すべてがひらけるとき




※上鳴視点


 四月某日。今日は俺たちの入学式だ。

 春らしさはあまり感じられないお馴染みの住宅街を、お馴染みの女子と歩く。春休みに入る前とは対して変わらないように感じるけど、俺たちが着ているピカピカの制服にはたくさんの期待と不安が詰まっていた。
 真新しい制服と新たな出会いにうきうきしているのか、ちょこちょこと小さな歩幅で楽しそうに隣を歩くなまえは、俗に言う幼なじみというやつだった。
 幼なじみというとありがちな、家が隣同士とか、親同士がめちゃくちゃ仲がいいとか、そういうコミックみたいなことは俺たちの間にはない。徒歩五分くらいで互いの家を行き来できる。幼稚園から中学校までずっと同じ学舎へ通っている。ただそれだけの、ごくごくありふれた「幼なじみ」。俺の十五年ちょっとの人生のほとんどは、なまえと共有したものだった。

 正直、高校まで一緒になるなんて夢にも思わなかったわけだけど。

 ちらりと頭一つ分くらい背の低いなまえを視界に入れる。
 雄英の制服姿を見るのは初めてではない。春休みの間に漫画やDVDの貸し借りのため何度か家に遊びに行ったけど、その時にまるで私服のように試着をしていたから。本当に嬉しそうに、楽しそうに、何度も何度もクルクル回ってスカートを翻す姿は、まさに眼福。「ああ、神様ありがとう」なんて、それまで大して信仰していなかった全知全能の絶対者に感謝の意を述べるほど。最高だ。神様最高。雄英最高。

 まさに奇跡だった。
 俺のあまり賢くはない頭と、なまえの超防御特化の個性で、二人揃って雄英に入れるなんて。俺は筆記、なまえは実技が終わった瞬間、それぞれ詰んだ、もうダメだと項垂れた。
 最初は正直、雄英なんて受かったらラッキーくらいにしか思ってなかった。けれどそこを受験すると決め、実際に足を運んだとき、ここじゃないと嫌だと思った。さすが国立というべきか、すべてに於いて、まさに圧倒的。一目見ただけで、雄英卒業者は成功すると言われる所以がわかった気がした。
 絶対ここに入る。そう決意を固めてなまえと二人で大ッ嫌いな勉強を死にたくなるほど頑張った。雄英に入るために、そりゃあもう頑張ったんだ。
 その他多数の高校は眼中に無かった俺となまえが、それでも滑り止めは必要だと保護者と教師に無理矢理受けさせられた高校は、雄英と比べると天と地ほどの差があった。

 雄英の試験の帰り道。絶望に打ちひしがれて呆然と、ただただその疲れを癒す為に家路を辿っていると、なまえが鼻を啜りながら俺の鞄をくいっと引っ張った。とりあえず後は結果を待つだけの身となったことを祝ってマックに行こう、と言い出したなまえの今にも泣き出しそうな顔は記憶に新しい。
 ああそうだ。二人とも受かって本当に良かった、と改めて思う。
 それまで我慢していたんだろう。泣くのを必死で堪えるあまりブサイクになってしまった顔で「落ちちゃったかなぁ」なんて珍しく弱々しい声色でなまえが尋ねてきた。それが、なんか見てられなくて。つい軽い気持ちで「ぜってぇ大丈夫だって!ヘコむなよ!」などと全く根拠の無い励ましを、それもしつこいくらいにしちまったんだ。
 その時は俺もへこんでたから発言について深くは考えなかったけれど、後になってとんでもなく後悔した。そんなことを言った手前、もし。もし仮に俺だけ受かってなまえが落ちていたら。
 どうしよう、どうしよう、なんてそりゃあもう焦ったわな。自己採点で合格ラインギリギリであることを確認して、余計に。
 実技は多分、大丈夫だと思っていた。やばいのは勉強だけだと。俺が大丈夫ならなまえもきっと筆記は問題ないはずだから。やっぱり実技、が。…………。

 そんなこんなで結果発表までの数日間は緊張のあまりゾンビのようになっていたらしいがその辺記憶がぶっ飛んでいる。
 ともあれかくもあれ、それら全てがいい思い出と相立ったのだ。これが奇跡でなくてなんだというんだこんちくしょう。あー良かった!この制服姿を平静な気持ちで拝むことができて本当によかった!

「あー、マジで奇跡最高!」
「まーた言ってる。実力ですよ?」
「運も実力のうち、ってやつか!」
「そうそう!」

 いつもと同じ、しょーもない会話。嬉しすぎてテンションがおかしいみたいで、二人してバカみたいにへらへらと笑う。なんだか実感はあまりないけど、そうだよ、俺たちはあの雄英生になれたんだ。
 これからどんな楽しいことが待ってんだろう。
 期待と、緊張と、少しの不安。それからこの制服に身を通すことが出来る喜びに胸を張って、俺たちは今日、ヒーローになる為の第一歩を踏み出した。

 ……はずだった。

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