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「ッ……!」

ぐっと身体に力を入れたけど、予想した痛みは無くて、一瞬前まで静かだった周りの喧騒が耳に届いてくる。
そろ、っと目を開けたら、そこには見慣れた後姿があった。

「てめぇクソモブ……、何しやがる」

強盗犯が振り上げた腕を掴みながら、低く放たれた声は怒りを滲ませていて。今目の前にあるその光景が、いつかの砂埃の中の背中を思い出させて、キラキラと輝く。
あぁ、たすかったんだ……と思うと同時に足から力が抜けて、ドサッと尻餅をついた。

後ろでさらに泣き声を大きくした女の子が、ようやくお母さんを見つけたのか、わんわんしゃくり上げてる。
女の子の名前を呼びながら駆け寄ってきた女の人が、その子を抱きかかえて離れていった様だ。お礼を言う声と、女の子の大きな声は徐々に遠くなっていった。

「離せクソガキ!!」
「うっせぇボケ!!コイツを傷付けて良いのは俺だけだ!!てめぇが俺のモンに触れる権利なんか無ぇんだよ!!」
「はぁ!?意味わかんねぇ事言ってんじゃねぇよ!」

強盗犯の言った事をそっくりそのまま言いたくなった。なに、それ。
掴まれた腕を振って強引に外したその男は、舌打ちをしてどこかへ走り去って行った。

「待てゴラァ!……ッ」
「ま、ばくご……待って」

まだ追いかけようとする爆豪の服の裾を握って制止する。腰が抜けて立てないから、これでも精一杯だ。
ちゃんと気付いて止まってくれたものの、不機嫌そうに舌打ちをしてこっちを見てくれなくて少しだけ不安になる。

「あ゛ーークソ!」

引き止めたものの何て言おうか迷っていたら、吠えた。はぁ?なに……?
きょとんとしてる俺をキッと睨んだ爆豪は、次の瞬間には俺を肩に担いで歩き出した。

「えっ!?ちょ、おい!?」
「黙ってろ」

そう言ったっきり話しかけても何も答えてくれなくなったから、仕方なく大人しくしているしかなかった。






「海人……」

爆豪勝己に抱え上げられ、連れて行かれる絵藤の姿を、佐野はただ呆然と眺めているほか無かった。
あの瞬間、ナイフの前に飛び出していく絵藤を止められなかった。好きな人が、傷付くのが分かっていたのに何も出来なかった。
走っていく背に伸ばした手は、するりと空を掻いて。

「(けどあいつは、海人を助けてしまうんだな……)」

颯爽と現れて、まるでヒーローみたいに。
悔しいけれど敵わない、と思ってしまった。嫉妬して、牽制して、今までみたいに絵藤の隣に居るのは自分だと思っていたのに。

「(あんな顔見ちゃったら、壊せないよなぁ……)」

爆豪勝己が来た時の、キラキラした顔。本人はきっと無自覚なんだろうそれ。
自分にはきっと、この先もあの目が向けられる事は無いのだろうと悟ってしまったから。

「せめて幸せにしてくれよ」

でなければ……。
自嘲気味に笑って小さく呟いた声は誰に届くでもなく、空気に溶けて消えた。

「帰ろ……」

この場に突っ立っていてもしょうがないと、自宅へと足を向けた。その足取りは重い様な、軽い様な。
暫く歩いた所で、見覚えのある顔を見つけた。

「あ、佐野」
「上鳴……、なんか久しぶり?」

今自分は上手く笑えているのだろうか、と佐野は思う。例え歪な笑顔だったとしても、取り繕う気も無いのだけれど。

「おぅ……、どした?なんかあった?」
「……え?」
「いやーなんか、いつもと違うよーな気したんだけど、違った?」

違ったならゴメン、と言ってへらへら笑う上鳴に困惑する。上手く笑えていなかったとしても、上鳴に指摘される筈もないだろうと思っていたから。

「ふ、上鳴のくせに……」
「えぇぇ?なんだよそれ、人が折角心配してんのに」
「ううん、ごめんありがとう。そうだな、失恋しちゃったかな」

きょとん、とする上鳴にクスクスと笑う。痛む心が解れる様な、そんな錯覚を覚える。

「あー、それは……ドンマイ?」
「ははは、何それ、ほんとに慰める気あるわけ?」
「あるし!お、お前が落ち込んでんのっとか、あんま見た事ねぇからその、ビックリしただけだっつの!」
「そう?じゃあ上鳴癒してよー傷心の佐野くんをさぁー」

スッと近付いて肩を組めば、びくっとする上鳴に、佐野は悪戯心が湧いた。
今日はこのままコイツと遊んでも良いかななんて、この先の事を考えながら。






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