カーテンをめくる音と同時に朝日が差し込んでくる。突然の眩しさに思わず目を瞑った。
「お嬢様、おはようございます」
「……おはようございます」
眠い、何故こんなにも早く起こすように頼んだんだっけ。寝起きで働かない頭をフル回転させ思いだすーーーそうだ昨日の夜コーチから連絡があって、それでユキさんに頼んだんだ。
「朝食の用意はできておりますので、準備が終わりましたらいつでもいらっしゃってください」
「ありがとうございます」
いつもとなに一つ変わらない会話。起こしにくるのは親ではなく、昔からお世話になっている使用人のユキさん。最近は特に親の顔を見ていない気がする。征十郎の家とまでは言わないがもう少し自分の子供に興味を持ってもいいんじゃないだろうか。
「お食事中申し訳ございません。お嬢様宛に旦那様から伝言を授かっています」
「父さんからですか?」
「もうすぐ中学三年生なので高校の事を考えておくようにとのことです」
「……そうですか。決まり次第お伝えします」
何を言ってくるかと思えば「将来のことを考えておけ」なんて。放ったらかしにするのならいっそ、一切関わってこなければいいのに。
もう夏休みも終わったというのにジリジリ照りつけてくる太陽は嫌いだ。早く冬になればいい。全中二連覇を達成したあの日からは特に変わったこともなく、変化といえば三年生が引退したことくらいだ。
太陽を睨みつけながらしばらく歩いていると、信号待ちしている目立つ赤髪を見つけた。
「征十郎」
「呉羽か。おはよう」
「おはよう。征十郎も呼び出されてたんだ」
「ああ、呉羽もだったとは知らなかったな」
てっきり私だけかと思っていたが征十郎も呼び出されているとなると他にも誰かいるのだろうか。
「話ってなんだと思う?」
「三年生が引退したから二軍からあがってくるメンバーのこととかじゃないか?」
「あり得そう。だったら部活中にでもいいのに」
それならこんな朝早くに来なくてもいいし、ゆっくり登校できる。私よりも少しだけ高い位置にある征十郎の顔には汗ひとつ浮かんでいなくて、私は征十郎の分まで汗をかいてるんじゃないかなんて考えてしまう。
「早く来すぎたみたいだな」
「私ここで待ってるから征十郎体育館見てきてよ。暑すぎてもう動けない」
「……仕方ないな」
「ありがと」
廊下を歩く後ろ姿に貫禄を感じる。違うな、貫禄というか威厳。廊下がレッドカーペットにでも見えて来そう。
……くだらないこと考えてないでコーチが早く来てくれるのをひたすら祈っておこう。
「呉羽ちゃん!」
「さつき!」
「呉羽ちゃんもだったんだね」
「うん、さっきまで征十郎も……あ、コーチ」
皺ひとつないスーツを着て朝からキチッとしている姿を見ると、こっちの気持ちまで引き締まるような気がする。
「赤司はまだか」
「職員室にコーチがいなかったので、体育館の方を見に行ったんですがまだ戻ってきていないです」
「そうか……。桃井、銀城、慌てずに聞いてほしい」
いつもよりもずっと真剣な顔をしたコーチに漠然と嫌な予感がした。
「白金監督が倒れた」
鈍器で頭を殴られたのかと思った。隣でさつきが息を飲んだのがわかった。けど衝撃を感じたのは一瞬で、何故か落ち着いて事態を飲み込んでいる自分がいた。
「元々監督は病を患っていて、今までは無理をして監督をしていらっしゃった。……今後監督に復帰することはない」
「私…赤司君に伝えに行ってきます!」
走っていくさつきとは反対に何もできないまま突っ立っている自分が酷く、可笑しく思えた。
「あの……監督のお見舞いに行くのは可能ですか」
「ああ、それならーーー」
「監督!!」
コーチから教えてもらった病院へ着いたのはあれから少し経った頃だった。征十郎や虹村先輩達に同伴して来たものの、何か話したいことがあるわけではない。先輩達が一通り話したのを見計らって声をかけた。
「監督、その、お体は大丈夫ですか」
「大丈夫、死にはしないさ」
「そう…ですか。無理はしないでください」
「ふむ……銀城、少し私と話をしようか」
「え?」
突然の提案に驚いた顔を上げると、いつものように柔らかい笑みを浮かべた白金監督が居た。