優しいからこそ傷ついてしまうの




「じゃあいいや。告白させるのはもうちょい待つ!だからとりあえずさ、切島にみょうじの連絡先教えてやんねぇ?つかいっそ交換しようぜ?」

 上鳴くんがポテトをもぐもぐとさせながらそんなことを言って、私は固まる。い、いいけど、と絞り出したような声は、だいぶ震えていた。多分、だって、私から連絡する事はないだろうし、あの様子だと切島くんからも連絡してくる事はないんだろう。別に、それなら。うん、別に、大丈夫。

「すっげー表情固いけど」
「う、だ、だって……!」
「何話したらいいかわかんねぇ?」

 そりゃあ、まあ。こくりと一つ頷く。上鳴くんはコーラの容器を空にしてしまったようで、すごごご、と派手な音を立ててストローを啜っていた。
 共通の趣味があるわけでもなさそうだし、連絡先を交換してそこから何か発展するとは思えないんだけど。あ、上鳴くんを通さなくなるっていうのはいいことなのかもしれない。
 ふと気が付くと上鳴くんは私のことをジッと見ていた。何?と尋ねると、前から思ってたんだけど、なんて変な前置きをされる。な、な、なんでしょうか。

「みょうじって喋るのヘタクソだよなー」
「う、……自覚はあるよ。男の子限定で」
「尾白とは普通に話すじゃん。俺とはまだちょっとギクシャクしてる感じ。切島に至っては吃りまくりだしさぁ」
「尾白くんは……まぁ、付き合い長いし、」

 私の言葉に、上鳴くんは意外そうに目を丸くした。え、高校からじゃねぇの?と驚きの声を上げる彼に、再び頷く。

「うわー、幼なじみってやつ?これキチィんじゃね?やべぇぞ切島……」
「え、いや、そういうわけじゃ……。っていうか、何、キツいってどういうこと?」
「三角関係のライバルってことだろ?尾白ぜってぇみょうじに気ィあるって!」

 とんでもないことを言われて、まさかと思う。だけど瞬間、数日前の尾白くんとのやり取りが頭をよぎった。そういえば、可愛い、なんて言われてしまったんだった。お世辞だって言うのはわかるんだけど、やっぱりちょっと嬉しかったからよく覚えてる。
 いやいや、だからって。まさか、そんなこと。
 さすがにそれはないんじゃない?なんて冗談めかして言ってみると、「みょうじのそういう部分に於いては信用出来ない。鈍すぎる」等と返されてしまう。上鳴くんにそんなことを言われるとは思ってもなかったから、ちょっと傷付く。に、鈍いだろうか。しかもそんな、キッパリと言い切られてしまうほど。その辺はちょっと自覚ないんだけど。

「尾白と連絡先交換してるだろ?」
「う、うん」
「週何回くらい連絡取ってんの?」
「……二日に一回、くらいかな……」
「多い!それ多い!男女だぞ!日曜以外毎日学校で会うんだぞ!なんでそんな連絡とる必要あんだよ!」

 だって、と言い訳のように理由を話そうとした時、「いい!みなまで言うな!」と上鳴くんはビシッという音が聞こえてきそうなくらい大きな動きとすごい勢いで人差し指を向けてきた。えっと。なんかだんだんテンションおかしくなってきてない?どうしたの、大丈夫?

「尾白のことは別に好きじゃねぇだろ!?」
「と、友達としては好きだけど……」
「男として!」
「……べ、別に、好きとかじゃあ、」
「なら尾白に告られたらどうすんの!付き合う!?」
「……つ、つき、あわない、かなぁ……?」
「ハッキリ!」
「つ、つきあいません!」

 え、なにこれ。私、怒られてるの?なんで?意味がわからないんだけど?
 私の返答に満足したのか、少しだけ落ち着きを取り戻した上鳴くんは、じゃあ、と小さく椅子に座り直した。指の代わりに小さなポテトを一つつまんで、びっ、と私に向ける。

「俺に告られたらどうすんの」
「えぇ……つ、つき、つきあいません……」
「ハッキリ言って」
「つ、つきあいませんっ!」

 半ば無理矢理言わせたような返事だったにも関わらず、上鳴くんは「あー」なんて声を上げながら天井を見上げてしまう。しかも、「うん、よし、」とか、一人で何やら納得しているみたい。さっきまで私に向いていた少し固そうなポテトは、役目を終えたのかさっさと咀嚼をされていった。
 暫し呆然と、身動き一つないままに、不自然な時間は過ぎた。そのうち、ゆったりとした動作で顔を下ろして、空っぽのはずのコーラの容器に手を伸ばす。何を考えているのかよくわからない表情は、私を見てはいない。変なところに焦点を合わせて、ストローを口に付け、溶けた氷水を、やはり音を立てて飲み干していた。そうして、何拍か置いてこんなことを言うのだ。

「切島なら絶対みょうじのこと一番に考えて、幸せにしてくれると思うから。だから、みょうじの方から連絡してやれよ。ちょっとでもあいつのこと、気になってるならさ。きっとすげー喜ぶから」

 なんとなく違和感を覚えて、図らずも眉間に皺が寄った。彼が口にした言葉に対してじゃない。それはわかる。でも、なんか。

 店内の雑踏を含む全ての音が、一瞬にして私の中に入ってこなくなってしまった。無音の中で、もっと言えば上鳴くんと私しかいないモノクロの空間で、彼のなんといえばいいのかわからない表情だけが私の頭を占める。脳に深く深く刻み込んでいるように、ゆるりぬるりと時間が過ぎていく、気がした。気がしただけだ。それらは間違いなく、全部全部気のせいだった。トんでしまった思考はすぐに戻って来て、耳も、視界も、はっと気が付いた時には全てがいつも通りに戻っていたんだ。それもまた、一瞬。なんだったんだろう、今の違和感は。
 そんな何かを感じたから、だろうか。今日一日で頷くことが癖のようになっていた私は、だけど上鳴くんの言葉には、素直に頷くことができなかった。

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