あなたに溺れて罵る言葉を探してる




※前半のみ上鳴視点



「なまえっちが、誤解!誤解だから!」
「ん、なにが?誤解なんてしてないよ」
「はぁ!?絶対してるでしょ!なまえ!ちょっと!」

 教室に着いた後も、その問答は続いていた。耳郎が詰め寄るのに決して目を合わせようとはせず、無気力に困ったように、誤解なんてしてないよぉ、となまえは笑う。
 いつも浮かべている、へらへらとした笑顔。それが、この瞬間に限っては無理をして作られている表情に俺には見えた。幼なじみだから気付けたわけじゃない。だって、友達歴の浅めな耳郎ですら気が付いているみてぇだし、そりゃもう疑う余地がないくらいの違和感がある。

「……なまえ、あの、ほんとちがくて」

 アンタも何とか言ってよ、というようなじっとりとした目を耳郎に向けられ、恐る恐る声を掛けた。無視されたらどうしよう、という不安が胸の底で渦巻く。こええよ。なんでなまえに話し掛けるのに、こんな恐々としなきゃいけねぇんだ。

「……別に、ほんとに、何も勘違いなんてしてないから。大丈夫だよ。私、響香ちゃんのこと好きだから。大切なお友達だもん。……もちろん、かみなり、くんも」

 は?、と。
 その場にいたクラスメイト数名から声が上がる。ただならぬ俺ら三人の様子を心配してか、遠巻きに話を聞いていたらしい。隠すつもりも、別にねぇけどさぁ。
 さて、俺は、自分の名前ってなんだっただろうと思考を巡らす。かみなりくんって、誰だ。なまえの口からそんなやつの名前は聞いたことがねぇんだけど。

「……ちょっとなまえ!」

 いい加減、耳郎の堪忍袋が限界そうだった。俺は二人の言い争い、というか、一方的に耳郎がなまえに語気鋭く迫っているだけなのだけど、とにかくそれをぼんやり見ているだけ。なんか、どうしていいのかわからなくなってしまった。蚊帳の外感が半端ない。
 いきなり肩を叩かれて、びくんと身体が跳ねる。反射的に横を見ると切島がいて、「なに、みょうじどうしたんだよ」なんて声を顰めていた。

「ああ、もう、だからよくわかんねぇんだって」

 半分八つ当たりだ。もうなんか、ほんと意味わかんなくて、肩に置かれた切島の手を重いと払う。だから、って言ったって切島からすればそんなことを言われても知らねぇよって感じなんだろうけど。ごめん、と口には出せない謝罪を心の中で呟く。集まる野次馬を押しのけて自分の席に着き、ため息を吐きながら机にべったりと張り付いた。
 ああ、無理だ。修正できねぇ。そう思った。そんな所からやり直しなのかよ、俺たちの関係。大事な大事な幼なじみだったのに、ただのクラスメイトにまで降格されてしまった。

「どこで何を間違えたんだろう、」

 クラス内で繰り広げられる言葉の攻防戦を遠くに聞きながら、目を閉じる。涙が出そうなのは、もう、耐えられそうになかった。









 ほんとはね、ずっと前から、お似合いだなぁって思ったの。
 焦り半分、怒り半分、といった響香ちゃんは、私の服の裾を掴んで、ちがう、ウチらは何もないと声を張る。事実そうなんだろう。本当にわかってるんだよ。別に二人は何でもない。たまたま、通学途中に一緒になっただけなんだよね。
 趣味が合うのはコスチュームデザインの一件でわかっていた。二人が度々CDの貸し借りしてることも、毎日何かしら楽しそうに軽口を叩きあっているのも、全部全部知ってる。
 ほら、前にさぁ、響香ちゃん、お茶子ちゃんに声掛けてるのを見てなんとも思わないの?なんて言ったよね。その時、私がなんて言ったか覚えてる?軽薄そうに見えるけど、女の子はしっかり大事にする男だから、信じてあげてって。多分そんな感じの事を言ったと思うんだけど。
 響香ちゃんは優しいから。私が本当は傷ついているんじゃないかって心配して聞いてくれたんだよね。それも、ちゃんとわかってる。私の返答は、そんな優しい響香ちゃんに向けて言ったの。響香ちゃんは頭良いし、大人びててしっかりしているから、たくさんの女の子の間をフラフラしている、でん、……かみなり、くんの手綱をしっかり握ってくれそうだもんね。うん。性格的には、私なんかより相性バッチリなんじゃないかなって、上鳴くんをオススメをしたつもりなの。響香ちゃんになら、いいかなぁって。大好きだもの。響香ちゃんのこと。

 上鳴くんの邪魔になるようなことはしたくなかった。だから彼がいろんな女の子に声を掛けることを咎める事はしなかったし、あの子が可愛い、この子も可愛い、と気の多い面を見た時も、「声を掛けてみたらいいじゃない。私が間を取り持つから」なんてその手伝いまでしていた。それが彼の幸せなら、それでいい。私が幼なじみとして隣にいることを空気のように思って、他の女の子に目移りをしてしまうようなら、きっと。きっと私じゃ彼を幸せにはできないのだと、そう、思い込むようになっていた。
 だから、こうやってそっと、きっと言われた本人ですら気付かないくらい囁かに、私は上鳴くんと他の誰かがくっつくようにと背中を押していた。何年も、何年も前からずっと。私が強引にくっつけるんじゃなくて、二人で自然に惹かれあってくれればいいと、そんな願いを込めて。
 
 でも。でもね。
 さっきね、実際に二人で並んでいるところを見た時、上鳴くんの隣を取られてしまった気がして、悲しくなってしまったの。それは事実。私は、私が思っているよりもずっとずっと、彼の隣に固執していた。それは幼なじみでも、彼女でも、何でも良かった。なんでもいいからただ、隣にいたかった。
 馬鹿だ、私。気付くの遅すぎ。グチャグチャなんだよねぇ、頭の中。朝から思考がまとまらない。ついさっきまでああだと思ってたことが、今この瞬間は違ったりする。情緒不安定にも程があるよね。心配掛けてごめんなさい。

 ああ、わかっていたはずなのに告白なんかしちゃって、ほんと馬鹿だなぁ、私ったら。隣にいたいなら、告白しても無理だってわかってるなら、ずっとずっと我慢していたら良かったのに。想いを告げて幼なじみという関係に別れを告げるか、想いを伝えずに彼の隣に居座り続けるか、なんて。そんなの、こんなに苦しい思いをするなら伝えない方が良かった。私は選択を誤ってしまってたんだね。ああ、苦しい。息をするのもつらいよ。
 あんなことさえ言わなければ、その隣は今も私だったんだ。……響香ちゃん、じゃ、なくて。

「なまえ……っ!」
「ごめんねぇ、私、馬鹿だから……っ」

 頑張って笑ったつもりだった。つもり、だったのに。
 なんで想いを伝えてしまったんだ、って、そんなの決まってる。我慢出来なくなったからだ。もしかしたら可能性が少しでもあるんじゃないかなんて希望を抱いてしまったから。何の根拠も、無いくせに。
 私じゃ無理なんだと何度も思った。恋心に蓋をする事なんて、簡単だと思っていた。なんて馬鹿な思い込みだ。年々膨らんでいった恋心は、遊園地に行ったあの日、遂に破裂してしまった。ちょっとした衝撃で、あっさりと。まるで風船でも割るみたいに、一瞬で全てがどうでも良くなってしまって、目の前の幼なじみを独占したいと思ったんだ。情けない、ことに。
 こんな気持ち、蓋をするには大きすぎる。初めから、無理だったんだ。きっと。
 ぼたぼたと教室の床に落ちる涙は、私の気持ちの全てを代弁しているような気がした。

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