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意外とこういうの目聡く気付くよな……。横から伸びてきた手が鼻先を摘みながらぐりぐりしてきて痛い。

「なんか抱えてんだろ」

やんわり爆豪の手首を掴んで腕をおろすと赤い瞳に射抜かれてて、どうにも話さなきゃいけない様な気になってくる。まるでそういう個性でも持ってるみたいに、するっと言葉が出てきた。

「……爆豪つえぇから、こういうのでは負けたくない、って思って。不本意なのは知ってっけど、体育祭でも1位なってたし、やっぱヒーローすげぇなって……、別に、今更俺もヒーローなりたいとか思ってる訳じゃねぇけど、えっと、そんで」

まとまらない思考のまま話し始めて、自分でも何が言いたいのか分からなくなるけど、爆豪が黙って聞いてくれるからちょっと甘えてしまう。それでも、真っ直ぐ前は見れなくて俯いたままで。

「俺みたいのが爆豪と居て良いのかなとか思ったり、して、友達だからそういうの関係ないと思うけど、でも佐野には邪魔してるんじゃねぇのとか言われるし……、こう、分かんないけどもやもやしてて、爆豪とは仲良くしてぇのに、ダメなんかなとか、さ……ごめん、話ぐちゃぐちゃだし、なんか俺キモイな」

掴んだままの爆豪の手首をぎゅっと握ってうへって無理矢理笑う。この気持ちの名前は、今の俺にはまだ分からない。

「あほ」
「うぁ」

ぐしゃ、と力強く頭をかき混ぜられてびっくりした。

「クソモブに何言われたか知らねぇが、んな事考えてる暇あったら絵でも描いてろ」

乱暴な手つきだけど、そこに爆豪の優しさがある様な気がして、言いようのない感情が心を満たしていく。

「はは、ひでぇな、でもごめん変な事言って」
「つぅか、てめぇが邪魔なら俺はこんなとこに居ねぇんだわ舐めんな」

言い方はキツイけど、その言葉に一瞬泣きそうになってしまった。
頭の上の掌に自分の手を重ねながら、ありがとうって呟く。締まりのない顔で笑ってたと思うけど、とりあえず、この不器用さんに感謝の気持ちが伝わればそれでいいや。





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風呂でも入って落ち着いてこい。
そうやって絵藤を追い出した爆豪は、ソファでうな垂れていた。
成り行きで家に上がり、手料理を食べ、しかも泊まる事にまでなってしまった。それだけでもかなり堪えているにも関わらず、先程の絵藤の態度である。

(あんなん、期待しねぇ方が可笑しいだろがクソ……)

佐野との一件以降、絵藤を意識し始めてしまい、もう今では充分自分の気持ちを自覚している。何をどう罷り間違ってこうなったのかは自分でも理解不能で、相手が男だからとか、そもそも何でこの俺がとか、そういう色々な事が暴走を食い止めているものの、今日はかなり神経を使いそうだと気が滅入る。というか、もう既にかなり使っている。
ただ、言動の端々を聞くにどう考えてもあれは無自覚だ。今の絵藤には恋愛のレの字も無い、と思う。

(10000歩譲って俺が女だったとしても気付いてねぇだろうなあのアホは)

容易に想像出来るその状態に盛大に溜息を吐く。あのクソマイペース野郎は、思えば最初っから俺をかき乱しやがる。

(……それはそれとして、だ)

ついさっきの絵藤の発言……、佐野に関する事。混乱している絵藤にその場で追及はしなかったが、随分引っかかる言い方をしていた。
邪魔をしている……なんてキツイ言葉、普通は言わないだろう。あえてそれを言ったという事は。

(あのクソモブも切羽詰ってる、ってか)

自分の存在がそうさせてるのなら愉快だが、それで絵藤が傷付くというなら別問題だ。早めに手を打っておくべきかもしれないと頭を乱暴に掻いた所で、ガチャ、とドアが開く音がしてそちらを見やった。

「なっ…てめぇズボンくらい穿けや!!」
「はぁ!?なんだよあちぃんだよ!」

風呂から上がった絵藤がそこに立っていたのだが、大きめのTシャツにパンツのみでズボンを穿いていなかった。下心がある身としてはかなり心臓に悪い格好だ。
加えて濡れた髪に上気した顔はかなりクるものがある。
ここに来て無自覚の恐ろしさを改めて痛感する羽目になるとはと、爆豪は眉間に皺を寄せて頭を抱えた。

「はよ穿けやクソが……!」
「……?んだよ、そんな気にするか?風呂空いたから爆豪もどうぞー」
「っせぇ気にしろ無自覚野郎」

吐き捨てられた言葉に首を傾げながら、言われた通りズボンを穿く絵藤を横目に、爆豪は足早に風呂場へと消えていった。






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