最低最悪の誤った解釈




※上鳴視点



 いや、なんていうか、ホント間が悪い。何か変な物でも憑いてんのかな、と思ってしまう。
 学校への道の途中。俺の数十メートル先には、なまえがいた。幸いにもこちらには気が付いていないよう。とはいえ、なにせ目的地が一緒なのだから、少なくとも十数分はこの状態だ。せめて学校に着くまではこのまま後ろを振り向いてくれるなよ、なんて小柄な後ろ姿に念を送る。とぼとぼ、なんていう擬音が聞こえてきそうなくらい丸まった背中は、小さな歩幅で少しずつ前へ進んでいた。
 入学式のあの日にその隣を歩いていた俺が、まさかこうやってその沈んだ背中を遠くから見る羽目になるなんて。あー、ほんと、冗談じゃねぇよ。

「すき」

「いっしょにいるの、やめよ?」

 どういうつもりでそんなことを言ったのかわからない。あの告白は、もしかしたら本気だったのかも。だからああいう形で別れを告げた?
 だとしたら、なんで微塵も態度に出さなかったんだ。なまえの目の前で別の女子に声掛けてみても知らんふり。授業中だって、休み時間だって、他の誰と話していても俺は必死に視線を送っていたのに、なまえはそうじゃなかった。全然、興味無いみたいに振る舞ってたじゃねぇか。

 一緒にいるのをやめよう、なんて告げられたって、意味がわからなかった。実感もない。納得なんてできるわけない。でも、俺、馬鹿だから。あんな悲しそうな顔であんな切ない事を言われてしまったら、頷くしかできなかった。なんで、どうして、なんて言ったら、余計に悲しませて、追い詰めてしまいそうな気がして。
 そんな感じだったから、もう、失恋やら距離置かれることやらがショックなのと、なまえの思考回路が理解不能なのと、これからどうやって生きていけばいいのかわかんねぇのと、それら全部にヤケを起こしてあーもう全部めんどくせぇなんて思ってしまったのと、とにかくいろいろぐちゃぐちゃで、昨日はあの後どうやって帰ったのか、帰った後に何をしたのか、そんなことも覚えてないくらい憔悴していた。
 全部が夢であって欲しい。一晩明けたら全部普通に戻っているんじゃあ。そんなのはただの願望にすぎなかった。待ち合わせをしていたいつもの時間、いつもの場所に行ってみたって、なまえの姿なんて、どこにもなかったのだから。淡い期待は速攻で裏切られてしまったんだ。
 途方に暮れ、しかしこのままそこにいたって無意味なのは百も承知。時間に間に合わない。学校をサボるわけにはいかないし。仕方なく一人で雄英までの道のりを進んで行くと、ああ、これだ。通学路はほぼ同じだし、目的地は一緒だし、こうなるに決まってるよなぁ。

「おはよ。珍し、上鳴一人?」

 肩を叩かれ振り向くと、イヤホンを耳から引き抜く耳郎がいた。うわあ、やば、よりによって耳郎かよ、なんて失礼なことを思ってしまう。今のところ、クラスで一番なまえと仲がいいのは耳郎だ。昨日のことを話せば、なまえを傷付けた、なんて変に責められてしまいそうな気がしてしまう。正直、傷付けた自覚なんて全くないわけだけど。思わず少し身構えてしまう。

「はよ、なまえならあっち」
「別になまえに用があるわけじゃないけどさ。何?なんで別々に来てるの?何かあった?」

 ああ、やっぱり。聞くよなぁ。
 わかんねぇ、と返す俺に、耳郎は怪訝な表情をした。いや、だって、本当にわけがわからねぇんだもん。

「ねぇ、昨日、なまえから告白されたんじゃないの?」
「さっきから質問ばっかりだな。っていうか、なんで告白だなんて……」
「なまえさ、教室でアンタに遊園地に誘われた後、言ってたよ。本当に上鳴のこと好きなんだって。嬉しそうに、顔真っ赤にさせて。アンタはさっさと教室出てったから知らないだろうけど。だからウチ、てっきり告白するもんだと」

 もしくは、アンタから。そう言って耳郎は鋭い視線を俺に送る。ああ、そう。全部知ってたってわけね。俺がなまえのこと好きだってことも、なまえが俺のこと好きだってことも。

「ああ、じゃあ、あの告白、やっぱり本気だったんだな」
「告白されたんじゃん」
「あー、うん。でも、俺、信じてやれなかった」
「どういうこと?」
「耳郎さぁ、耳郎の好きな男が自分じゃない、別の女の子をデートに誘ったら、どう思う?」

 そりゃあ、と耳郎が口を開く。しかしフリーズ。それまで俺の顔をじっと睨みつけていた小さめの瞳は斜め上を向き、薄く開いた口から「あー」と長く息を漏らした。

「あの子が嫉妬を表に出さないから、好かれてる自信、なかったんだ」

 心にぐさりと何かが刺さった。ああ、いてぇ。いてぇなぁ。本当に。
 俺がなまえの部屋に行った時も、なまえが俺の部屋に遊びに来た時も、どんな女の子と一緒にいても、遊びに行っても、なまえはずっとへらへらしていた。へらへらしながら、早く彼女作りなよ!とか、彼女できたら紹介してね!とまで言うんだ。それを聞いて、俺、どんな気持ちだったと思う?ああ、ぜってぇ脈ねぇんだな、って、思うしかねぇじゃん。
 なまえは知り合ってからの十数年、ただの一度だって、恋する女の子らしさ、というものを見せなかった。完璧だったんだ。完璧に俺の幼なじみで、一番の友人だった。昨日のあの、デートの日までは。
 多分こんなの、その恋心に気付けっていう方が無理だと思う。好かれてる自信を持つのなんて、無理だって。だから俺も、同じようにこの気持ちに蓋をし続けて来たのだから。

 でも、こんなことになってるってことは、そういうことなんだろう。なまえ、俺のこと、好きでいてくれてたんだ。

 なまえはよく言ってたよな。言わなきゃ伝わらないこともあるんだよって。そうだよ、全然わかんなかった。そう何度も言ってたお前も、何度も聞かされてた俺も、どっちも全然大事な言葉を伝えられてなかったんだ。

「でも、もう、全部遅せぇよ」
「なんで?アンタは悪くないよ。誤解だって、ただの。二人とも誤解してたんだ。今からでも話せば……」
「俺は誤解、解けるもんなら解きたいけどさあ。なまえはそんな、気持ちの切り替えできねぇんじゃねぇ?もう、全部遅せぇと思う」

 ほら、と顎で耳郎の視線を前に誘導した。耳郎は訝しむように眉をひそめながらも、おとなしく道なりに視線を送る。そうして道の先、校門付近を視界に入れたのか、目を見開き、歩みを止める。耳郎の横顔が、焦りの色に染まった。
 俺と耳郎が並んで歩いているのをなんとも悲しそうな顔で見ていたのは、他でもない、なまえだった。

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