苦しくて恥ずかしくて逃げ出したい




「もう!恥ずかしいこと考えるの禁止!」

 それよりこっちだ!と、上鳴くんとのメッセージ履歴の画面を開き、まるで戦闘でもするみたいに気合を入れて相対し、にらめっこをする。後半の質問に答えるのは簡単だ。尾白くんと私は、付き合ってない。この一言で終わり。問題は、その前の文章だ。

「夢の内容を教えてほしい、か……」

 さっきも思ったことだけど、本当のことをそのまま言うわけにはいかないから、何とかして誤魔化す必要がある。さて、なんて誤魔化そう。
 ああでもないこうでもないと、返事の内容を考えあぐねていると、ちょうど上鳴くんからもう一通メッセージと、スタンプが届いた。既読が付いたわりに返事が遅いから、焦らせてしまったのかもしれない。えーっと、なになに?

「……今電話したい!ダメ?……って……」

 この子は一体どうしたと言うんだろう。ダメ?って。泣いてる猫のスタンプって。女子か。かわいこぶりっこちゃんか。かっこいいしチャラいのに、たまにこういう女子心をくすぐるようなことをするから上鳴くんずるい。とはいえ、電話したいと言われても何も話せることなんてない。困ったなぁ……。
 そんなこんなでまたまた返事を返せず悩んでいると、スマホが音を立てて震えだした。思わずびくりと肩が揺れる。大きく表示されている名前は、言うまでもない。

「……もしもし、上鳴くん?あの、私、一応体調不良で学校お休みしてるんだけど……」
「え、うわ。あ、や、ごめん!急に!」

 ん?と、思わず声が出た。
 あれ?上鳴くん?これ、上鳴くんの声?
 嫌な予感が脳内を一瞬で駆け巡る。冷や汗が頬を伝うのが分かった。

「き、切島だけど……」
「あ!あーっ!はいはい切島くんね!切島くん!ごめんねちょっと上鳴くんに代わってもらえるっ!?」

 ものすごく心臓に悪い!心臓!心臓が口から出てくるっっ!!
 なんでよりによって切島くんを出して来るの!上鳴くんの電話で、なんでわざわざ!電話掛けてきたの上鳴くんの方じゃん!あんまり話したことない人で来るなら瀬呂くんとかでもいいじゃん!なんで!切島くん!!

「あ、ごめんごめん!電話掛けたはいいけどちょうど相澤先生に呼ばれちゃってさぁ。代わりに切島に出てもらっちゃった!」
「で、で、出てもらっちゃった、じゃないよ……!本気でびっくりしたんだから!」
「わりぃわりぃ!」

 ぬけぬけとよくもまぁそんな態度が取れたもんだ。もちろん上鳴くんは知らないことだけど、今の私は切島くん関係で冷静になることなんてできない。夢の中とはいえあんなハレンチなことをしてしまい、彼からの恋心に気付かされ、挙句に誰もいない部屋で一人告白大会を開催してしまったんだ。恥ずかしくて恥ずかしくて、まともに話せたもんじゃない。はぁ、焦った。顔が熱いし、変な汗かいちゃったよ!

「で、なんでしょうか……。これでも一応学校を病欠してるので、用があるなら端的にお願いしたいかな……なんて……」
「あ、ごめんなマジで!いや最近な、変な夢とか見てないかなーって」
「……変な夢、とは」
「例えば、身近な男が関係してたり」
「っっ!?ん、げほ!ごほごほっ!」
「え、みょうじ大丈夫!?噎せてる!?」

 え!こわい!上鳴くんは何をどこまで知ってんの!なんでそんなド直球のピンポイントに指摘してくるの……!?
 私の反応に引っかかるものがあったのか、何やら電話の向こうでぼそぼそと喋ってる声が聞こえてきた。なにやら不穏な感じ。なにこれ。私が休んでる間に一体A組で何が起きてんの?誰と、何を相談してるの?

「……ねぇ、上鳴くんは、どこまで知ってるの?」
「……んー、いやいや、なんにも知らねぇよ。ただ、なんとなく」

 ここまで煽っておいてなんとなく?そんな馬鹿な。「うそつき」とわざと不貞腐れた声を出すと、「ホントホント」と軽い口調が返ってきた。絶対嘘だ。信用ならん。

「で、尾白の件は?」
「付き合ってません!」
「ほんと?隠してない?」
「隠してません!」
「良かったー!じゃあそういうことで!ごめんなどうもお大事に!」

 ぷつん、と一方的に切られてしまった。誰とも繋がってないスマホに思わず「なんだそれ」と話し掛けてしまう。確かに端的にお願い、と言ったのは私だけど。いやいやそれにしたってひどくない?無茶苦茶だ。自分勝手だ。横暴だ。爆豪くんだ。言いたいことだけ言って切ってしまった。なんてやつだ。もう上鳴くんなんか本当に知らない!期末テスト、頼まれたって勉強教えてあげないんだから!

 なんだかモヤモヤと胸の中が気持ち悪い。はぁ、と大きなため息を吐いてベッドに倒れ込むと、スプリングで身体が跳ねる。二度、三度とだんだん跳ねは小さくなっていき、最後は静かにぴたりと止まった。
 ……なんだったの、さっきの電話。
 上鳴くんの謎行動に振り回されたダメージはとてつもなく大きい。意味わかんない質問もそうだけど、それより何より、切島くんだ。切島くんの声を、初めて電話越しに聞いてしまった……!
 その声を思い出して、ぼっと顔に熱が集まった。私も大概だったけど、彼の方も相当緊張してたように思う。声が上擦ってて、はっきりした性格の彼にしては珍しく歯切れが悪くて、焦っていたのはすぐにわかってしまった。わ、私なんかにそんな風に緊張する必要、全然ないのに。これも、その、恋、というやつがそうさせているんだろうか。なんだかすごい。

 それにしても、一人の空間で、すき、なんて恥ずかしい独り言を呟いた、その直後にこんなのってある?ほんとにほんとに突然だったから、すごくすごくびっくりしてしまった。スピーカー越しのはずなのに、耳元で直接囁かれてるみたいに感じてしまった。ぶわって全身が熱くなって、泡立った。
 ほんの一言二言を交わした、それだけ。それだけ、なのに。

 ドキドキドキ、と、未だに心臓はうるさい。血液がすごい勢いで巡っている音が、頭の中にやたらと響く。やだ、もう。ほんと恥ずかしい。電話しただけじゃん。ばかばか、早く落ち着いてよ。
 こんなことでこんなふうになっちゃって、明日学校で直接会った時とかどうするの。ちゃんとこの緊張や羞恥心を隠して学校生活を送れるの?そんな自信ないよ。自信ない、けど、相澤先生こわいし、ちゃんとするしか、ないんだけどさ。

 今日は本当に心臓を酷使している自覚がある。もしも近いうちに心臓発作かなんかで倒れちゃったら、全部全部上鳴くんのせいだ。ばーか!

/ 戻る /

ALICE+