中学2年の誕生日
六月。真っ青に澄んでいる空は梅雨のことなど忘れているようでここのところ晴れ続きだ。

「そーいえば今日きーちゃんの誕生日だね」
「あ」

ミートボールを箸で掴みながらなんでもないようにさつきは言った。その一言で咀嚼していた口は止まり、お弁当のおかずが好きなものばかりだった日が黄瀬の誕生日に変わった。
ーーすっかり忘れていた。そうだ。今日は黄瀬の誕生日だ。今から買えるものといえばジュースくらいか。いやそれだけっていうのはさすがに駄目か。

「もしかして呉羽ちゃん忘れてた?」
「忘れてたこともなくはない……」
「えー! プレゼントどうするの!」

問題はそこなのだ。誕生日を忘れていたことはそこまで問題ではなく、プレゼントを買っていないことに困り果ててるわけだ。
黄瀬ならどんなものでも喜びそうではあるが適当なもので済ますほど嫌っているわけではないし、なにより私が納得できない。忘れてた時点であれなのは一旦置いておこう。

「どうにかします」
「んーでもきーちゃんならなくても怒らさそう!」

伏せていた顔を傾けてさつきを見る。ちょうど真っ赤なさくらんぼがさつきの口の中に消えていった。

「絶対適当に言ってるでしょ」
「バレた? でもでも本当にそこまで気にすることないと思うよ」

確かに友達の誕生日にプレゼントが間に合わなくて後日渡すことなんていくらでもある。やっぱり気にしなくてもいいんだろうか。

「あ! ーー!ーー!」
「なに?」

口を開けて喋ればいいのにさつきは腹話術でもマスターしたいのか目を見開いたまま唸っている。眉をひそめて訝しげに見ればペロっと舌を出した。舌の上にはくくられたヘタがのっていた。

「なにこれさつきすごい! 器用だね」
「でしょでしょー! 私の特技なんだー!」



ーー完全に忘れてた。今日は黄瀬の誕生日だ。昼休みに思い出したはずなのにすっかり忘れてた。ここまできたら忘れてた方がマシだったぞ。だってもう授業は終わって放課後、部活の時間。

「どうしたんだ呉羽? 疲れているようだが」
「黄瀬の誕生日忘れてたの」
「ああ、なるほど。そこまで悩むことかい?」
「悩まなくていいと思う……そういえば征十郎は何あげたの?」
「俺は適当に選んだ参考書だ」
「!?」

誕生日に参考書……? これはボケと真面目どっちだ。征十郎はたまに分かりにくいボケをするから反応に困る。

「そういえば青峰はパイを投げると意気込んでいたな」
「災難だ……」

黄瀬のポジションが確実にいじられキャラになっているのは気のせいだろうか。弄りたくなるというかなんというか、そういう要素があるのは分かるが。

「赤司っち銀城っちー!」

今一番会いたくない人の声が後ろから聞こえて振り返らずに階段を高速で降りた。

「私やることあったから先に行く!」
「……銀城っちどうしたんスか?」
「ははっ、困ってるんだよ」
「?」



「疲れたー。暑いしアイス食べたい」
「今日の練習は鬼でしたね」

部活が終わって黄瀬の誕生日という名目でコンビニにいつものメンバーで行くことになった。黄瀬の誕生日っていう名目はついてるけれど、してることはいつもとほぼ変わらない。コンビニによる理由が変わっただけだ。
駄目だ。もうどうしようもないし諦めよう。オフの日に何か買って渡そう。そもそも私、どうしてここまで諦めきれないんだ。

「黄瀬」
「なんスか?」

立ち止まって少し前にいた黄瀬を呼ぶ。両手に持っている袋には大量のプレゼントが入っていて、中には中学生が買うには少し高価なものもある。本命なんだろうか。参考書らしき影が見えたのは気のせいということにしておこう。
これだけ貰っていたら別に私のがなくてもーー。二人の間に流れる空気は前を歩いてる彼らの騒がしさとは真反対の静けさだ。

「誕生日おめでとう」

あーだこーだ悩んでいた割に、言葉は驚くくらいに素直に出た。うん、まあ、誕生日はプレゼントどうこうよりも先ずは祝いの言葉を言うものだよね。もう夜だけど。

「俺が今日誕生日って知ってたんスか!?」
「え、うん。そのプレゼントの山見たら誰でも気づくと思う、けど」
「あ、そっスね」
「それなんだけどさ、まだ買えてないんだよね……プレゼント」

黄瀬はきょとんとしていて何を考えてるかはわからない。

「全然大丈夫っスよ!」
「本当ごめん。今度渡すね」

予想通り、まあ普通の反応。でも仮にあげてたとしてこの袋の中に埋もれるのは嫌だった、かも、だから結果オーライということにしておこう。

「あの銀城っち俺今見たい映画あるんスけど一緒に行かないっスか?」
「行く」
「即答!? 気遣わないでいいっスからね!?」
「ううん私が行きたい」
「本当っスか……?」
「天に誓って本当」

どうせ部活がない日は暇してるのだから予定がある方が有意義に過ごせる。黄瀬と遊ぶのは周りに注意するのが面倒くさかったりするけどそれも慣れたら意外と楽しい。

「絶対に忘れたら駄目っスからね!」
「う、ん。忘れない」

黄瀬が犬だったら絶対に尻尾がブンブン降ってるってくらいに笑顔で言われてしまって反応が遅れた。別に他意なんてない。不意打ちだったから、急にだったから驚いただけで。

「呉羽ちゃんきーちゃん! アイス買うけど何がいいー?」
「あ、そっち行く! 黄瀬は食べたいのある?」
「へ!? えーと、ソフトクリームがいいっス!」
「分かった」

静かに開いた自動ドアを確認してからクーラーの効いた店内に入る。

「呉羽熱あんのか?」
「……どうして」
「だってお前顔真っ赤だぞ」

本当に青峰はいらないことばかり気づく。手でパタパタと扇いでも顔に集まった熱はなかなか冷めない。

「今日暑いから!!」
「お、おう。んな怒らなくてもいいだろ」

だってあんなに嬉しそうな顔をされたらこっちが照れるじゃないか。そう、可愛いって思っただけ。カッコいいじゃなくて可愛い。
顔の熱が冷めきった頃にはもう買ったアイスは食べ終わっていた。
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