繋いだ手に嘘はない




 午前最後の授業が終わり、教科書ノート筆記用具類を片付けていると、机の上に影が落ちた。「みょうじ、昼一緒に食わねぇ?」なんて誘って来たのは、今までロクに話したことのなかったクラスメイトの切島くんで。
 ん?どうして私?
 切島くんの背後には、なんだかよくわからないけど不満そうな顔をしてそっぽを向く電気の姿がある。ああ、電気のツレってことで私を誘ったのか。納得納得。それにしても電気、なんか昨日から元気ないんだよね。理由聞いても何にも言ってくれないし。一体どうしたんだろう。
 とはいえ、切島くんの誘いについて特に断る理由はない。「いいよー」と間延びした返事をすると、「よっしゃ!」と威勢のいい声が上がった。おお、前から思ってたけど、切島くんてなんか熱いな。夏に一緒にいたら燃えてしまいそう。熱すぎて。

 ところで。
 私は、他人から見て自分が「話し掛けやすい人間」であるとは思っていない。こう見えて他人からの視線や評価は気にするタイプ故に愛想はいい方だと思うので、素っ気ないとか、そういう印象を与えることはないはず。ただ、仲が良い同性相手でもなければ話を盛り上げたりするのはどちらかといえば苦手だ。慣れない相手との会話は長続きできない。相手が話し掛けてくれれば楽なのだけど、その場合もうんうんと、ひたすら頷いているだけではないだろうか。
 だからというかなんというか、切島くんの、良い意味で相手の思っていることを引き出そうとする話し方はとても新鮮に感じた。私の下手くそな返しにもちゃんと乗ってくれるのに、だからといって一方通行な会話にならない。なんといっても話の引き出しがすごい。素直に尊敬できる。友達多いんだろうなぁなんて想像は容易だった。ムードメーカーのような役割を担っている、というところは、電気にも通じるところがある気がするし、この二人は何かと気が合いそうだ。
 そしてずっと気になってたんだけど、ラーメンやら丼やらフライドポテトやら、食べる量が本当にすごい。電気よりもがっちりした体型の切島くんは、トレーいっぱいにカロリー計算の大変そうな料理の数々を乗っけている。見ているだけでお腹いっぱいになりそうだ。電気なんかは大食いというわけではないので、あまり視界に入れたくないのだろう。丼とミニサラダだけがちょこんとトレーに乗っていた。かくいう私も、メインが違うだけで概ね電気と同じような内容だ。はぁ、切島くんすげぇ。
 美味しい食事を楽しみつつも、話題は学食の好きなメニューから、爆豪くんが面白いっていう話題に飛び、最終的には今日行われた委員長選出の件に収まった。

「今日の委員長選びさ、みょうじ一票入って無かったよな?誰か別のヤツに入れたの?」

 唐突に発された切島くんの言葉に、電気もそういえばそうだな、と首を傾げた。ヒーロー科にいるのに、そういうのやりたくねぇの?と言わんばかりの表情二つがこちらをガン見している。私は秘技、愛想笑いを繰り出した。

「いやぁ、恥ずかしながら私、そういうの向いてないと思うんだよね。だから、飯田くんに清き一票を」

 自分のことを話すのはあまり得意ではない。恥ずかしいのを誤魔化す為に、ベタな感じでてへへと頭を掻いて見せる。「なんで?」と疑問に思う声はダブっていた。やっぱり仲良いね君たち。んん、なんて言えばいいのかな。

「飯田くんに入れたのは、仕切るの上手だし、すごーく真面目な人だから、しっかりやってくれそうだなって。そういう理由かな。
 自分が委員長向いてないって思うのは、ほら、この間のヒーロー基礎学で実感したんだよね。私、電気とか切島くんみたいな切込隊長的な人とチームを組んで、初めて人の役に立つんだって。頭良いわけじゃないから響香ちゃんみたいに機転も効かないし、戦略立てたりとかも苦手だし。スタートからみんなよりだいぶ劣ってる今の私は、一人じゃ何もできないんだなって思ったの。元々誰かに、特に電気にだけど、人に引っ張ってもらわないと自分から何かしようとはならなかったし。って、えっと、言いたいこと伝わってる?んと、なんて言えばいいのかな」

 あまり回転の早くない頭を一生懸命に回して、手振り身振りを交えて説明する。
 要は、私は一人じゃ何も決められないし、行動もできない。みんなを率いて勝利に導くような主人公タイプじゃない、ということ。爆豪くんがよく言っているような、そう、モブなんだ。村人Aでもいい。とにかく、人より秀でた何かを持っているわけじゃない私は、私より凄い人を支えてあげたり、助けてあげたりする役割の方が性に合っていると思う。むしろそういうモブでありたい。シールドという誰かの補助をする為にあるようなこの個性は、そういう意味でも私に合っている気がするんだ。
 そしてそんな私がヒーローになりたい理由は、もちろん最初は電気が雄英に行きたいと言い出したからというのもあるけれど、今はこういう個性を持っているから、というのが一番大きいかもしれない。防御特化の個性は珍しいと聞くし、ヒーローにでもならないと活用出来そうもない。私はモブなりに、他人の役に立ち、人を守る力をつけたいんだ。
 もちろん、何れはみんなをまとめられるようなすごいヒーローになりたい。けど今の自分は発展途上。自分のことさえままならないのに他人のことまでとなると荷が重い。だから今回は見送った。二年生になったら立候補できるくらい、自分に自信が持てたらいいなって、そんな感じ。

 私の目の前の席に座る切島くんが感心したように、みょうじすげぇな、と呟いた。いやいや、すごくないからモブなんだよ、と笑顔で返す。

「や、なんていうか、自分のことそんな客観的に見れるのすげぇと思う。だからって悲観してるわけでもないし、自分が出来ることを探して、実行するのなかなか出来ることじゃねぇと思う。俺、すげぇ好感もてるわ」

 え、と切島くんの隣にいる電気が声を上げた。多分最後の一言が気になったんだろうけど、それは言葉のアヤというか、多分切島くんに深い意味はないと思うよ、と心の中で電気に語りかける。もちろん聞こえるわけはないんだけど。
 自分の実力をどう見ているのか、どう評価しているか、どうしてヒーローになりたいのか、なんて話は、真面目な話があまり好きではない幼なじみ歴十数年の電気にも話したことはなかった。軽いノリでの会話はあったけれど、こんな詳細に話すのは本当に初めて。
 私の決意を初めて知った電気は、一体どう思ったのだろう。すごくすごく複雑そうな顔で、知らなかった、とぽつり漏らす。

「……そんな風に考えてたのかよ」
「え、あー。まぁ。……初めて言ったね」
「え!?上鳴この話聞くの初めてなのかよ!」

 なんだか気まずそうに、電気は小さく肯定の返事をした。こんなに仲良いのに、お互いのことで知らないことなんてあるんだな、なんて驚く切島くん。そりゃそうだよ。幼なじみだからって、なんでもかんでも知ってるわけじゃない。こういう関係だからこそ、敢えて話してないことはいっぱいあるんだから。
 電気はというと、なんだか、少しショックを受けているように見えた。ずっと一緒に育ってきた私のことで知らないことがあったのがそんなに衝撃的だったんだろうか。いやいや、こんなもんじゃないよ。電気が知らない私の気持ち、たくさんたくさんあるよ。知ったら驚くだろうな。多分この先も言う機会はないと思うけどね。

 トレー上のお皿はだいぶ片付いてきた。けれどそろそろ話題を私のことから他に移ってほしいな、と地味に電気の話を織り交ぜようとした時だった。突然けたたましく鳴り響いた警報に、その場にいた全員が一同に肩を跳ねさせる。パニックを煽るような、心を不安にさせる強烈な音。そして続く、「セキュリティ3が突破されました」という音声。え、なに?どういうこと?

「う、わ!」
「なまえ!?」

 突然の警告音にみんなパニックになってしまったのか、「避難してください」と機械的に繰り返す放送に恐怖を感じ、食堂にいた人たちが出入口に向かって一斉に動き始めた。まるで雪崩のようなそれに、二人とは机を挟んで反対側に座っていた私は一人、なす術なく飲み込まれてしまう。こんな状態では個性もまともに使えない。電気と切島くんは大丈夫だろうか。ぎゅうぎゅうと押されに押されて狭い廊下まで流され、すし詰め状態にされてしまって、息苦しい。誰かの身体と誰かの身体に挟まれて、私の手足はもげてしまいそうだった。暑いし苦しいし痛い。死んじゃいそう。

 何分その状態を耐えていただろう。時間が経って、みんな落ち着いてきたのだろうか。徐々に他人との間に隙間が出来始めた。漸くまともな呼吸ができる。あと少し遅かったら、私、生きている自信は無かったよ。大きく大きく呼吸を整えていると、手首をきゅうっと掴まれた。誰だろうと思う前に「なまえ!」と呼び掛けられて、私を掴んだ手は電気のものだとわかる。姿は見えないけれど、切島くんの声も微かに聞こえた。電気の近くにいるんだろう。はぁ、良かった。二人とも無事だったんだ。
 少しだけ空間に余裕ができたと言っても、人口密度は過度に高い。知らない人の身体の隙間から電気の顔が半分見えている程度で、やっぱり暑い、苦しい。もう少し早く来てくれてたら良かったのに。一番心が折れそうだったピークの時は、数分前に過ぎちゃったよ。

「わりぃ、見失っちまって。大丈夫か?怪我してねぇ?」
「へいき、ちょっと息苦しいけど、」
「さっき飯田がみんなを落ち着かそうとしたところ。多分、すぐ楽になると思うから」

 大丈夫、と言わんばかりに手を力強く握られた。それだけのことなのに、離さないぞ、という意志が伝わってきて、思わずドキンと心臓が高鳴る。わぁ、こういうところかっこいい。なまじ顔がいいだけに、そういう精神的にも支えてくれるようなことをされると、なんだか照れちゃうな。

「ありがと、嬉しい。死んじゃうんじゃないかって、ちょっと怖かった」
「雄英来てから死にかけてばっかだな。もう大丈夫だから、安心しろ」
「ん。電気がいてくれるから、安心した」

 もう一度、ありがとう、とお礼の言葉を述べる。電気は一瞬たじろいだように見えたが、満更ではないようで、おう!といつものように軽く、へらっと笑ってみせてくれた。
 昨日何があったのかはわからないけれど、元気になったみたいで良かった。昨日の半日と今日さっきまではなんだか難しい顔をしてばっかりだったもんね。
 久しぶりに幼なじみの笑顔が見れた気がして、嬉しくなってしまったんだろう。こんな状況なのに、私もつられてへらっと笑ってしまった。

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