お前が尊すぎるからいけないんだ




※上鳴視点


 昼休み。食後に教室で切島と駄弁っていると、なんと説明すればいいのかわからないトーンで背後から「上鳴ちゃん」と呼ばれた。クラスで俺のことをそんな風に呼ぶのは一人しかいない。「どした?梅雨ちゃん」と振り向くと、猫背のせいか思ったより頭の位置が低い、クラスメイトの蛙吹梅雨がいた。

「私、思ったことを何でも言っちゃうの」
「うん?」

 このやり取りは、と思った。小学校、中学の頃から何度も何度もされてきたあの質問ではないだろうか。まさか梅雨ちゃんからそんな野暮ったい内容の話をされるとは思ってなかったけど、他人の恋愛事情に関心があるってところはやっぱ女の子だな。そうは思いつつも、違っていたら恥ずかしい。梅雨ちゃんの言葉は遮らずに、その続きを待ってみた。

「上鳴ちゃんは、お茶子ちゃんが好きなの?それともなまえちゃんが好きなの?」
「おお、そう来たか」

 てっきりなまえちゃんと付き合ってるの?とかそういう質問だと思ったら、まさかの麗日。まぁね、確かに昨日は麗日をごはんに誘ってみたけどさ。あんまりいい返事は貰えなかったわけで。
 「どっちも好きだよ」と軽いノリで返すと、「そんなことはわかってるわ」と返ってきた。え、梅雨ちゃん怒ってる?なんか怖い。

「梅雨ちゃんヤキモチ?俺とごはん行ってくれるの?」
「行かないわ」
「えー、即答」

 ツライなーと笑うと、その様子を見ていた切島が呆れたように「お前軽すぎ」とため息を吐いた。いやいや、女の子を食事に誘えども手を出してるわけではないし、軽いわけではないはず。そりゃお堅い切島と比べたら軽いんだろう。でもな俺は思うわけ。まだそんな経験はないけれど、付き合った女の子の数だろうが、デートの数だろうが、人生何事もそういった経験値というのは必要だって。

「いやだってさ、なんかこう、男らしくないんだって!好きな女の子は一人に絞れよ!」
「えー!だって、振られたらもう違う子行くしかなくね?」
「そういう切り替えの早さがダメなんだと思うわ」

 梅雨ちゃんの容赦ない切り返しに、切島もうんうんと大きく頷く。そして、「お前は節操がなさすぎる!」と力説。
 そこで別に食事くらいいいじゃんと思ってしまうのは俺が軽薄な証拠なんだろうか。食事を通してお互いのことを知れたらとりあえず仲は深まるし、付き合う付き合わないはその後考えたらいいと思うんだ。そんな俺の意見は、硬派な切島と、真面目女子の梅雨ちゃんには認められないらしい。挙句の果てには「よくもまぁみょうじは我慢していられるな」なんて。

「え?なまえ関係なくない?」
「関係ねぇの?」
「ないの?関係」
「関係ないんじゃないかなー、と思うんだけど……え?逆になんで関係あると思うの?」

 切島と梅雨ちゃんはお互いの顔を見合わせて、数秒何かを確認しあった。無言で。や、なんかちょっとこええんだけど。
 そして一体何を思ったのだろう。ぱっとこちらに向き直った梅雨ちゃんが「上鳴ちゃんはなまえちゃんのことを好きなんだと思っていたけど」とド直球なことを首を傾げつつケロッと言ってのけた。切島の表情を見る限り、同じ意見らしい。あー、はいはいそう見えるのね。過去何度も何度も受けてきた質問。聞き飽きちまったよ、これ。本来はデリケートなことなんだろうけど、もうこんなことくらいでは俺の心臓はドキリと音を立てたりすることはない。変に慣れてしまった。そして、そういう質問が来るたびに、俺はいつでもこう返す。

「まぁ、好きだけど」

 その言い方があっさりさっぱりし過ぎていたのがダメだったのか、二人揃って眉間に皺を寄せた。あ、この顔はぜってぇ納得いってねぇな。案の定「えー…」と声を上げ、そうじゃねぇんだよと言いたげな切島を前に、どんな答えなら納得がいくんだと思う。だって、俺、なまえのこと好きだし。これ以上なんと言えば伝わるというんだ切島よ。

「だーかーらー!なんか軽いんだって!お前からは本気度が全然伝わってこねぇ!」
「切島ちゃんに同意だわ」

 それこそ「えー…」だ。軽いと言われてもよくわかんねーんだけど。俺は別に嘘ついてないし、真面目になまえのこと好きだもん。そうは思えど火に油を注ぐようなことは言いたくない。またこれだ、と思わずため息がこぼれた。
 十年近くなまえとの時間を共有してきて、俺の中でずっとずっと納得がいかないのが、こういう他人のお節介だった。
 このテの質問は男女幼なじみ族が必ずぶち当たる壁のようなものだと思っている。変に誤魔化すと噂が一人歩きをし始めて、手に負えなくなるのは小学生の時に経験済みだ。だから俺は俺なりにちゃんと「付き合っていない」「俺はなまえのこと好きだけど」と誠実に対応はしてきたつもり。多分なまえも同じことを俺のいないところで何度も何度も聞かれてきていて、同じように答えているはず。
 そもそも、だ。いくら幼い頃から仲良しであったとしても、お互いの性格が合わなかったり、嫌なヤツだったりしたら、こんなにも一緒にいたりしない。俺もなまえも、お互い好きだから一緒にいる。けど、別に付き合っているわけではない。ただそれだけだ。それがただ一つの真実なの。
 そう言うと、大体のヤツは「へぇ、そうなんだ」と言う。理解出来たような口ぶりで語り悟ったようなことを言う、そういうヤツらが実は何も理解をしていないことは俺みたいなバカでもわかる。そいつらが心の中で思っていることは、十中八九「愛情の好きと友情の好きの区別がついていないんだコイツら」ということだと思う。なまえはともかく、俺は別に区別がついていないわけじゃないのに、だ。正直に言うと、この話題もう飽きた。ちょっとめんどくさい。切島にしても梅雨ちゃんにしても、俺たちの関係が何であっても別にどうだっていいはずなのに、なんでこうも近所のオバチャン感覚で世話を焼いてくんだ。うーん、なんかほんと、そっとしといてほしい。

「なぁ、この話題もうよくね?なんかめんどくさい」
「……ん、まぁ周りからあれこれ言われるのも嫌だろうけど」
「あんまりなまえちゃん悲しませないでね。私が言いたいのはそれだけなの」

 顔に出ていたのか、ただ俺の気持ちを汲んでくれただけなのか。切島からも梅雨ちゃんからも、それきりなまえの名前は出なくなった。いや別に、なまえの話題を出して欲しくないわけじゃないんだけど。まぁ余計な詮索されなくていいなら、これはこれで楽か。

 もうすぐ午後の授業が始まる。予鈴を前に、お菓子やらスマホやら音楽プレーヤーやらでぐっちゃぐちゃの机を片付けないと。次の授業なんだっけ。あーあ。なーんかやだな。めんどくせ。
 梅雨ちゃんはああ言っていたけど、俺が他の女の子に声を掛けたところで、なまえが悲しむわけはない。なまえは、俺に恋愛感情なんて持ってないんだから。

「……俺は結構本気だったけど、」

 虚しくなった心の中を整理するように、小さく小さくそう呟いた。教室の雑音にすぐにかき消されてしまっていたけれど、モヤモヤした気分は全然晴れなかった。

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