大丈夫、未来はきみに優しいから




「あ、月曜日のことはよくよくわかりました。ご協力ありがとうございます」
「え?なんで今更そんな他人感出すの?」
「じゃあ、えっと、水曜日のことも教えてください」
「いやいやみょうじ!?俺たち他人じゃないでしょーが!なんで他人感!?」

 最低発言連発の上鳴くんに対して、わざとらしく他人行儀な対応で返す。焦ったようにツッコミを入れる声はなんだか聞いていて面白い。ついつい笑ってしまった。
 月曜日の夜から切島くんの夢を見るようになった、そのキッカケはなんとなくわかった。上鳴くんがデリカシーの無いことを言ったせいだ。
 じゃあ、水曜日の夜に見た夢では、どうして切島くんは泣いていたんだろう。その理由も、少し気になっていた。これも、上鳴くんならあるいはわかるかもしれない。そう思って尋ねてみる。

 私の質問にうなり声を上げながらも、何かあったかなーなんて親身になって協力してくれてる上鳴くんは、やっぱり優しい。
 だけど、ううん。
 これは多分、私に優しくしているわけじゃなくて、切島くんに協力しているだけなんだと思う。男同士の友情ってなんだか女子にはない熱さがある気がするんだよね。こんなお友達を持って、切島くんは幸せ者だ。あの爆豪くんですら切島くんの勉強を見てあげたりしているようで少なからず心を開いているように見えるもん。人徳があるんだろうなぁ。

 うんうんと悩み、唸りながら「みょうじが休んだのって水曜日だっけ?」と聞く上鳴くんに、学校を病欠した日は木曜日だと返答した。それでもいまいちピンと来ていない様子だったから、補足をするように「尾白くんに夢の相談した日だと思う」と言うと、モヤモヤしていたものが晴れてスッキリしたのか、漸くいつもの明るい、大きな声が上がる。

「切島と話したことだよな?えっとなー」
「思い出せそう?」
「……なんだっけ、訓練かなんかの話したっけ?なんかあの、あれ、なんだっけ?えっと、」
「あ、そうだ、次の日のヒーロー基礎学で対人戦闘訓練やろうって切島くんに言われて約束したんだ!」
「あ!そうそうそれあれだ!俺がそう言えって切島に言ったの!尾白と仲良く話してるの見て、もっと頑張ってアピらねーとやべーぞって焚き付けた!」
「……やっぱり、」
「みょうじと約束取り付けた時の切島の顔やべかったんだよー!すっげー真っ赤になって、こう、両手で顔抑えて、言えたー!って小声で叫んでさー!すっげー嬉しそうだったんだぞ!」

 続けて、あの時の切島マジ恋する乙女状態だった。ああいうの見ると、俺、自分がすげー汚れてるような気がするわーなんて言ってて、その光景を想像してしまった。
 え、うわ、なにそれ。あんなちょっとの会話で、そんなに喜んでくれてたの?私の前ではおくびにも出さずに?窓から出していた顔をすぐに引っ込めてしまったあの後、そんなことがあったっていうの?
 ぶわわ、と自分の顔が熱を持ったのがわかる。
 それだけじゃなくて、ただ、純粋に嬉しいなって。にやけちゃうよ。そんなの聞いたら。すごく、嬉しい。

 ほんとに。ほんとのほんとに、切島くん、私のことが好きなんだ。

 なんて事はない普通の会話も、小さな小さな約束も。切島くんにとっては大事な私との繋がりだった。大切にしてくれてた。そんなことを私は、考えたこともなかったのに。むしろ、なんというか。恥ずかしさから、逃げることばかり考えてしまっていた。

 こんなふうに誰かに愛されるって、とてもとても幸せなことだよね。

 自分の人生にこんな幸せがあるなんて、正直想像もしていなかった。
 少し、恥ずかしい、けれど。
 でも、本当に嬉しいんだもん。
 今のままでいるのはダメだよね、なんて初めて思えた。切島くんは今までずっと苦しいのを我慢して、私のために悩んでくれていたんだから。
 以前経験した、涙が止まらなくなってしまうくらいに溢れた苦しくて切ない気持ちを思い出して、胸のあたりをきゅうと掴む。今度は、私が頑張る番のように思えた。もっとちゃんと、逃げずにいろんなことに向き合わないといけない。
 切島くんに対して確かな恋愛感情があるわけじゃない、と思う。だけどずっと、胸の中にモヤモヤとしたものがあることには気付いていた。それを、はっきり確かめる必要がある。今私の中にある切島くんへの気持ちは、恋心じゃないかもしれない。でも、もしかしたら。

 当初求めていた答えじゃなかったけれど、そもそも私の疑問は、切島くんの心境の変化についてなんだ。キッカケが上鳴くんにあったとして、彼に聞いてわかるものなのかもわからない。
 それよりも大事な、嬉しい事実を教えてくれた上鳴くんには感謝の気持ちを伝えなければ。「教えてくれて本当にありがとう」と言うと、状況がよく読めないながらも軽めのトーンで「どういたしまして」と返ってきた。

「もしかして切島と付き合ってくれんの?」
「ん。前向きに、ちゃんと考えることにしたの。なんか、純粋な好意が素直に嬉しくて」
「お、やった!もしかして俺、恋愛相談のプロ?」
「……ちょっと余計な一言が多いけど……でも上鳴くんがいてくれたから私も、多分切島くんも前に進めたんだと思う。ありがとう、また何かあったら相談させてね。恋愛相談のプロの上鳴くん」

 茶化し半分で笑って言うと、スマホから緩めの、嬉しそうな笑い声が聞こえてきた。
 なんか、さっきまで悩んでいたのが馬鹿みたい。真剣に私のことを想ってくれている人がいるんだから、私もその気持ちに、真剣に答えたい。悩む必要なんかなかった。たったそれだけのことなんだから。
 大丈夫。あんな夢を何日も何日も見てしまうくらい、切島くんの気持ちはいつだってまっすぐだった。不安がっちゃだめだ。
 こうなってしまうと単純なもので、なんだか幸せな未来への選択肢を上鳴くんが大手を振って持ってきてくれたような気さえしてきた。電話の奥にいる人物にもう一度、ありがとう、とお礼の言葉を述べて、これから見る夢がどんなものでも受け入れようと心に決めた。

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