小さな革命をきみの心に




 学校に着いて、授業を受けて、いつも通りの日常を過ごす。まだ午後の授業もいくらか残ってはいるけど、いつも通りという事は、あの夢を見て二日目の今日も、切島くんと話すことは特になかった、ということだ。
 ますますわけがわからない。やっぱり私たちは会話の少ないただのクラスメイトであって、それ以上でもそれ以下でもない。なんであんな未来に繋がる可能性があるのか、全く理解ができない。
 何も悪いことをしているわけではないのに警戒するような態度を取ってしまって、切島くんにも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。彼は私とは違うグループにいるし、上鳴くんや瀬呂くん、爆豪くんとの会話に夢中でこれっぽっちも気付いてないと思うけど。

「なんか、悩み事?」
「尾白くん」

 眉間に皺を寄せた難しい顔のまま、シャーペンでノートにぐるぐるモヤモヤしたものを描いていたのが気になったらしい。ぱっと見上げると、尾白くんがその謎の物体を指差しながら、苦笑いしていた。

「これ、今の私の頭の中。すごいことになってるでしょ」
「うん、すごくモヤモヤしてるんだね」

 どうかしたの?と優しい声色で尋ねられ、うーん、と一拍置いて悩んだ。相談しようにも、切島くんの名前を出すわけにはいかない。だけど一人で考えていても答えは出ない。何より、溜め込んで考え過ぎるのが気持ち悪いから、誰かに話してしまいたかった。
 だいぶ暈して話すけどごめんね、なんて前置きをしたけど、尾白くんは気分を害することなく頷いてくれた。

「えっとね、夢を見たんだけど、」
「ああ、予知夢」
「そう。なんかね、別に好きじゃない人とその、そういう感じになっちゃう夢を見て」
「……そういう感じ?」
「えーっと、なんていうか、ちょっと言いにくい感じの……」
「……あー、うん、なんとなくわかった。多分」

 尾白くんはあまり恋愛事に耐性がないのか、照れたようにこめかみの辺りを掻き、視線を私から逸らした。こういう話、苦手だったんだね。そうとは知らず申し訳ない。だけど赤い顔をしているにもかかわらず「ごめん、続けてください」なんて申し出てくれた彼の好意に甘えて、話を戻すことにした。
 そんな雰囲気もないし、話をする機会もない人とそういう感じになっちゃうって、どういうことだろう?と聞いてみると、尾白くんはやっぱり恥ずかしいのか、口元に手を当てながらも悩んでいた。真剣に考えてくれているのが伝わって、やっぱり彼は優しい人だと思う。

「……んと、もうわかってると思うけど俺、そういうの経験ないから。参考になるかわかんないけど、」
「うんうん」
「みょうじさんが夢に見るって事は、そういう未来になる確率が少しはあるってことだもんね。そうだなあ、相手にそういう雰囲気に持ってこられてるなら、その相手の男はみょうじさんに気があるんじゃないかな……なんて」
「普段全然話さないのに?そういうことってあるのかな……」
「あると思うけどな、ホラ。……ひ、一目惚れ……とか」
「えっ!?」
「えっ!?」

 尾白くんに真っ赤な顔でそんなことを言われて、なんだかものすごく恥ずかしくなる。遠回しに容姿を褒められている気がするのは、自意識過剰だろうか。だって、尾白くんの言い方も悪いと思うんだ。こんな、なんか、意識させるような話し方して。思わずドキッとしちゃったじゃん!

「いや、その。……みょうじさん、可愛いと思うよ」

「……えっ」

 あ、もうほら、ズルい。こんなの。
 本格的に熱が収まらなくなってきて、まっかっかになった顔を隠すように、うわあもう尾白くんってそういうこと言う人だったのー!なんて机の上に突っ伏した。恥ずかしいなぁもう!
 尾白くんは尾白くんで、「えっいやそんなつもりじゃ……」なんてしどろもどろに言い訳をしている。優しい人だっていうのはわかるけどね。うん、わかってるよただの親切心だっていうのは。わかってる。でもシラフでそんなことを言うのはちょっといただけないよ。彼、女の子関係でいつか揉めそうだな、なんて。

 その後、話の内容に興味を持ったらしい響香ちゃんや三奈ちゃん、透ちゃんが話に入ってきて、尾白くんが顔を真っ赤にして逃げちゃうような濃い妄想恋愛話を繰り広げていた。やっぱり女の子はこういう話好きだよなぁ。響香ちゃんが語る理想の高さにはびっくりしてしまったけど、おかげで気は紛れたし、尾白くんに相談してみて良かったな。結果オーライってやつだよ。うん。

 ……でも、このやり取りを離れたところからこっそり見ていた人がいたなんて。この時、私は全く気が付かないでいたんだ。

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