燃える葉桜
それは突然で、多分誰も、少なくとも私は予想なんてしてなかった。

「青峰が休み?」
「そーなの、電話も繋がらないし……」

部活に行くと眉を下げて困っているさつきがいたので理由を聞いてみると、どうやら青峰と連絡がとれないらしい。
これまでに青峰が部活に来ないなんて、そんなことは一度もなかった。むしろ誰よりも楽しそうに、強くなるのが嬉しいって一番に練習に来ては遅くまで残っていたのが青峰だ。
しかし最近の青峰のバスケに対するモチベーションの低下は誰から見ても明らかだった。別に調子が悪いとか成長に悩んでるとかではなく、むしろ青峰の調子は絶好調だ。

「一応呉羽からも青峰に連絡をとっておいてくれないか」
「わかった」

さつきが電話してもでないのに私が電話してでるわけないのに。
征十郎は間違うことが嫌いだから理由が分かるまでは何もしないとは言ってはいるけれど、多分サボりだと確信している。形だけの行為に意味なんてあるのだろうか。

「やっぱでないね」
「サボりなのかな」
「大丈夫だって! 青峰に限ってサボりなんてないよ」
「呉羽ちゃん……うん、あいつがそんなことするわけないよね!」

複雑そうに笑うさつきを元気付けたいのに気の利いた言葉が見つからなくて、こんな自分が嫌になる。

ーー「俺部活辞めるわ」
さつきから青峰が休みだと聞いた時、脳裏にあの日の祥吾がすぐに浮かんだ。
迷いもなくバッシュを捨てているその姿を遠目に見ながらも、私は何もせずにただその光景をじっと見ていた。
「私がなにかしたところで変わることなんてない」
そうやって逃げたあの日からずっと、心にトゲがある気がしてならない。


今日しなければならないことも全部終わったので帰ろうと、更衣室で着替えてから男子更衣室の前を通りかかった時だった。

「あれ銀城っち今から帰りっスか?」
反対側からあるいてくる黄瀬に出くわした。

「そうだけど、黄瀬も?」
「今から帰るつもりっス! すぐ着替えるからちょっと待ってて!」

急いで更衣室に入っていく黄瀬に面喰らう。別に10分くらい普通に待つんだけど。

「お待たせしたっス!」
「そんなに待ってないし、次からはゆっくりでいいよ」

汗だくだった練習着から制服に着替え終わった黄瀬と体育館から出ていく。
「あの黄瀬涼太と二人で帰ってるよ」なんて春頃の自分に言っても信じられないだろう。
たまにこうして二人で帰ったりするが、黄瀬と私が仲良しかと問われると返答に困る。変に気を使うこともなく意識するわけでもない、ただの部活仲間。これが一番しっくりくるかもしれない。
根本的な部分が似てたりするのか、黄瀬といるのは案外楽だ。

「緑間っちは自分と同じ強さを求める青峰には今のバスケはつまらないって言うんスけど、俺は絶対楽しいと思うんスよねー」

最近の青峰の態度はそういうことなのか。緑間は自己中心的に見えて案外人のことをよくみていたりするからこれは当たってそうだ。

「黄瀬はバスケ好き?」
「もちろん! 俺も早く青峰っちみたいに強くなりたいっスよ〜」

好きだから強くなりたい、好きだからライバルが欲しい、好きだから楽しみたい。青峰の求めるもののレベルが高いだけで、どれもプレーヤーなら抱く普通の感情だ。
誰が悪いわけでもない、なのにどうしてこうもうまくいかないのだろう。なにもできないことがとても歯痒い。

「黄瀬は強くなったからって練習サボらないでね」
「しないっスよ! 逆にもっと練習したくなるって!」

心配だが青峰にはさつきも黒子もついてる、ちゃんと支えてくれる人がいてる。あの二人ならきっとなんとかしてくれる。側に支えてくれる人がいるというのはなによりも安心する。
そう考えると不安になるのは紫原、緑間、黄瀬辺りになるのか。
それとも私が知らないだけで支えてくれる人がいてたりするんだろうか。謎だ。

「あ、銀城っち今年の夏祭り行くっスか?」
「夏祭り? 多分行くと思うけど」

毎年八月の最終日には割と大きめの夏祭りがある。そこで花火を一緒に見た人と結ばれるとかそういう迷信があったかで、男女で来る人が多いのが特徴だ。
去年はさつきと青峰と征十郎と行ったんだっけ。征十郎はイベントなどに疎かったりするので、私が連れ出さなきゃ世間知らずが深刻になる気がする。
まあ、単純に興味がないんだろうけど。

今年は誰と行こうかな。できるなら虹村先輩と行きたいけど、そんなことあるはずないので期待もしない。変な期待は傷つくだけだ。

「先輩達が今年はバスケ部で行かないかって言ってるんスけど銀城っちはもう誰と行くか決まってるスか?」

先輩達って誰だ。思いっきり肩を掴んで「虹村先輩はいますか」と問いただしたくなる衝動を抑えながら平静に聞いてみる。

「先輩って虹村先輩とか?」
「多分行くんじゃないっスかね」

神様は死んでなんかいなかったんだ。これはもう断る選択肢とかない。

「それがどうかしたんスか?」
「ううん、なんでも。それ楽しそうだし行きたい」
「りょーかい! 伝えとくっス!」

運が良かったら虹村先輩と夏祭りに行けるかもしれない。誰もいなかったら今すぐ全力疾走して叫んで跳ねて転がりたい気分だ。ああ早く八月が来ないかな、夏祭りが楽しみすぎる。
この時ばかりは悩みも不安も全部吹き飛んだ。


「紫原、これ食べないからあげる」
「マジ!? ちょー優しいじゃん」

こんなに喜んでくれるとあげがいがあるものだ。誰も食べないのになぜか家にあったまいう棒をほっとくのも勿体無いので紫原にあげようと持ってきたのだ。
いつもはしないことをするのもたまにならいいかもしれない。

「最近機嫌いいよね〜」
「そう? 普通だと思うけど」

こんなこと言ってるが機嫌がいいのは自覚している。それでも緩んでる頬をなおすことができないというのは大分重症なのかもしれない。でもこればっかりは仕方がないのだ。

「最近銀城張り切ってんな、なんかあったのか?」
「いえ……特に何も聞いてませんが」

征十郎に「なにかあったのか」と聞かれたのはまだ記憶に新しい。
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