甘酸っぱい贅沢に浸っているのは誰だ




 クッションを抱きしめて、ベッドの中で丸くなる。部屋は明るいままにいろんなことを考えていたら、眠気なんて完全にどこかに行ってしまった。
 学校行くの嫌だな。寝るの嫌だな。
 なんで急にこんな夢を見るようになったんだろう。
 三日目の夢、なんで切島くんは泣いてたんだろう。
 あ、個性が未来予知じゃないこと、雄英に言わないといけないのかな。入学の時届け出出しちゃった。
 そもそも思考受信性予知夢ってなんなんだろう。こんな中途半端な個性どうやって使っていけばいいんだ。
 悪い思考や不安をゴロゴロと転がって晴らそうとするけど、そんなことで晴れるなら苦労なんてしない。何度吐いたかもわからないため息は、最早癖のようになっていた。
 その時、無音の部屋に鳴り響いたのは、高い鈴の音だった。それは聞きなれたスマホのメッセージを受信を知らせるもの。どきりと肩を揺らし、慌てて内容を確認する。

「わ、上鳴くん……」

 病院どーだった?
 そんな一言が目に入って、うーんと唸る。これまたなんと説明すればいいかわからない。個性のことを説明するにも文章では上手く伝えられる自信がなくて、返信を躊躇してしまった。詳細を文にしていると、長く、ややこしくなりそう。
 いや、でも多分、上鳴くんのことだから……。

「わ!あーほら、きた、電話」

 そんなに返事、遅いだろうか。それとも上鳴くんがせっかちなだけ?
 私と切島くんの間で板挟み状態になってしまっている上鳴くんに対して、申し訳ない気持ちはあった。なんとなく、ここで無視をしてしまうのは心苦しい。いろいろと情報提供してくれているのは事実だし、恩がないわけではない。
 癖付いたため息を吐きながら電話に出ると、「よー!」なんて元気な声がする。つい力なく返事をすると、神妙な声色で「結果良くなかったん?」と尋ねられた。いや、そうじゃないんだけど。

「……って、そうだ、上鳴くんなら……!」
「ん?」
「あの、覚えてたらでいいからなるべく詳しく教えて欲しいんだけど、」
「え?なに?なんかこわいんだけど。俺怒られる感じ?」
「こわくないし怒らないから。あのね、えっと、今から……四日前になるのかな?今日金曜日だから、月曜日だよね。月曜日、切島くんに何か変わったことなかった?」
「月曜日に変わったこと?切島に何か……って言われてもなー……やべ、全然わかんねぇ……ちょっと待って!」

 えーと、なんて頑張って思い出そうとしてくれているようなので、おとなしく黙る。
 あんな夢を何日も何日も連続で見るほど、強く思われている。そのきっかけというか、原因というべきなのか、そういうのを、ずっと切島くんと一緒にいた上鳴くんなら知っているかもしれない。
 少し間をおいて、あ、そっかそっかそういえば!と思い当たる節があるのか、上鳴くんが声を上げた。

「みょうじの求めてる答えかどうかはわかんねーけど」
「うんうん」
「日曜日にカラオケ行ったんだ、切島と。そこでどういうアレになったのかわかんねーけど、みょうじ可愛いよなーって話になって、」
「………うん?」
「そんで帰って、」
「………う、うん……」
「月曜日にみょうじの顔見た時、切島がうわあやっぱみょうじ可愛い!って一人ですっげー照れて興奮してメッセージとかスタンプとか送りまくって来たからさぁ。顔見ただけでそんなだったら、もし付き合えてちゅーとかエロいこととかしちゃったらおまえ一体どうなんの!みたいな話をして……」
「うあー!やだもうそれだー!!」

 なんでそんな恥ずかしい会話内容を本人に平然とつらつら述べられるのか。
 上鳴くんのなかなか恐ろしい発言に身震いして、思わずスマホをベッドに投げつける。私の叫び声とベッドに投げつけた衝撃が上鳴くんの鼓膜に襲いかかったのか「うお!?」と驚く声が聞こえてきた。

「なになに!?こええよ情緒不安定!?生理!?」
「な!ち、違うもん!上鳴くん最低!っていうか切島くんになんてことを言ってくれてんの!純粋な切島くんが可哀想!」

 何言ってんだこいつと言わんばかりに上鳴くんが「はぁー!?」と叫ぶ。完全に引いてしまっていることは聞こえてくるものだけで理解できた。まってよどこに引く必要があったの。だって上鳴くんの話を聞く限り、切島くんってとっても純粋そうなんだもん!

「切島が純粋!?まさか!こいつ変態だぞ!」
「や、やめて!私の中の切島くん像を壊さないでよ!私の中の切島くんはとても純粋で一途で男気があって情に脆くて仲間思いで優しい人なの!」
「まあまあ合ってるけど、そこに変態を加えてくれ!マジで!だってみょうじ割とすごい妄想に付き合わされてるからな!」

 すごい妄想!?な、な、なにそれ!!
 かあっと顔が熱くなって、間髪入れずに「ばか!」と怒号を飛ばす。それ、普通、本人に言う!?本当にそうだったとしても言わないでしょ!私にも切島くんにもダメージを与えてるし、上鳴くんだってイメージダウン必須だからね!?その発言誰も救われないからね!?

「っていうか上鳴くんは私と切島くんが付き合えばいいって思ってるんじゃないの!?今日言ってたじゃん!なんで株下げるようなこと言うの!」
「……はっ!確かに!今の全部うそだから!」
「もう遅いよ……!」

 上鳴くんと話していると頭が痛くなってくる。良い人なのはわかるよ。盛り上げ上手だと思うし、クラスにいてくれて助かるようなキャラクターというか。うん、そんな感じ。
 多分空気読むの苦手なんだと思う。もしくはわざと読んでないんだ。ある意味健全で素直な男の子だとは思うけどさ。なにせ毎回余計な一言が多い気がする。切島くんに対してもいつもこんな感じなんだろうか。とてもとても不安だ。余計なこと、話してないといいんだけど。

「こんな会話してるって切島くんが知ったら絶対怒っちゃうよ!ほんと上鳴くん、お願いだから切島くんには変なこと言わないでよね!」
「え?あーはいはいわかったわかった!」
「もう!適当な返事して!」

 上鳴くんは、多分私との会話に集中出来てないんだと思う。なにやらゴソゴソと雑音が聞こえるし、若干マイク遠いんだけど。自分から電話してきたくせにそんな調子だから、忙しいなら切るよ、と申し出るけど、軽く流されてしまった。なんなんだ、一体。
 今日放課後に話してみていい人なのかなーと思ったけれど、やっぱり上鳴くんが何を考えているのか、イマイチよくわからない。相談相手間違っちゃったかなーなんて、少しだけ後悔してしまった。

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