間なんか怪我しかけてたし。だからさぁ、」

この間、は絵藤が最初に参加した実習の事だろうか。考えつつも変わらず睨み付ける爆豪を見据える佐野は。


「俺の海人、取らないでくれる?」

笑顔を消してそう言った。

「てめぇはアイツの何だ」

眉間の皺を一層深くして、爆豪が低く問う。

「んー、……大親友?」
「ならてめぇがあいつを縛る理由にならねぇよクソモブ」

笑顔を戻してあっけらかんと答えた佐野に胸糞悪さを感じつつ、眼光はそのままに佐野を見据える。

「なんで?」
「分からねぇなら死ね。そもそもてめぇの指図なんか受けねぇから失せろ」

そう言い捨てて舌打ちをした爆豪は、今度こそ自分の教室へ足を向けた。


「乱暴だなぁ……」

振り返る事なく去った爆豪の背に、ぽつりと呟いた佐野の声は降り続く雨音に消えていった。





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