やさしくって、すこし ばか




 翌日、日曜日。
 お昼ごはん時の二時間だけ会おうという話になって、私と上鳴くんの家のちょうど中間くらいにあるマックの前で待ち合わせた。
 昨日も切島くんとマックだったらしいし、他に食べたいものがあったら気にせず言ってね。とは言ったのだけど、昨日先週発売された新商品三種類のうちの一つを平らげたので、今日は残りの二種類のうちのどちらかのバーガーを食べたいのだそう。昨日のは美味しかったけど俺的には微妙、とのことで、今日食すセットへ期待が高まっているらしい。あまりジャンクフードを食べる機会がない私には、よくわからない話だったのだけれども。
 待ち合わせの場所へ歩を進めながら、これからのことについて、どういう風に相談しようかな、なんて思考を巡らせていると、待ち合わせ場所で見慣れた金髪が目に入る。

「お、みょうじはえ!」
「上鳴くん早い!え、待ち合わせ十分前だよ!?」
「女子とのデートに遅刻するわけにはいかねーよ」
「で、デートじゃないから!お礼と相談!」

 わかってるって、なんて言って、上鳴くんは楽しそうに愛嬌よく笑っていた。いやでも、本当に意外だ。学校に来るのはいつもA組の中でも遅めだから、てっきり今日もそんな感じかと。遅刻してくることも視野に入れていたくらいなのに、遊びに関しては十分前行動なんだね……。

「俺もう腹ペコー!朝抜いちゃってさぁ」
「えー!ちゃんと食べなよ……」
「そんな朝早く起きらんねぇもん。ほら、中入ろうぜー。みょうじ何好きなん?」

 上鳴くんは勝手知ったる、というようにスマホからクーポンを出したりしてスムーズに注文していく。だけど私は何が美味しいのかよくわからず、とりあえず上鳴くんが食べたがっていた期間限定商品の三つ目を注文してみた。チーズ好きだから、ちょっと楽しみかも。写真美味しそうだし。

「あ、みょうじ、金出さなくていーから」
「えっ!?いや、いやいやダメだよ!私が奢るために来てもらったのに!」
「じゃあ今日払う予定だった分、帰りの交通費に取っとけよ。うん、それがいい。遠くまで来てもらってるし」
「か、上鳴くんだって家から遠いんじゃ……」
「へーきへーき。知らねぇの?俺ん家、金あっから」

 いやいや初耳だけど。そんなお金持ちの子だったなんて、聞いたことない。
 大丈夫大丈夫、なんて言って、上鳴くんはお札をぺろんと見せ付けてさっさとお会計をしてしまった。そしてお財布から顔を覗かしてした私の英世さんは無理矢理鞄の中に返されてしまう始末。ええ、ええー!そんな!それじゃ困る!
 さらにトレーも持たせてもらえず、「空いてる席見つけて案内してよ」なんて先を歩かされてしまう。お金を払えず、トレーも持ってもらって、私は一体どうしたらいいのだろう。上鳴くん、これでモテないとか絶対嘘だ。こんなことされたら、その気がなくてもドキドキしちゃいそう。私が単純なだけかもしれないけれど。
 二階は少しだけ混雑していて、丁度いいタイミングで空いた窓際の店内奥の席を確保する。四人席を二人で向かい合う形で座って、いただきます、とそれぞれトレーの上のものに手を伸ばした。

「……上鳴くん、絶対モテるでしょ……」
「クラスでの俺の立ち位置わかるだろ?あれでモテてるように見える?っていうか、なんならみょうじ付き合う?」
「その軽い感じがなければ選り取りみどりだと思うな、私」
「えー、いやいや、ノリは大事だって」

 そういえば前に「俺に惚れるなよ、切島になんて言ったらいいかわかんねぇ」なんて冗談を言ってたなぁ。今回のこれも冗談だというのはわかっているので、軽めの告白はスルーする。勿体ない、という意味を込めて、はぁ、とため息を吐きながら上鳴くんをまじまじと見ると、そんな見んなよ、とはにかむように笑っていた。
 顔はかっこいいし、お調子者だけど、とても優しい。なのにああいう扱いを受けているのは、それだけ性格の軽さというのが致命的、ということなんだろう。特定の女の子がいるわけじゃないし、爆豪くんや切島くん、瀬呂くんなんかと話している時は本当に楽しそうにしてるもんね。そんな感じだから、必死になって女の子を漁っているわけでもないように見える。彼女欲しいとは言いつつ、男の子の友達と遊ぶ方が気が楽なのかもしれない。初めて食べるらしい、なんとかかんとかバーガーに舌鼓を打ち「あ、これうめぇ!アタリ!」と絶賛している上鳴くんに対し、ぼんやりとそんなことを思った。

「そんで、切島のことだよな?なんだっけ」
「明日の戦闘訓練、切島くんと約束しちゃったんだけど……なんというか、すごくクラスの、というか、主に女の子の好奇の目が気になって……」
「あー、だよなぁ、ホント切島アホだわー!いいとこまで行ってたのに、詰が甘いというか。隠すならちゃんと隠せばいいのに、顔に出すぎ!俺ならぜってぇバレない自信あっけどな!」
「いや、あれは……わ、私も、態度に出てたと思う……。申し訳ないことに……」

 どうも切島くんと話すと緊張してしまう。その顔を正面から見てしまうと、夢と重なるんだもの。しかもどうやら私の夢は他の人が見るような夢と違ってとてもリアルらしく、下手をすれば夢と現実の区別がつかなくなってしまいそうなくらい。そうでなければ、きっと、あんなにも動揺なんてしなかったのに。切島くんにこの緊張が伝染することもなかったのに。
 私の気持ちを察してくれたのか、上鳴くんは「まぁ、バレたもんはしょーがねぇよな」とその対策に考えを巡らせ始めた。ポテトを三つ四つぽいぽいと口に放り込んで、ハムスターのようにほっぺたを膨らませながら、うーん、と一つ唸る。

「恥ずかしいもんを我慢しろって言ったって、そんなん無理だろ?」
「ん、まぁ……」
「だから耳郎たちには俺から言っとく。あんまからかうなよって。みょうじとか切島にどうこう言うよりそっちの方が早えだろ。だからってみょうじからは言いつらいだろうし」
「え!い、いいの?」
「ん、まぁ、あの感じじゃあな。切島にとってもそっちの方がいいと思う。普段男らしさがどうのとか言ってるくせに、あーやって女子にからかわれると途端に弱くなるもんな、あいつ」

 あの感じ。響香ちゃんたちに囲まれて、耳を塞ぎたくなるような質問をたくさんされて、ほとほと困り果てたような切島くんを思い出して、確かに、と頷く。今の状態が長引いて困るのは切島くんも同じなんだ。さすが上鳴くん。友達のこと、よく見てるなぁ。

「ところでさぁ、」
「なに?」
「切島にはさっさと告白して付き合ってもらいたいと思ってるんだけど」
「こっ!う、んえ!」
「はは!何それ、動揺しすぎ!」

 セットのオレンジジュースを飲んでいる途中にそんなことを言われて、またしても蒸せてしまいそうになる。は、吐き出さなくてよかった……!
 もしかしたら私、図星を突かれたり、予想外のことを言われたりした時に噎せる癖でもあるんだろうか。本当に、上鳴くんと話をするようになってからこんなことばっかりだ。

「でさぁ、みょうじは切島のこと好きなの?」
「わ、わかんないよ……!」
「耳郎も言ってたけど、俺には答え、出てるように見えるんだけど」
「……で、でも、これは、」

 勘違いの恋、かもしれない。
 切島くんの夢を見て、現実で会う度に、夢と重なって、緊張して。
 今の私はそういうドキドキと、恋愛感情の区別がついていないから。
 黙り込む私を見て、上鳴くんも押し黙る。何かを考えているのはわかるけど、それがどういったことなのかなんて、想像もつかなかった。

「軽いように聞こえるかもだけどさ、付き合ってみねぇとわかんねぇことも、あると思うけどなぁ」

 窓の外に目を向け、ポテトを一つ咥える。どこか遠くを見つめながら上鳴くんが言った言葉に、私は返事ができなかった。

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