心臓の発熱する音を聞いた




「んん……あれ、私、寝てた……?」

 ぱちりと目を開けた時、夢の内容が頭に流れ込んできた。久しぶりに切島くん以外の人が出てきたのを見た気がするなぁなんて、大きなあくびを一つ漏らす。

「………はっ!体調……は、悪くない……」

 体調不良を起こすのが怖くて寝たくない。そう思っていたはずなのに、いつの間にか、いとも簡単に睡魔に負けてしまっていた。二時間ほどのお昼寝だったろうか。頭は痛くない。動悸も、大丈夫。苦しくない。この夢では何も起きなかったようで、ほっと心が緩む。
 今回は良かったけど、朝みたいに他人の感情に振り回されて苦しい思いをするのは懲り懲りだ。軽率にうたた寝やお昼寝なんかをしないようにしないと……。

 さっき見た夢は、今日一日も残り半分を過ぎ、なおかつずっと家にいるからだろうか。取り留めのない普通の夢だった。今日の夜ごはんに私の大好きなおかずが出てきて、お父さんやお母さんと談笑しているような、そんな夢。久しく見ていなかった、平和で幸せな夢だった。日常って感じ。ああ、これが、毎日続けばいいのに。

 そういえば、と遠ざけていたスマホに目をやる。上鳴くんからよくわからないメッセージが来ていたんだった。百ちゃんや尾白くんも、心配してくれていた。とりあえず返事は返しておいた方がいいよね、と、朝よりは軽くなった身体を伸ばし、小さなテーブルの端の方に追いやっていたスマホを手に取る。電源を入れて、メッセージを確認した。

「……ああ、やっぱり何度見ても意味がわからないよ、上鳴くん」

 上鳴くんは、一体何を嗅ぎつけてきたのだろう。メッセージには、こんな内容が書かれていた。

「ここ最近の予知夢の内容、詳しく聞かせて欲しいんだけど!あとさ、もしかして、みょうじ、尾白と付き合ってたりする?」

 それも、可愛い顔文字と絵文字付きで。
 これは果たして、授業中に送らなければならないほど重要な質問なんだろうか。というか、どうして予知夢の内容を上鳴くんが気にするんだろう。尾白くんと付き合ってるとか、そんなのは事実無根だし。ああ、こころなしかまた頭痛が。

 このタイミングで、この話題。
 深読みをせず、普通に考えれば、何か知りたい未来があるんだと思う。例えば……なんだろう。小テストの内容、とか?いやいや、上鳴くんは確かに勉強はあまり得意ではないけどそれでも雄英生だし、私の個性を悪用してまで良い点をとりたい!と考えるほど性根の曲がった人だとは思えない。
 もっともっと深刻な話の可能性もあるだろうか。例えば、そう、誰かにストーカー行為をされている、とか。そんな場合でも、個性さえ上手く発動できれば問題はない。行き当たりの犯行だろうが何だろうが、5W1Hを記憶しておけば、未然に事件を防ぐことが出来るから。これは実際、何度か経験したことがあった。警察の人の役に立てて、たくさん褒められて、嬉しかったの。私がヒーローを目指そうと思ったきっかけだから。
 今回のこれも、そういうことが聞きたいんだろうか。上鳴くんモテそうだし。でもこの軽い文章を読む限り、どうも違うような気がする。この線はない、のかな。

 どれだけうんうんと唸ってみても、答えが見つかるわけはない。だからって彼に夢の話を、本当のことを無思慮に話してしまうのは悪手だと思う。下手なことを言って切島くんに伝わってしまうのは一番避けたい。変に、傷つけてしまいたくない。

 上鳴くんへの対応含め、ここ最近の出来事についてどうするのが最良なのか、正直見当もつかない。どうしよう。どうしたらいいんだろう。

「……人にこういう相談ができるような、素直で可愛い女の子になりたかったなぁ」

 親、友人、その他の誰相手でもそうだけど、こんな夢の話を人に相談なんてできない。これは私自身の弱さが問題なんだ。私が人に、悩みを打ち明けるのが恥ずかしいだけ。

 切島くんと、き、キスする夢を三日も連続で見てしまったこと。

 彼の、まっすぐに私のことを好きでいてくれる切ない想いを、個性のせいで体験してしまったこと。

 だけど私は恋愛なんてしたことないから、自分が切島くんのことを好きなのかどうか、そんなことすらわからないこと。

 これから私は何をどうしたらいいのか、どうすれば切島くんを傷付けなくて済むのかが、これっぽっちも想像できないこと。

 すごくすごく悩んでいることを素直に他人に相談できる人って、世の中にどれくらいの数いるんだろう。
 恥ずかしさを乗り越えて、信頼できる誰かを頼ることができたら。それだけできっと、全部上手い具合に解決していたはず。恋愛経験皆無の私が一人でどれだけ悩んだって、こんなの、答えなんて出るわけない。それほどまでに私は、こういったことに免疫がなかった。尾白くんのこといろいろ言っておいてなんだけど、本当に、本当に恥ずかしいの。

「……私も、切島くんのことが好きだったらいいのに、」

 そうしたら、もっと話は簡潔になる。こんなに考えなくて良かった。お、お付き合いできるように、ちょっと恥ずかしいけれど、夢のとおりになるように意識して動けばいいのだから。

「そもそも、お付き合いってどういうこと?何したらいいの?……き、キス?やっぱりそうなる?うわああ夢の中ではもう三回もやっちゃったよぉ!」

 あらぬ方向へ妄想をしてしまって、例のえっちな動画のような夢のワンシーンを思い出す。ぶわあっと頭から湯気が出るんじゃないかってくらいに恥ずかしくなってしまって、きゃあきゃあ悲鳴を上げながらベッドの上でじったんばったん暴れ回った。荒くなってしまった呼吸を誤魔化したい。胸がきゅうって苦しい。ああ、苦しい。やだこんなの。何私、モーソーしてコーフンしてんの!恥ずかしい。恥ずかしい恥ずかしい!

 そのうち息切れを起こしてしまって、本格的に呼吸困難に陥った。大きなクッションに頭を埋めて、動きを止め、ひいひいと呼吸を整える。無駄な運動にすごい量のカロリーを消費してしまった気がする。あー、なんか、ひとりでなにやってるんだろう。ほんとばかみたい。ぜえぜえと擦れきった呼吸音をなんとか元に戻そうと、深呼吸を何度も何度も繰り返す。呼吸は収まってきても、顔はあっついままだった。
 ぎゅうっと音がしそうなくらいにきつくきつく、クッションの胴体を抱き締めてみた。柔らかい。気持ちいい。でも、多分。もしこれが人だったなら、こんな感じじゃないんだろうな。きっともっと温かくて、それなりに固くて、でも、優しく包み込んでくれるんだ。
 はぁ、と熱のこもったため息を吐き出して、深く深く柔らかいそこに顔を沈める。

「……切島くん、すき」

 物の試しにと、小さな小さな音を割れ物を扱うみたいにそっと紡ぐ。言ってしまった後にやっぱり顔はまっかっかになってしまったけれど、自分でも驚くくらいに抵抗感はなかった。

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