その言葉には本当も嘘もある




「あのな、耳郎、ほんと違うから」
「えー、でもさぁ、なまえもアンタも満更でもなさそうじゃん。付き合っちゃえばいいのに」
「簡単に言ってくれるなよ……」
「あ、ボロでた。やっぱりなまえのこと好きなんじゃん」
「え!あ、いやちが!違うって!お前が変なことばっか言うから間違ったの!ほんとやめてくれよ……今度なんか奢るから!」

 ああ、どうしよう。入りにくい。
 教室のドアは登校してくる人のために開けっ放しにしていて、廊下まで声が丸聞こえだった。先の、響香ちゃんと切島くんの会話もそう。なにこの羞恥プレイ。やだもう、恥ずかしすぎる。
 つい十数分前に職員室に入るのを戸惑ったのと同じように、廊下からそっと教室をのぞき込み、話の内容が私と切島くんの話から逸れていくことをただただ願う。だけど、廊下に漏れているということは、教室内にいる他の人にも聞こえているということで。私の願いも虚しく、三奈ちゃんや透ちゃんを初めとする女子が集まってきて、大きな集団になり、ああだこうだと切島くんにアドバイスをし始めてしまった。ああ、一体、なんでこんなことに。

「あれ、みょうじ入んねぇの?」

 少し遅めに登校してきた上鳴くんに背後から声を掛けられて、びくりと肩が揺れる。あ、いや、えっと、入りたいのは山々なんだけど。
 何も言わずに人差し指で教室の中を指して、響香ちゃんたちの会話を聞いてもらう。ああ、と合点がいったように上鳴くんは声を上げた。

「確かにこりゃ入りづらいわ」
「でしょ?どうしよう……恥ずかしいんだけど」
「うん、顔すげー赤い」
「やっぱり」

 熱くなったほっぺたを両手で挟んで、項垂れる。現状もそうだけど、この調子では今後どうするかも悩ましい。
 切島くんのことをもっと知らないと、とは思っていた。けれどこんなに注目されてしまうと、なんだか話をすることもはばかられる。いつの間にか切島くんが私のことを好きだという事実は、クラス全体にまで広がりを見せていた。ああ、本当に、一体どうしたらいいのだろう。月曜日の戦闘訓練、もう約束しちゃったよ……。
 頭を抱える私を見て、上鳴くんが自身の胸をどんと叩いた。

「こういう時こそ、恋愛相談のプロの上鳴くんに任せとけよ!」
「え、え、どうするの?何するつもり?」

 いろいろ教えて貰った立場上、こんなことを言うのは本当に申し訳ないのだけど、上鳴くんに任せてしまうことに少しの不安を覚えていた。口が滑ったとかって、余計なことを言ってしまいそうで。この中で唯一、本当のことを詳細に知っているのは彼だけだから、本当に、「あ、やべ、言っちゃった」みたいな事だけは避けて欲しい。お願いだから。恥ずかしくて学校行けなくなっちゃう。

「おはよー!なぁなぁ何の話してんのー?」

 あああわざとらしい!わざとらしいよ上鳴くん!
 本人は至って普通に教室に入ってきたつもりなんだろうけど、なんか台詞を棒読みしているみたいだよ!大丈夫!?それ、ほんとに、大丈夫なの!?

「来るの遅せぇよ上鳴すげぇ待ってた!助けて!俺もう無理!女子こええ!」
「ぶは!切島ちょー顔赤ぇ!」
「いや話聞いてる!?助けろよ!」
「あー、わかったわかった!あれだろ、みょうじだろ?そこまで来てたぞ。これもう解散した方がいいんじゃね?本人にはさすがにバレない方がいいだろ」

 あ、うまいことバラけさせてくれてる!上鳴くんすごい!疑ってごめんね!
 上鳴くんの一言が鶴の一声になって、みんなは渋々バラけていった。ああ、よかった。これで教室に入れる……。

「あーもうマジで助かったよ……!」
「帰りマックな」
「ビッグマックのセットでもなんでも好きなの奢ってやるから」
「よっしゃ!」

 へへへと嬉しそうに笑う上鳴くんを見て、切島くんは心底疲れたようにため息を吐いていた。今、入ってもいいのかな。まだ早くない?ううん、大丈夫、だよね。自然に、普通に、何も聞かなかったことにして自分の席に行っちゃおう。
 教室の中に足を踏み入れて、そそくさと移動を開始した時、教室に溢れる音の中で、切島くんと上鳴くんの声だけをうまい具合に拾ってしまった。

「今日マジで何言われるんだろうってドキドキしてたんだよ。そしたら朝一で話し掛けてくれてさ。それを耳郎につつかれちまった。あー、変な風に思われてたらどうしよう!」
「心配すんなって。昨日のあれで自信ついたんじゃねぇの?すっげぇ舞い上がってたくせに」
「だって、あれは、」
「大丈夫大丈夫!俺に任せときゃいーんだよ!俺、プロだし!」

 聞こえないふりはしたけれど、あれ、私のこと、なんだろうか。会話の意味はよくわからなかったけど、なんだか違和感を覚える話しぶりだなと思ってしまった。二人は以前からキッカケ作りに奮闘していたようだし、私の知らないところでまた何かをしていた、或いはするつもりなのだろうか。
 私が切島くんの気持ちを知っている、という事は、上鳴くんと私しか知らない。そのことを全部知らないふりをして切島くんに合わせている上鳴くんは、とても大変だと思う。私の心配をしたり、切島くんの心配をしたりして、本当に、疲れちゃってないかな。
 昨日の放課後。全てを教えてくれた後にちらりと漏らした「切島と付き合ってやって」という言葉と、「こんなことしか言えなくてごめんな」なんていう謝罪のあとの、なんとも言えない表情を思い出す。私が望んで間に立ってもらっている訳では無いけれど、板挟みになっている現状はなんだか申し訳ない。

「私も、マック奢ってあげようかな」

 ううん、別に喜んでもらえるならマックじゃなくてもいいんだけど。私に出来るお礼なんてそんなものだけど、試しに、近いうちに誘ってみよう。今日の放課後は切島くんと約束をしてたよね。なら、明日の日曜日でもいいだろうか。月曜日の訓練も不安だし、相談を兼ねて。上鳴くんに悩みがあれば、それを解消してあげたいもんね。心配掛けてるし、なんだかんだ相談に乗ってくれてるし。お世話になってるお礼、ちゃんとしないとだよね。

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