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エールにヨルと呼ばれた女。
歳は俺よりもいくつか下であろう、その女が大量の本を手に階段からおりて来た。その危なっかしい体勢からシャルはすぐさま駆けつけ、支えるように腰に手を添える。普通ならたいていの女はそこでシャルに落ちるだろう。

だが流石はエールが使える、といった女だからか、顔色一つ変えずただお礼を言っただけでこちらにやってきた。

見た所纏をしていない非念能力者。
だが、エールが言うんだ。その腕は確かなものなのだろう。

「こいつが俺の一番弟子、ヨルだ」
「え、一番弟子なんですか?」
「おー」
「知りませんでした」
「言ってなかったし」

こいつらは一体なんなんだ。
あきれたように二人を見つめる俺達。
その視線に気付いたエールがにやりと笑いながら、腕は確かだぜ、と一言言う。

「あ、ヨルと言います。エールさんのところで三年程前から住み込みで働いています。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく。俺はクロロ・ルシルフルだ」

警戒しているわけではないが、とりあえず予防線という事で目に警戒を保ちつつ握手をしようと手をのばす。

「はい」

だが、それはあちらもそうだったようで、目だけでなく顔全体に警戒心が現れていた。
いい反応だ。情報屋の弟子なら、これくらいの警戒心ははらないとな。

「シャルナークだよ。皆からはシャルっていわれてる」
「マチだ」
「パクノダよ」

他の三人とも握手をかわし、さぁ、本題、という時にヨルが口を開いた。

「あの、外にいる人たちは?」

ここの店は全部カーテンで窓をしきっている。
しかもあいつらは今、絶をしているからわかるはずなどない。まぁ本気の絶ではないにしても、念もつかえない、ただの人間にはむりな芸当だ。

なるほど、こういうことか、とエールをみると、分かりきっていたかのように、あいつらはあとだ、とヨルに聞かせていた。

「それじゃ、仕事に戻るぜ。ヨル、お前のイリネ地方の資料こいつらに見せてもらえるか」
「はい、わかりました」

エールにいわれ大量のファイルから一つとりだし、ぱらぱらとめくったヨルは、あるページを開き俺達に見せた。

「イリネ地方の伝説の全概要をかいてあります」

そこを開くと、紙一面にびっしりとかかれた文字。どのページもそうであり、ヨルの情報処理能力の高さが伺い知れる。

「ヨル、俺が調べた経路図と照らし合わせて、どの場所がいちばん適当かわかるか?」

エールに紙を渡され、その紙を見つめるヨル。
イリネ地方の伝説の鏡はいろんな場所の説がある。
どこに本物があるのかは誰もしらない。警備なども敷かれているが、それは観光名所としてそうしているだけだ。少女が現れた場所や、少女が生きていた場所、イリネ地方はその伝説のおかげで繁栄しているといっても過言ではない。

「そう、ですね...」

それをエールではなくこの女にやらせるというのか?
まだ20にもいっていないように見える女、ヨルに。
エールに怪訝の目をむけると、あいつはおかしそうに笑みを浮かべるだけで、黙って見ていろとでも言うかの様にヨルをあごでしめす。

溜め息をこらえ、言われたようにヨルを見ると、

「「「「.....!!!!」」」」

シャル、マチ、パクも気付いたらしい。
俺達は全員息を呑んだ。

纏もままならない念の使えないただの少女が、今、俺達の前で凝をしていた。

「おそらく、このエールさんの情報から見ると、鏡はきっとここですかね」

ヨルが指をさした場所は、ファイルにある資料の、少女が舞いを踊ったとされているイリネ地方の海、ミノール海。

「なぜそう思う?」

俺の質問に、ヨルはすぐにこう答えた。

「そもそも鏡って、普通の鏡じゃないと私は推測していたんです。鏡というのは私たちを映すものですよね。なら、反射して私たちを映すことができるのは、この伝説がたくさんおかれている場所の中でも、少女が舞いを踊った場所とされているイリネ地方の海、ミノール海ただ一つです。おそらく、鏡っていうのは海の事で、海の深くに何かが隠されてるんじゃないかなって。あと、警備体制も然程手厚いものになっていないところをみると、隠れる場所のない、侵入者にとったら一番やりづらい場所とされているからではないか、と」

エールを見ると、首をたてに振っていた。おそらくエールもミノール海だと思っていたのだろう。ヨルから紙を受け取り、エールは続きを伝える。

「ヨルの言うとおり、ミノール海っつーのが一番良い線いってるな。別にお前らが狙ってる少女の鏡は海だっつってるわけじゃない。おそらく念だろうよ。ここまでおしえりゃお前らわかんだろ」
「あぁ、手っ取り早くて助かるよ。場所が多いから困っててね」
「まぁ、こっちにとっちゃ久々の仕事だからいいけどな」
「じゃあこの情報もらうよ。シャル」
「うん、ヨル、だっけ?」
「はい」
「この情報と照らし合わせて、あと他に違う情報があったら、鏡の場所もっと特定できそうかな?」
「あ、そうですね」

まただ。
シャルに言わせて、もう一度凝を使わせてみた。完璧な凝だな。
別に念を教えてるわけでもないだろうに。

エールを見ると、こちらに視線を向けていた。

「やらねーからな」
「怖いな」

鋭い視線とぼそりと呟いた声に俺は肩をすくめた。

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