微熱の理由はわからない




 放課後の教室は、いつも割と騒がしい。ヒーロー科は授業が他の学科よりも多いから、放課後になる時間も少し遅め。だから部活に所属している人はごく僅かだし、帰ったら帰ったで自己鍛錬に励む人も多いみたい。
 私の場合、個性が予知夢ということもあって戦闘力は皆無なので、小学生の時から通っている道場で高校生になった今でも毎日のように稽古をつけてもらっていた。今日もそのつもりで、家で干してきた道着を持ってきている。少し重たいそれを筋トレのつもりで担いだところで、百ちゃんが声を掛けてくれた。

「毎日、しっかり鍛錬なさっているのですね。すごいですわ」
「ん、まぁ私の個性じゃ実技大変だから……。ちょっとでもみんなに追いつけるように、人一倍努力しないとね」
「でもみょうじさんの個性はとても汎用性がありますわ。武術の腕も相当のものだと聞いていますし、いつか手合わせをお願いしたいものです」
「百ちゃんにそんな風に言われちゃうと嬉しいなぁ。ありがとう、手合わせ、負けないからね!」
「ええ、私もです。負けませんわ!」

 笑いあって、また明日ね!と百ちゃんに手を降る。教室を後にしようとした、ちょうどその時、上鳴くんが教室に掛けこんできて出会い頭にぶつかりかける。わ、びっくりした!

「うわ!わりぃみょうじ!大丈夫だったか?」
「あ、うん大丈夫だよ、私もごめんね」
「これから稽古?頑張れよな!」
「うん、ありがとう。えっと、また明日ね!」
「おう!……あ、切島!」

 ドキンと、心臓が跳ねた。
 上鳴くんが呼んだ名前は、今の私を無条件で真っ赤にさせる。ドキドキと、心臓を煽る。
 今日尾白くんとした話が頭を過ぎって、顔を見たくなくて。その名前は聞かなかったことにして道場へ向かうため、廊下を早足で進む。

「みょうじ!」

 後ろから名前を呼ばれて、条件反射のように振り返る。
 話をしたことはあまりない。けれど、クラスのムードメーカーで友人も多い、彼のハキハキとよく通る声は、毎日毎日頻繁に耳にする。
 窓から身体を半分出した状態の切島くんがそこにはいて、思わず「なんで」と呟いた。夢で見た、なんと言えばいいのかわからない、思い出すのも恥ずかしいような顔はそこにはない。それとは正反対の、太陽みたいに明るい笑顔で手を降っている。

「稽古すんだってな!頑張れ!明日のヒーロー基礎学の対人戦闘訓練、付き合ってくれよ!」

 朗らか過ぎる、眩しいくらいの笑顔を見せてそう言った彼は、返事も聞かずに頭を引っ込めてしまった。それからすぐに上鳴くんと笑い合う声が聞こえてきて、廊下に一人、ぽつんと棒立ちになってしまう。

「……って、えっ!?」

 対人戦闘訓練!?私と切島くんが!?いやいやいやいや、これって約束したことになるの!?ちょっと待って!私、いや、切島くんの顔見れないよ!恥ずかしい!だって、

 あんな。あんな恥ずかしい夢見たあとで、どうやって組手なんてすればいいの……!?

 多分、一生あの夢を忘れることなんてできないと思う。だって、なんか。あ、あんなハレンチな夢、どうやって忘れたらいいのかわからないもん。知っている人がいたら是非教えて欲しい。
 鋭利な歯と歯の間からのぞく、真っ赤な舌の動きと息遣い。それは今でもリアルに思い出される。思い出し補正が掛かっているのか、妙に艶っぽい表情をしていたような気がするし……ああ、なんかえっちな動画でも見ていたみたい。恥ずかしい。死んじゃう。
 頭を抱えてその場にうずくまる。どうしよう、どうしよう。本気なのかな、どうしよう。
 いやいや、でも、切島くんはクラスメイトに声を掛けただけだ。対人戦闘訓練ではまだペアになったことないし、クラスの人たちと片っ端から戦ってみたいだけなんだと思う。
 だって私と切島くんの関係なんてそれだけで、こっちが一方的に変な風に意識をしているだけだもん。勝手に避けたり、嫌がったりしたら彼に申し訳ない。

「大丈夫。三日目はさすがにないでしょ。三日も続けて同じ夢なんて、いやいや、ないない。大丈夫大丈夫」

 こういうのをフラグを建てるって言うのかな、なんて頭の片隅で思いながら、だけどそうやって念仏でも唱えるみたいにしていないとやってられない。それにこれから道場に行くんだ。集中しないと怒られちゃうし、怪我だってしちゃう。向かっている間に、この熱が冷めてくれることを願うばかりだ。
 今までは我ながら便利な個性だななんて思っていたけれど、とんでもなかった。ああもう、全部全部、この予知夢の、個性のせいだ!

/ 戻る /

ALICE+