蜃気楼で隠して
季節は夏に近づきそろそろ蒸暑くなってくる頃、相変わらず今日も土砂降りの雨だ。雨だと洗濯物が乾くのが遅かったり色々と支障が出てくるのでそろそろ青空がみたい。

白金監督の練習が始まりだし、全中が近づいてるのを実感する。練習内容も更にキツくなってそれと比例して選手へのサポートも増え、マネージャー業も忙しくなってきていた。
今も洗濯物とボトルとタオルの準備を終え、必要な人にテーピングをしているところだ。怪我をしては今までの練習が無駄になってしまうのでテーピングをする時はいつも以上に真剣になって注意深くするように気をつけている。
しかも、私が今している相手は幸か不幸か虹村先輩なのだ。緊張してるのが伝わらないように真顔を保ちながら丁寧にしていく。

「わりぃな銀城。お前のテーピング丁寧だからつい頼んじまうわ」
「ありがとうございます」

先輩、多分それちょっと贔屓入ってますよ。というかその台詞は反則じゃないか。ポーカーフェイスの練習、黒子に教えてもらいたいかもしれない。……うん、すっごい嬉しい、これは気をぬくとすぐに頬が緩んでしまうパターンだ。 この気持ちをそのまま口に出すことができたらもっと楽なのかな、もしかしたらもっとかわいがってもらえたりもするんだろうか。
だからと言って素直になれるというのはまた違う問題なのだけど。想いを伝えれるのは先が長そうだ。


「銀城、俺もう帰るから戸締まり頼むな。暗いから気をつけて帰れよー」
「はい!ありがとうございます」

最後まで残っていた先輩が帰っていく。もうそんな時間なのか。
今日はいつもしてくれているマネージャーの先輩が忙しいらしく明日の準備を任されたのだ。しかし思っていた以上に量が多くて慣れなてないことも相まって随分と時間がかかってしまった。
これを毎日してくれている先輩はほんとうに尊敬すべき人だ。

無事に明日の用意を終わらし外をみてみる。もう雨も降っていなくて、夜は降ってもいいんだけどなんて思ってしまう。
体育館に人が残っていないのを確認してから鍵をかけ、校門まで歩いていく。
時間を確認するともう時計の針は9時を過ぎていた。外はもう暗くて下校してる人も一人二人くらいだ、事前に家に連絡をしておいてよかった。

今日も疲れた、明日も頑張ろうなんて思いながら校門を過ぎたくらい。

「銀城? 珍しいな、こんな遅くまでなにしてたんだ?」
「虹村先輩!?」

どうしてここにいるんだろうか。今日最後まで残っていたのは虹村先輩じゃなかったし、虹村先輩ならすぐに気づいているはずだ。
思ってもいなかった偶然に心拍数が急激に上がっていく。

「てかお前一人か!? あぶねえだろ……しゃーねー、近くまで送ってやるよ」
「えっ!?」

予想だにしてなかったことに思わず大きい声がでてしまうーーちょっと待って、つまり一緒に帰れるってことなのか。
ニッと笑う私の好きな先輩の笑顔に頭がクラクラしてくる。少しだけ顔を背けながら「ありがとうございます」と返事した。


虹村先輩と帰りの方向が同じなのは知っていたが、方向が同じなだけで私の家の近くまで送るとなるとものすごい遠回りになるはずだ。
そういう人に優しいところも素敵ですーーなんて、どうあっても口には出来ない想いを心の中で静かに呟く。

「今日は先輩がどうしても外せない用事があったみたいで代わりに明日の準備してたんです。もっと早く終わるって思ってたんですけど意外と時間かかってしまって」
「それでも遅くなるんだから今度からは誰かに残ってもらえよ。赤司なんかお前の従兄弟だろ」
「今度からそうします……」

胸が苦しい。二人きりは心臓がもたない。バクバクうるさい心臓がどうか虹村先輩に聞こえませんように! まるで少女漫画の主人公みたいなことを思う自分に笑ってしまう。けどこの偶然を起こしてくれた神様には一応感謝しておいた。
ーーどうして主将を征十郎に譲ったのか聞いてもいいんだろうか。
うるさい心臓を抑えながら口を開く。

「あの、先輩ーー」

……虹村先輩は責任感が強い人だ。そんな先輩が主将という皆をまとめる役目を簡単に降りるわけない、何か深刻な事情があるんだろう。

「ん、どうした?」
「もうすぐテストじゃないですか、私数学苦手なんです。だから今度時間があれば教えてもらえませんか?」
「なんだそんなことかよ。んなもんいつでも教えてやるよ」
「約束ですよ?」

咄嗟に嘘をついた。私はそんな込み入った事情を聞けるような立場にはいない。
私はただの部活の後輩で、きっと私と虹村先輩の関係がそこから変わることなんてない。
それでいいのだ、振られて今の関係が変わってしまう方が私にとっては何よりも怖い。

「先輩、ここで大丈夫です。今日はありがとうございました」

私の感謝がちゃんと先輩に伝わるように頭を下げてお礼を言う。

「お、そうか……銀城ーお前も女なんだからもうちょい気をつけろよ」
「ーーっ!」

急に頭を撫でられる。それは恋人にするような優しいものじゃなくて飼ってる犬にするみたいな乱暴さだったけどそれでも、それでも嬉しかった。
赤くなった顔を隠すようにもう一度深く頭を下げた。
夜風に熱くなった頬を覚まされながら離れていく先輩の後ろ姿をみて、そっと撫でられた頭を触ってみた。

「本当は数学得意なんだけどなあ……」
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