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それでも、佐野とギクシャクしたままで居るのは嫌だったから、向こうから話しかけてきてくれて良かったと思う。例え妙に不気味だったとしても、だ。

「良いけど、俺この後用事あるから、ちょっとだけなら大丈夫」
「へぇ、そうなんだ。どっか寄り道?」
「あー……、爆豪とラーメン食いに行くんだけど……」

お前も行く?って言いかけて、その言葉は飲み込んだ。なんか、これは聞いちゃいけない様な気がしたから。

「ふーん、じゃあ途中まで一緒に行こうか。彼と合流するまで」
「……おう」

教室の外を指差して歩き出した佐野について、俺も歩き出す。
なんだよーもー、こえーんだけどー。
昇降口で靴を履き替えて、校門から市街地へ。そこまでずーっと無言のままで、いい加減いたたまれなくなってきた。チラチラ顔色を窺ってみても分からない。

「あの、さ」
「ん?」

こいつと一緒に居て無言になる事なんて今までにもよくあった。
けど、この沈黙は痛くて、もう核心をつくしかないと思った。まどろっこしいのは性に合わないしめんどくせぇ。

「今日お前なんかおかしくね?俺がなんかしたなら言って欲しいんだけど」

リュックの肩紐をぎゅっと握って、じっと佐野を見つめる。

「んーいやぁ、海人は何もしてねぇよ。ただ、」
「……ただ?」
「俺が嫉妬してるだけ」

そう言って、ふっと切なげに笑った。
でもいまいちピンと来なくて首を傾げた俺を見て、佐野は更に笑みを深めるとポンポンと俺の頭を叩く。

「ごめんな、でも俺……、海人が誰かに取られるの凄くヤなんだよ。一番の友達は俺で居たいし、ずっと隣に居たいんだよね」

分かるかな、ってクスクス笑う佐野がまじでいつもと雰囲気が違くて困惑する。いやでも俺、一番の友達はお前だと思ってんよ。ちげぇの?
何て声を掛けたら良いのか分からなくて、口を開けたり閉じたりしてみても気の利いた言葉が出てくる訳でもなく。

「最近はその場所無くなりそうで気が気じゃなくてさ、ちょっとイジワルした」
「い、や……、つーか!佐野が一番の友達じゃなかったら俺友達居なくなっちゃうんだけど!そんなんっ……困るし!」

べしっと隣の肩を叩いて大げさに笑う。そんなの、気にしなくて良いんだっつの。
恥ずかしいからあんまり言わないけど、それは揺るぎないんですけど。

「あはは、ありがとう。でも俺それだけじゃ満足出来なくてさ……、俺を見てくれねぇかなって、でも、……海人が好きなのは爆豪勝己だろ?」
「は………?」

「きゃああああ!!!」

意地の悪そうな顔で笑った佐野が言った言葉と、複数人の悲鳴が周囲に響き渡ったのは殆ど同時だった。
え、俺が爆豪の事を好き……?んだそれ……、いや、ねぇわ……。って、否定したかったけど、否定したい気持ちを否定したくなった。なんだこれ、意味わかんねぇ。どくどくと鳴る心臓がうるさくて耳を塞ぎたいけど、塞いだ所で意味は無い。

「なんだ?」

俺は驚き過ぎて周りへの反応が遅れてしまったけど、佐野は辺りを見回して騒ぎの発生源を見つけた様で。

「強盗か……?」

小さく呟いた声にハッとしてそちらを見れば、すぐ傍の店のショーウィンドウが割れてガラスは散らばってるし、倒れてる人なんかも居て愕然とする。
今はまどろっこしい事考えてる場合じゃなさそうだ。
ガシャガシャと何かを蹴飛ばす音、怒声や悲鳴、なんだか分からないけど、佐野が言う通り強盗なんだろうか。

「おいおいシケてやがんなぁおい」

店の奥から大きな鞄を抱えて出てきた男は、血走った目を見開いて嫌な笑みを浮かべていた。その手にはナイフを握っていて、咄嗟に此処から離れなきゃ、と思う。

「さ、佐野……逃げ」
「ぅあーんままどこー!」

逃げよう、って言葉を続ける前に、小さな女の子の大きな泣き声。そっちを見れば、強盗犯っぽい男の近くをとぼとぼ歩いていて。
やばい、と思った瞬間、その男が女の子を視界に捉えた。

「なんだよこのガキ、ぅるっせぇなぁ!」
「だめだ!!!」

思わず、反射的に身体が動いた。俺なんかが飛び出しても何にもならないし、こんな奴に対して有効な個性だって一つも無い。
それでも、何もせずに目の前の女の子が傷付けられるのは見たくない!

「待て海人!!」

佐野の声が背中から聞こえた気がした。
けど、既に走り出した足が止まる筈も無くて、強盗犯が持つナイフが振り翳される前に女の子を背にして立った。
痛いのは嫌だし死にたくもない。これから襲ってくるだろう痛みを想像してぎゅっと目を瞑った。





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