ふれたらきえるシュガー




 結論を先に言えば、特筆するような出来事は何も起きなかった。夢に見たようなことなんて、前兆も見当たらない。
 ううん、確かに珍しく切島くんから話し掛けられることはあったけど、上鳴くんとふざけあっていてぶつかられたのを謝ってくれたくらい。その他は何も、という感じだった。
 特に注意していた放課後も、どこかへ行く予定があったのか、ホームルームが終わった直後に上鳴くんと二人で教室からぴゃーっと出ていってしまって、あ、何も起きないんだな。と安堵した。何があの未来への分岐点になるのかがわからないだけにヒヤヒヤしていたけど……まぁなんか、とりあえず良かった、って感じかな。

「……でも、なんで切島くん、だったんだろう」

 数年前に流行った愛らしい造形のキャラクター。そのモコモコとしたクッションを抱きしめて、ベッドの上でふと、そんなことを口にする。着ているパジャマから香る柔軟剤の匂いが鼻を掠めて、なんだかうとうとしてきちゃう。
 男子なら、尾白くんや上鳴くんと話す方が回数としては多い。そういうロマンス展開があるとしたらそっちな気がするけど……。

 いやいや、深くは考えまい。

 何はともあれ、個性のせいで見た予知夢は外れたんだ。一日緊張してたから、ちょっと疲れちゃった。今日は早めに寝て、明日もしっかり頑張ろう。
 ……できれば、明日予定している英語の小テストの問題の中身が、夢に出てきてくれたらいいんだけど。

「まぁ、何が夢として出てくるかは完全にランダムだし、そんな都合よくいかないけどね」

 もしかしたら響香ちゃんや百ちゃんとお弁当を食べている夢かもしれないし、B組の一佳ちゃんや唯ちゃんとお話している夢かもしれない。授業中のことを夢に見るかもしれないし、夜ごはんにお寿司が出てくる夢かもしれない。
 特定の時間や場所、人の夢を見ることはできないから、もし見ようと思うのであれば何度も何度も寝たり起きたりを繰り返して明日一日に起きることをパズルのピースのように埋めていく他ない。その作業の辛さは、入試の時に経験した。睡眠不足もいいところだし、得る情報量が多すぎて頭痛が起きやすくなっちゃうから。入試の実技試験対策とはいえ、あんなことはもう二度とやりたくない。
 ふぅ、とため息を吐いて、布団をかぶる。アラームをセットして、スマホを枕元に置いた。電気を消すと、真っ暗闇だ。

 おやすみ、明日はいい夢が見られるといいな。



*****



「………なんで、」

 寝起きとかなんとか関係ない。頭は冴え冴えのピカピカで、現実に戻ってコンマ一秒もしないうちに脳みそはフル回転している。
 それもこれも、全部全部個性のせいだ。

「どうして、昨日と同じ夢……」

 一度見た光景とはいえ、それを見て何も思わないほど男子と深く接してきたわけじゃない。熱く火照った顔を布団に埋め、唸る。
 ……なにこれ。呪い?切島くんの呪いなの?私を恥ずかしさでショック死させるつもりなの?私、切島くんに何かしただろうか。ぶつかられることはあってもぶつかりにいった記憶なんてない。恨まれるようなことは、何もしてないはず。
 ならどうしてあんなに真剣な表情で、私のことを見つめるの。長い時間を、無言で。視線ごと貫かれるような、そんな感覚まで残っている。それに夢の終わりに見た赤い舌が、脳裏に焼き付いて離れない。やだ、もう。恥ずかしい。死んじゃう。死んじゃうよ。
 なんでこんな夢を、二日も続けて見ないといけないの。付き合っているわけじゃないクラスメイトの男の子とこんないけないことをしている夢を見るなんて、どう考えたっておかしい。

 だってこれは。つまり、今日も昨日と同じく、切島くんとキスをする未来が存在するってことだ。

 どうして。どういうこと?
 騒いでも呻いても学校に行かないわけにはいかない。いつもより重い身体を引きずるようにして、私は自室をあとにした。

/ 戻る /

ALICE+